GREAT HERO  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15

 10章

 
 もちろんエミリオなりに目的があって大国アドクリフに来たはずだし、時間的な余裕があるわけではなかった。しかし、今の段階でのやつの行動は慎重だった。
「どうもおかしい」
 と、シーラさんが去ったあと、エミリオはぽつりとオレにつぶやいた。
「おかしいって、やることがあるならさっさと終わらせようぜ。まず、誰かと連絡とったりするんだろ?」
「そのつもりだったが・・・『ビアトリスの玉』が輝きを失った・・・」
「おまえ、いつから占い師になったんだ?」
「ちゃかさないでくれ。少なくとも、僕はこの玉の輝きを信じて行動してきたし、そうする限り、一度も間違いは起こらなかった」
「確かに、ずいぶん大胆なこともしてきたよな」
「自信があったわけではないんだ。ただ、この玉に導かれていた。だから、今は、少し待つべきときかもしれない」
「そんなこと言ったって、あまり時間はないぜ」
「わかっている。それは、よくわかっている」
「まあ、まかせるけどさ」
「とにかく、いざというときのための用意はおこたらないでくれ」
「用意? 急にかわいい女の子と知り合いになってデートするとか?」 
 エミリオはオレをにらんで、黙って去っていこうとした。
「おいおい、エミリオ君、男同士だったら普通の会話だぞ、このぐらい。怒るなって。もう・・・」

 とりあえず、午後は初めての大都会を散策してみることにした。実際のところ、一日かければほぼ回れてしまうアムンの首都とは大違いなのだ。観光客風に、美術館、公園、ショッピングモールなどを一通り回ろうと思ったら、何日もかかってしまう。
 オレたちはとりあえず、政治の中心地を目指した。国会や大統領官邸が集中している東の丘、ネオセントリスだ。そこにはアドクリフを象徴する恐ろしく高い棟のモニュメントがあり、遠くからでもよくわかる。
 街の人たちは路面電車をよく利用していた。数分おきに通るので便利だが、行き先がいろいろあって複雑で、オレたちはルーシーの案内に頼った。
「ねえ、エミエミ、今夜は何が食べたい?」
 と、ルーシーは嬉しそうにはしゃいでいた。
「いや、まず第一に、その『エミエミ』と呼ぶのは禁止だ」
「まあ、私のお気に入りなのに。エミリオったら、真面目すぎっ。ね、リュウ!」
「あ・・・ああ・・・」
「私のお薦めは、ウエストタワーの眺めのいいレストランよ。雰囲気がいい割に、値段はさほど高くないの。少し古いのよ。最近の流行は、むしろ各国の個性的な料理を食べさせてくれるお店かしら。アムン料理とか。でも、初めてここに来たのだから、まずはアドクリフ料理の豪快さを堪能しましょう。ね?」
「ルーシー」とエミリオが言った。「僕は、正直言って、あまり贅沢なことが好きではないんだ。期待を裏切るようで悪いのだが、普通のものでいいよ」
「ごめんなさい」とルーシーの表情が曇った。「考えてみれば、お二人には、きっと大切な使命がおありよね。私ばっかりはしゃいじゃって、本当にごめんなさい」
 素直になられてしまうと、逆に困ってしまうエミリオだった。
「いや、ルーシーの歓迎してくれる気持ちは嬉しいんだ。まあ、差し迫ってやらなければならないことがあるわけではない。そうだな。今夜くらいは、君のお薦めのところで、楽しい夕食とさせてもらおうか」
「まあ、本当に?」
 と、ルーシーの顔に笑みが戻った。
 
