GREAT HERO  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15

 14章


 翌日、昼のうちは強い雨が降って心配になったが、予報では夜にはあがることになっていた。
 パティがぐっすりと昼過ぎまで眠っている間に、オレはルーシーと最後のデートをした。たぶん最後になることを、オレは覚悟していたし、暗黙のうちに彼女にも伝わるものがあったはずだ。
 傘をさして、路面電車に乗って、造船ドック跡の記念公園まで行った。記念公演ではちょうど屋外のジャズ演奏が始まっており、オレたちは近くのスタンドでホットドックを買って食べながら聴いた。屋外だけれど、演奏者と客席の半分くらいは、張り出しの屋根の下だった。
 オレは、昨夜のことがあって、欲望が昇華されたようなスッキリした気分だった。ルーシーとの別れを素直に惜しみ、感謝する気持ちになっていた。
「オレ、ルーシーと再会できてよかったよ。いつか、こんなふうにデートしたいって思っていたんだ。ありがとうな」
「リュウ、私、エミエミとは、どうしてもつきあえないんだよね」
「ああ。残念だけど、それは仕方がない」
「だったら、リュウでもいいよ、私」
「はひ?」
「憧れと、現実。そんな二人だな、と思って。現実も、悪くない。ていうか、現実こそ、大切にしなくちゃいけない。そうでしょ? ちがう?」
「あのさあ、オレ・・・やっぱりオレも、ルーシーとはつきあえない理由があるんだ。あいつと同じような意味で」
「どういうこと?」
「それは、君には、ちょっと・・・」
 ルーシーは、ショックを受けていた。それはありありとわかったけれど、悲しい気持ちを取りつくろうために、精一杯の笑顔を見せて頷いた。
「いいよ。わかっている。二人には大切な仕事があるんだもんね。だって、あの『グレートヒーロー』で海を渡ってくるくらいだもの。もう、私なんか、手の届かない遠いところにいってるのよね」
「そうじゃないんだ」
「じゃあ、なに?」
 オレは、真実がのど元まででかかった。オレは、あいつを愛しているんだ・・・オレたちは、愛しあっているんだ・・・オレたちの関係は、とっくに友情を超えてビンビンなんだ・・・
「ルーシーにも、いつか必ず真実を伝えるよ。でも、今言ってしまったら、すごく誤解を受けると思う。だから、ごめんな。いつか三人で『グレートヒーロー』に乗ろう。それは約束するから」
「あの湖で?」
「ああ」
「リュウ」
「ん?」
「あなた、好きな人がいるのね?」
 オレはのけぞるほどあせった。
「ど、どうしてわかる?」
「なんとなく。でも、やっぱり。・・・今度は、私がふられてしまいました」
「一勝一敗」
「ばか」
 オレたちは、思いっきり大笑いした。
 デートといっても、オレは遠慮してルーシーの肩を抱くこともできない。手を伸ばせばそこにある豊かな胸も、触れることなく、最後の時を過ごす。憧れの胸に、結局、オレは触らずに終わるのだ。男としては不満もあったけれど、しかし別の意味で、たくさんの感謝の気持ちが豊かにあふれていた。
 雨のデートも、また、よし。
 ありがとう、ルーシー。
 
 日が暮れると、予報通り雨が上がった。雲間から星も見えてきた。月は見えない期間だから、密かに忍び込もうとしているオレたちには都合がいい。
 オレたちは、ベッド脇の荷物を整理した。必要なものは全て『グレートヒーロー』に移した。うまく事が運べば、今夜はこのままアムンに戻れるだろう。
 サイモンさんの夫婦には「おせわになりました」なんて、はっきり告げると逆に心配させそうだから、「今回は少し長くなるかもしれませんが、ご心配なく」と伝えておいた。
 最後に、ミカさんが眠る天井の下で、オレたちは手を合わせて祈った。あなたの努力を決して無駄にしない、と誓って。
 
 オレは、やつの身体を抱き、キスをする前に、頼み事をした。
「これから、二人だけの時は、パティでいてほしい。大切な仕事の時も」
「今夜のことね?」
「ああ。これは、『女王杯』じゃないけど、『愛』によって成功する仕事だと思うんだ」
「わかりました。じゃあ、リュウ、よろしく」
 そしてオレたちは、キスをして、宙に浮かんだ。
 すでに『ビアトリスの玉』の玉を操作するパティの手際は慣れたものだ。きらめく宝石箱のような大都会を迷うことなく横断し、目的のビルに近づいた。
 政府ビル西棟80階、そのベランダに『グレートヒーロー』を下ろすと、以前開けたガラス扉を確認した。幸い発見されていなかった。透明テープをはがすと、ガラス片がぽろりと外れた。ガラスの縁で切らないように気をつけて、手をさし入れ、鍵を外す。
 いちおう警戒は続けた。わざとガラスをそのままにして密かに警備を強化している、というパターンもないわけではないと思ったからだ。前回、オレたちはガラスを開けた以外に、コピー機も使った。本気で警戒しているなら、何らかの異常を見つけられてもおかしくはなかった。
 しかし、なによりも幸いだったのは、80階という高さだった。エレベーターからの侵入ルートは、当然、厳重な警戒をしているはず。もしもエレベーターから侵入するとなったら、それこそ世界一の大ドロボウだって不可能だろう。しかし空から音もなく侵入するとなったら、話は別なのだ。
 オレたちは、迷うことなく、ロックのかかった扉にむかった。
「リュウ、ナンバーをメモした紙、知らない?」
「いや。見たこともない」
「えー、おかしいなー。どこにいったんだろー」
「おい、なくしたのか? シャレにならねえぞ」
「ていうか、シャレでした。はい、これがそう。『いい加減にしろ』って、ツッコミが遅ーい!」
 自己完結型の演技を一人でやったパティが、嬉しそうにナンバーを入力すると、確かに扉のロックが、かちっと音をたてて外れた。
 その音を聞いて、パティが、ぴくんと振るえた。
「リ、リュウ、このロック、指令センターに連動していると思わない?」
「え?」
「ここ、監視カメラはないみたいだけど、この電子式ロックなら・・・」
「可能性アリだな。急ごう」
 パティは部屋の明かりをつけて(ここだけなら問題はなさそうだった)急いで資料を探した。
 そのときふと、オレは意外なラベルに気づいた。