 路面電車を乗り継いで、東の丘のふもとにたどり着いた。駅からはトンネルになった長い自動階段があり、それを上がってネオセントリスの一角に出た。
 丘の上の広場はスッキリと広くデザインされ、右手には見たこともないのっぽの建物が林立していた。
 広場の隅には、この地域の簡易地図が壁に描かれていた。エミリオはそれを見て、「ここが議員宿舎、ここが国会図書館・・・あそこが外務省・・・」と、真面目に概要を頭に入れようとしていた。
「エミリオ、見ているだけじゃ頭に入らない。回ってみようぜ」
「あ・・・ああ・・・」
 広大な敷地を歩くのは大変かと思ったが、主要な通路には『動く歩道』が設置されていた。常に動いているわけではないが、人が乗るとセンサーが作動して動く。歩道が動いて、その上をオレたちが歩けば、普通の倍くらいのスピードになる。なんとなく得した気分だ。
 今回は見て回るだけ、かと思ったら、エミリオは外務省を前にすると、すたすたとゲートに向かい「資料室を利用したいのですが」と申し出た。オレたちは簡単なボディチェックを受け、名簿に名前を記入してから、首から提げる『来場者証』を受け取った。
「おいおい、意外に簡単なもんだな」
「私も知りませんでした。すごいのね、エミリオ」
 エミリオは肩をすくめて「公開資料は閲覧できるようになっているのさ」と当たり前のように言った。

 たどり着いたところは、小さなコーヒーコーナーのようなスペース。壁は一面が書架となっており、新しいもの順で資料が並べてある。
 エミリオは、担当の職員の人に「ポモタンに関する報告書の新しいものを」と頼み、棚からファイルを選んでもらった。その分厚い報告書の束を、オレたちは並んで椅子に座り、三人でのぞき込んだ。
「ま、こんなもんだ」
 と、ざっと目を通したエミリオは、つまらなそうに言った。
「エミエミ、どういうこと?」
「公開資料だから、一般的なことしか書いてないんだ」
「秘密っぽいこと、探しているの?」
「いや、こういう表面的で、良いことしか書いてない公開資料があることで、逆に本音を綴った裏資料があると察せられる」
「エミエミ、そういうもんか?」
 と、オレもルーシーの真似をして呼んだ。
「リュウ、その呼び方は、だめ」
 と即答。
「うっ・・・ごめん」
「まあ、役所にあるのはこんなものだろう。目指すものがどこにあるかは、調査中ってところだ。さあ、ここはもういい。行こう」

 三時すぎまで東の丘をうろうろして、また路面電車で移動し、巨大な病院に向かった。予防注射のためだ。シーラさんから連絡が入っていたので、病院では大して待たずにすんだ。
 注射をしないルーシーは、ロビーで待っていた。持参していた小型ガイドブックを開き、今夜の行動計画を練って・・・

 路面電車で、街に中心地の戻ると、まずは中央広場に向かった。
 そこではオーケストラの野外コンサートが始まっていた。100人規模の楽団が、ときに激しく、ときに叙情的なメロディを奏でる。多くの観客が立ち止まってリアルな音色に聞き入っていた。
「この中央広場は、この国の独立と、自由の象徴なの」
 ルーシーが、仕事上がりの人々の喧噪や、楽団の演奏に負けないくらいの声の大きさでオレたちに説明してくれた。
「80年前に『青銅の誓い』が宣言されて、利権に染まった王室が一掃され、この国の市民自治が始まったわけ」
「そのとき王室の人たちはどうなったんだ?」
 オレは無学をさらけ出して質問してしまった。
「ほとんど処刑されたそうよ。今では、もうこの国に王室の存在はないの。文化の喪失って嘆く人もいるけど、仕方がないわよね」
 オレはエミリオを見て「処刑だって、すごいな」と言った。
「時代のうねりという意味では珍しいことではない。似たようなことは、他の多くの国でも起きている。ただし、問題は、市民に託された自由が『欲望に走っている』という現実だ。そうだとしたら、以前よりも、もっと悪い」
「まあ『自由』だからな。『自由』ってのはそういうことだろ?」
「リュウ、もちろん『自由』は大切なのだが、そこにはバランスを取り戻す何かが、絶対に必要だ」
「ルールか?」
「『ルール』を作ったら、それは『自由』ではなくなってしまう」
「むむ、たしかに。鋭いな、エミリオ」
「つまり、人の思考としての表面的な『自由』と、内的な真実としての『自然』。このバランスの中で、人は生きる意味を模索していくのだ」
「なるほど」
 それにしても、にぎやかなお祭り気分のときに、いきなり本物の答えで、オレはびっくりした。
「しかし、リュウ、内的な『自然』は、意識の表面に上がってくることではない。頭で考えてもダメなんだ。多くの事象を知り、推察することで、その裏に隠れた真意を探り、受け取っていく」
「なんだか、そこまでいくと『占い師』みたいなもんだな」
「似ていなくもないが、しかし『きちんと情報インプットする』という過程の重要さが、霊感に頼る占い師とは違う」
「いや、よく当たる占い師は『情報のインプット』に頼って占っているらしいぞ」
 エミリオは苦笑して「確かに」と頷いた。
「ま、頭で考えてもわからないことを、頭で考えたって、わかるわけないか」
「リュウ、あのさ、ヘンな話だが、僕の父は『野人』だったんだ」
「はあ?」
「上半身はだかで、野山を駆け回っていた。自然を自らの身体にインプットしたそうだ」
「マジか?」
「若いときの話だ。あまり知る人はいない。だから、他言はしないでくれ。恥ずかしいから」
 エミリオは前髪をかき上げ、オレとルーシーにウインクした。

 喧噪をぬけて、ウエストタワーのレストランに着いた。ルーシーが電話で予約していたので、シックな雰囲気の入り口に立つと、スタイルのいい女性店員がすぐに窓際のテーブルに案内してくれた。
 テーブルに接した大きなガラスは、天井から足下まで近くまである。まるで『グレートヒーロー』で空を飛んでいるときのような気分になる風景だった。
 料理のメインは、スープとステーキ。アドクリフ風のシンプルでワイルドな盛りつけは、贅沢に慣れたエミリオも十分楽しめたらしい。
 こんな場にいると、牢獄から脱走して冷たい川を泳いだり、信じていた人に見捨てられて雨の中で泣いたことが、ずいぶん昔のことのように思えてしまう。
 オレたちはワインも一本頼んだ。とにかく、今は、美味しいものを食べて、ほっと一息なのだ。
 オレとしては、個人的にも、特に幸せな気持ちだった。なぜなら、初恋の人と、今の大切な人と、二人同時にデート、という状況だったから。人生で二度とない贅沢な瞬間かもしれない。
 まあ、一人は憎たらしい『男装中』ではあるけれど。

 オレたちは、ルーシーからアドクリフでの暮らしについて教えてもらった。ルーシー自身、かつてはアムンで暮らしていたので、その違いについては身につまされることが少なくないらしい。
「私は、ここの豊かさを楽しんでいる。それは事実だけど、でも、いつかはアムンに帰りたいわ」
「なぜ?」
 オレは何か個人的な期待を込めたかのように質問してしまった。
「ここでの暮らしは、時間に追われている気がするの。やることが多すぎて。私ね、一つ、マジでグチを言ってもいい?」
「どうぞ」
「少し前まで、婚約していたの」
「はあ?」
 オレは目を丸くしてしまった。
「北の資産家。真面目な人で、アムン教を学びに来ていて。とてもいい人で、自然とお誘いを受けいれていた。気づかいも素晴らしくて、誠実で、賢くて、もう他に何を望めばいいの、って言いたくなるような人だったの」
「『人だった』ってことは?」
 と、エミリオが興味深げに質問した。
「なんでだろう。あちらの実家に招待されて、冬のお祭りがあったときなんだけど、どこも雪の積もったまっすぐな道で、街灯に飾りがしてあって。どこもかしこも、あまりにきれいで、そうしたらなんだか急に、涙が止まらなくなっちゃって。理由もなく、ものすごくアムンのことが恋しくなったの。アムンなんて、馬車しか走ってなくて、不器用に『好き』なんてうち明けてくる男の子と、ヨットで湖を走ったり、そんなところだったけど・・・べつにね、リュウのことが気になったというわけではないんだけど、あの頃の風の匂いが、大好きだったな、って思って。私は、急にいてもたってもいられなくなって、で、結局、逃げてきちゃった」
「アムンに戻りたいのか?」
 と、オレは優しく質問した。
「わからない。でも、あそこではないと思った。美しすぎて、恐くて。たくさんの人に迷惑かけちゃったけど、やっとわかったの」
「じゃあ、今日は、どう?」
「幸せよ、すごく。アムンの素敵なヨットマン二人と過ごすことができるなんて、ああ、これが私の望んでいたことなんだ、と、激しく実感中」
 オレはエミリオを見て苦笑した。一人はヨットマンではなく、ヨットウーマンだったりするけどな。

 食後に、エミリオは「トイレにいこう」とオレを誘った。
 オレは「?」と首を傾げたが、やつは何か意図があるかのように頷いた。
「じゃ、ルーシー、ちょっと失礼」
「ごゆっくり」
 ワインで頬赤らめたルーシーは、頬杖をつき、潤んだ目で都会の夜景に目を移した。
 オレたちはいったん店を出て、絨毯の敷かれた通路に出た。トイレはエレベーターホールの脇にあった。
「なあ、エミリオ、トイレって、おまえ、男か?」
「当たり前だろ」
「恋人と、男子トイレでつれションなんて、前代未聞だな」
「リュウ」とエミリオは声を潜めた。「つけられているようだ」
「はあ?」
「追っ手かもしれない」
「おいおい、早すぎるだろ。それにオレたち、まだなにも悪いことしてないぜ、この国では」
「いいから、トイレに」
 とりあえず、お互いに本物の用を足してから、洗面台に並んだ。
「本格的に人数はかけていないようだが、とにかく、誰かにつけられている」
「まずいことなのか?」
「どうだろう。とにかく、ここで連れ戻されるわけにはいかない。リュウ、僕を守ってくれ」
「まあ、トイレにいっしょに来るぐらいのことはいつでもするけどな」
「うん。あと、ルーシーって、リュウの初恋の人だったろ?」
「まあ、いちおう、そうだが・・・」
「いっしょにいて、楽しいか?」
「おまえは、楽しくないか?」
「悪い人じゃないが、いちいち口うるさくてじゃまなんだ」
「エミリオのこと、気に入ってるからだろ」
「だからよけいに困る」
「まあ、困るだろうけど、ここに滞在中は同じ屋根の下で暮らすんだ。仲良くしような」
「ていうか、リュウは、どっちの方が好きなんだ?」
「どっちって?」
「私と、彼女」
「か、彼女って・・・過去は過去だよ。ときどき今でもドキドキしちゃうけど、それは『好き』っていうより、いわば『恥ずかしさ』みたいなもんだと思う。ホント、恥ずかしい記憶はあるからな。それに、彼女自身、昔の淑やかで内気な印象とは違っているし」
「ふーん」
「いっとくけど、オレが一番好きなのはパトリシアだからな。ルーシーでも、エミリオでもないぞ」
「そうだな、わかっている」
 そしてエミリオは胸元を開き、『ビアトリスの玉』を取り出した。透明な玉が光を発し始めていた。
「何かが起こりそうだ。さ、戻ろう」

 このときから、オレはエミリオの後ろを歩くように心がけた。並んでのんきに歩いているより、いざというときに役に立つと思ったからだ。

 レストランに戻ると、すぐに異変に気づいた。
 窓辺のテーブルにルーシーがいない。代わりに別の女性が座っていた。エミリオはあわてて身を隠そうとしたが、オレはその人を知っていた。ミカだ。忘れるはずがない。はっきり言って、あの人には、オレも言いたいことがある。いつもぶしつけで、問題を残していくが、今度はオレの幸福な時間をブチコワシに来たらしい。
 オレは堂々と胸を張ってテーブルに戻った。いちおう、エミリオも怪訝そうについてきた。
「ミカさん、お元気ですか」
「よお。まあ、座れ」
「ていうか、ここ、オレたちのテーブルなんですけど。ルーシーは?」
「仲間が教会に送り届けた」
「はあ?」
「安全のためだ」
「いや、危険なのはアンタたちかもしれないとオレは思うんですが」
「エミリオ、君も座れ。少し話をしよう」
 ミカは美少年に指図した。
 エミリオは、黙って座った。おいおい、知り合いかよ。
「まず、先に言っておく。おまえらが探しているものは、もうじき特定できそうだ。誰かの『寝室』に置いてあるらしい。人物もほとんど特定できているが、『寝室』というワードが、まだ正確には確定できていない。ただ、ベッドがある本物の寝室でないことは確かだ。どうだ、頑張ってるだろ、アタシらも。え?」
「ていうか・・・」とオレはあせった。「おたくら、二人って、知り合い?」
「うん。リュウと出会う前に、少し」
 と、エミリオは肯定した。
「出資してもらったんだよ」とミカはルーシーのグラスに残していたワインを全て移し、一気に飲み干した。「どこのどなたかは存じませんが、アドクリフのブタやろうどもに一泡吹かせるためなら、共に助けあおうってわけさ。アタシは疑ったが、シュージが信頼するんでな」
「え? シュージさんも、知ってるの?」
 と、オレがエミリオを見ると、はっきりと頷いた。
「シュージは、エミリオの素性をイッパツで見抜いたよ。でも、アタシはそんなこと、どうだっていいんだ。アタシはシュージを信じているし、シュージが信じているやつなら、信じられる」
「で、『情報』を届けに来たってわけか?」
 と、オレは不信感の海におぼれそうになりながら質問した。
「まあ、そうだが、わからねえのは、何でおまえがここにいるかってことだ?」
「はあ?」
 それはどうやら、オレのことらしい。
「頼まれごとをきっちりやってくれたことはほめてやるが、今頃は真っ暗な牢屋でめそめそしていると思っていたぞ」
「オ、オレにだって、あんたらに言ってない秘策があるのさ」
「ほー。なら、言え」
「いやだ」
 ミカは目を細めて上体を後ろに反らせた。
「反抗するわけか。そして、今は、ここでエミリオといる。おまえ、やっぱり政府と関係してやがるな」
「どうしてそうなるよ」
「デニスが、おまえの着ているものを怪しんでたときから、わかっていた話さ」
「ち、ちがうよ、そんなの!」
「ははは」
 ミカは楽しそうに笑った。
 オレのとっさの演技で、うまく勘違いしてくれただろうか? 王室ではなく政府と関係している、と。
「それにしても、おまえら、観光客気取りもいいが、こんなとこじゃ酒は飲めねえ。いいとこ知ってるんだ。河岸替えようぜ」
「カシ?」
 とオレは聞いた。
「店を替えるって意味だ」
「いいけど、ていうか、あんた、すでに飲んでるし」
「残り物だ。もったいないから飲み物と食べ物は残さない主義なんだ。悪いが支払いはまかせたぞ。外で待っている」
 そしてブルーシャツと紺色のパンタロンの大柄の女が、堂々と去っていく。
「エミリオ、オレたち、やっぱ、帰ろう」
 と、オレは小声で言った。
「いや。僕はもっと話を聞きたい」
「はあ?」
「大切なことなんだ」
「おまえ、酒飲めるのか? あのワインだけでもかなり赤くなってたぞ」
「く・・・国のためだ! 民の未来は我々にかかっているのだ!」
 オレは、なんか、無性に可笑しくなった。
「それ、おまえが言うと、すげーウケるぞ」
「知ってる」
 なんだ、わざとか。
「まあ、いい。しょせん、オレたちだけじゃ、心細いと思ってたところだしな。偉大な作戦には、暴力担当も必要だぜ」

 ミカはビル前のタクシーをつかまえ、オレたちに後ろに乗るように指示し、自分は助手席に乗ってドライバーに場所を告げた。
 途中、通りがかりにアムンの教会があると「停めてくれ」と言った。
「二、三分で戻るから」とドライバーに伝え、オレたちにも下りるように言った。
「何ですか、いきなり」
 オレはまたとんでもないことに巻き込まれるのが怖くて質問した。
「酒の前に、祈っておこうと思ってな」
「もう飲んでるじゃないですか」
「作戦に時差はつきものだ」
 アムン教会の聖堂は、たいがい24時間開いている。
 そこも明かりは祭壇にある常夜灯一つだけだったが、自由に入れて、祈りをするくらいなら問題なかった。
 ミカは、手を組み、頭を垂れて、本物の祈りを始めた。
 オレたちも、いちおう、祈った。
 特にテロリスト風のあやしい行動もなく、純粋に祈りだけでミカはタクシーに戻った。
 エミリオが「何、祈ったんですか?」とミカに聞いた。
「私の一家に怒った不幸が、他の家には起きないように、ってな。みんな死んじまったから、酒を飲むときは、なるべく祈りをささげるようにしているのさ」
「忘れないために?」
「バカ。酒を飲んだって、忘れやしないさ。ただ、この楽しさが、天国にも少しは届きますように、ってな」
「あなたの家族なら、相当の酒豪ぞろいだったんでしょうね」
 と、ミカのセリフに恥ずかしくなったオレはツッコミを入れた。
「そりゃあな。これから行くところも、酒豪揃いだ。おまえら、覚悟しな」

 しかし、到着したタクシーから、目的の場所を見たミカは、呆然とした。あるべきはずの店がなく、新しい建物の工事が始まっていた。
「おいおい、うそだろ」
 オレたちは、やぶ蛇にならないよう、静かにタクシーのバックシートから様子をうかがった。
「ジミーの店がなくなるなんて・・・ま、ないものは仕方ない」
 ミカは新しい目的地をドライバーに告げた。
「『ブルームーン』という川縁のアムン教教会にやってくれ。そこで飲み直す」
 おいおい、うそだろ。

 司祭のサイモンさん、奥さん、ルーシー、この三人の家族と共に、夜の宴会となった。
 それだけではない。ミカの『下部』たち、デュガルとアーニーの二人も。黒服&黒めがねの二人は、ルーシーを送り届けてホッとしていたのだが、いきなりのボスの乱入にも動じることなく、素直に宴会に参加した。こういうことはよくあるらしい。
『追っ手』と勘違いして警戒していたエミリオも「どもども、デュガルとアーニーっス」と頭を下げられると、苦笑して頭を下げた。
「さあ、みなさん、うちは教会なので、酒はたくさんありますよ〜」
 と、笑顔のサイモン氏だったが、それ、激しく意味不明なんですけど。
「もちろん、料理もたくさんありますわ、教会ですから〜」
 と、同じように笑顔の奥さんだが、それも意味不明です、オレには。
「急な話ですまない。だから教会ってのはありがたいんだ。ブラザースも今日は仕事終了、飲ませてもらおうぜ。ソウジロウ、どうせ巡礼者用のベッド、空いてるんだろ?」
「『巡礼者用のベッド』なら」
「ははは、完璧だ。私は今日は身体の隅々まで巡礼者気分だからな」
 まるで実家に戻ってきたようにうち解けた雰囲気。これは何なんだ、とオレはむしろ驚いてしまった。
 ちなみにミカが『ブラザース』と呼んだのは、デュガルとアーニーのことらしい。ルーシーを押しとどめて、ワインを全員のグラスに配り始めた。
「私はな、アムン教こそが、世界で一番優れた宗教だと思っている」とミカは堂々と宣言した。「酒に心を開き、酒を認めることから、信仰が始まる。すばらしい」
「ゼンゼン違うけど」
 と、エミリオが遠慮のないツッコミを入れた。
「ははは。じゃあ、君はここでは『ツッコミ担当』ってことでヨロシク。女みたいで、いけ好かないやつと思ってたが、ハッキリしたツッコミはなかなかだ」
「ていうか、ミカさんが男みたいなんですが」
 と、オレもツッコミに加勢した。
「ひでー、おまえなぁ、心のデリカシーってものがないのかよ。よくそうやって遠慮なく、人が傷つくことを言えるな」
「傷つけようにも傷つかないのがミカさんかと」
「ほっとけ」
「おい、君、危険な女ほど、本当は傷つきやすいんだぜ。わかってねーなー」
 とブラザースの太った方が言った。デュガルだっけ。
「これ、ボケてるだけなんで」と、のっぽのアーニーが、ずんぐりした相方を指さして説明を付け加えた。
「バカ、わかりにくい説明するな」
 ミカが後ろから叩くと、アーニーのやせた身体が大きく揺らいだ。
 サイモンの奥さんが「にぎやかなのはいいことね」と、身体を乗り出して料理の皿をテーブルに並べていった。パンやハムなど、明日の朝食のために用意していたものらしい。「気が利く」と言うべきか、あるいは「いいかげんな性格」と言うべきか・・・
「先にハッキリさせておきたいが」と、ミカはごくごくとワインを飲み干してから言った。「この中で、恋人がいるやつ、いるか?」
 オレはドキッとした。
「私、破綻しました。破綻したてのほやほやでーす」
 とルーシーか答えた。
「よろしい。神のご加護を。他には?」
「私たちは、愛しあっていますわ」
 とサイモン夫婦。
「たいへんよろしい。神のご加護を。他には?」
「僕たちも、愛しあっていますわ」
 とデュガルとアーニーのブラザース。
「気持ち悪いが、よしとしよう。他には?」
 そして全員の視線が、オレとエミリオに注がれた。
「僕たちには、信頼しあえるヨットクルーがいます」
 とエミリオがきっぱりと言った。
「いや、君、ヨットクルーの話、してないから」
 とサイモンのおじさん。(いちおう司祭だけど)
「そうよ」とその娘。「エミエミって、とってもセクシーで、かっこよくて、きっと女心をもてあそんできたと思うの。この際、懺悔して、全てしゃべってみてはいかが? 楽になって、神のご加護を受けたらいいわ」
「僕は、べつに『女心』をもてあそんだことなんて、ない。ただ・・・」
 みんながやつに注目した。もちろん、オレも。
「過去に間違いがなかったとは言わない。確かに、懺悔が必要だ。思いっきり、傷つけてしまった。それは本当だ。でも、もう二度とそのようなことはしない。誓ったんだ。僕はもう、迷わない。『絆』を信じる。それだけだ」
 ふとルーシーを見ると、うっとりしちゃって、まずいよ、ますますエミリオに惚れ込んでいるみたいじゃないか。
「ちなみに」とオレはあわてて付け足しした。「エミリオの言う『絆』って、オレのことだからな。よろしく」
 すると全員、大爆笑した。
 おいおい、そんなに笑うところか?

『巡礼者用のベッド』に、我々は倒れ込むように横になった。四つある二段ベッドを、ブラザースは上下で使い、あとはエミリオと、オレと、ミカで、一つずつ。
 楽しかったなー、と幸せな気持ちで目を閉じたとき、ミカがぼそっとつぶやき始めた。
「エミリオとリュウ、二人には『書類』の捜索に協力してもらう。キーワードは『寝室』。キーワードの意味は、アムン教の内偵者が数日で答えを出すだろう。連絡は追って信者が届ける。予定しておけ。我々はあと数時間でここを去る。以後、探しても無駄だ」
「別の予定があるんですか?」
 と、オレは小声で聞いた。
「最悪のシナリオも、想定しておかなくてはならない」
「はあ?」
「大統領を阻止できなかった場合の挑発的対応だ」
「気をつけて」
「おまえには関係ない。なれ合い、失敗、その先にあるのは、死だ。血まみれの、本物のな。掃いて捨てるほど見てきた。忘れるな。人間、壊れることなんか、簡単なのだ」
「ミカさん・・・オレンジ・キッャトのこと、ありがとうございました」
「おまえたちは、眠れ。あと一週間はある。未来に続く可能性を全力でさぐれ。『期待している』これが、シュージからの伝言だ」


  ありがとう


 暗闇の中、優しい女性の声が聞こえた。
 パトリシア?
 わからない。
 ワインに酔ったオレの空耳だったかも。 
 夢の中で、あいつはいつも優しいパトリシアだから・・・






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