  グレイトヒーロー ビアトリス


 はあ?
 なんで、こんなものがここあるのだ?
 ボックスを引き出すと、ずいぶん古いファイルから、最近のものまで、けっこうな量だ。
 オレはとりあえず、それを戻して、本来の目的のファイルを先に探した。
 パティが「あった」と声を発した。
「この『アムン』のファイル群だ。中にポモタン活用をまとめたファイルがあるはずだ。あと、関係名のリストも。急ごう」
「パティ、女だろ、女」
「あっ、ごめんなさい、ついエミリオに戻っちゃった」
「いいけどね。コピーしていくんだろ?」
「ええ。まずは、これと、これ」
「先にやってくる」
 オレは部屋の外のコピー機のところに走った。
 その位置からは、ガラスの壁を通して、ロビーのエレベーターが見えた。専用エレベーターらしく、ひとつしかない。もしもロックの異常を検知して人が上がって来るとしたら、おそらくここからしかない。
 オレが一枚一枚コピーを取ろうとしていると、パティが走ってきて「違うの、こうして」と、ボタンを操作した。
 すると自動でコピーが始まった。ファイルをめくる作業も機械がしてくれる。
「知らなかった」
「アムンには、最新式の機械ってあまりないものね」
「王室にはあるのか?」
「仕事ですから」
「はいはい」
「設定は同じだから、これが終わったら、入れ替えて、スタートボタン、ね。予備として、二枚ずつコピーするようにしたから」
「わかってる」
 パティは奥の部屋に戻った。そしてすぐに一冊の薄いファイルを持ってもどってきた。
「リュウ! これよ、まさに、これ! 大国が小国を支配するシステムを論じた書類。これに基づいて政策が行われているんだわ」
「何枚あるんだ? ずいぶん薄っぺらいな」
 フローチャートがあり、そのあとに何枚かの説明。それが何章かに渡って続いている。『平和の構築』という表の構造と、『利益』のための裏の構造。
 テロ対策や、自由の保護など、『平和のため』の名の下でおこなわれるさまざまな攻撃、戦闘、武器提供、軍事支援、広報戦略。しかしアドクリフがすべてを出費するわけではない。他の経済先進国をスポンサーとして巻き込むから、ビジネスが成り立つ。このビジネスを成り立たせるためには、平和と安定は、むしろ悪である。小規模な戦争が、常に世界のどこかでおこなわれ続けなければならない。
 戦場となった小国が荒廃すれば、各国の資金協力の下、国際食料援助がおこなわれる。その食料は、アドクリフのディーラーがあつかう穀物だ。さらに『復興資金提供』という高利貸しも成立する。もちろんアドクリフが貸し付けた資金で、小国が購入する物資は、これもまたアドクリフのもとで生産されたもの。
 アドクリフの『利益』という、シンプルな目的に染めぬかれたシステムは、人の尊厳が排除されたマシーンのようだった。 
「こんな薄っぺらいものが、世界を支配してるってわけか?」
「皮肉だけど、そういうものらしいわ。結局、人の欲望なんて、単純なのよ。それを弁護し、だます仕組みが、複雑で巨大になっているだけ」
「知ってしまうと、バカみたいだな」
「本当にね。そして、これ」
 そのシステムに基づき、対応が要約されているアムンのページもあった。


 アムン王国
 新資源ポモタンの発見により要注目。外からの採掘権の確保は難しいため、内乱を誘発するプログラムが進行中。新政府派、および自由解放軍を支援する融資、武器供与を進行中。
 

「私の従姉妹の一人が、これには深く関わっているの」
「なんとかコタンって名前の人か?」
「よく知ってるわね。フィーリー・コタン。自由を求めたがるタイプ」
「アムンの教えに反するな」
「アムンの素朴な教えをバカにして、大国になびく人は、王室関係者でも少なくない」
「まあ、それで本当に豊かになれるのならいいが、こういうの見てしまうと、だまされているだけってのがわかるな」
「みんなにも真実を教えてあげましょう。まずは、そこからよ」
「だな。パティ、悪いけど、コピーは頼んでいいかな。ここからなら、ほら、エレベーターの監視もできる。誰か上がってきたら、すぐに逃げよう。オレ、もう一度、あの部屋に、ちょっと」
「いいけど、なに?」
「あとで説明する」
 オレは奥の部屋に戻ると、先ほど見つけた『グレイトヒーロー ビアトリス』のファイルボックスを取り出した。
 中身は、ざっと年代順になっている。紙の古さですぐにわかった。
 最も古いのは論文の切り抜きだった。古代文書に関する論文で、信じられないが100年以上も前の論文だった。『6-2』という数字もちゃんと記されている。アンザイ教授が語っていたやつだ。本当に昔から研究され続けてきたらしい。
 オレは、ふと思いつき、副大統領の年齢から逆算して、彼が学生だったころの資料を探した。やはり、あった。論文集の編集者一覧に、その名前が。副大統領はアムン大学に留学していたころから、すでに関心を持っていたのだ。そしてパティも語っていた通り、政治家として力を持つと、大型の助成金を出すために尽力した。助成先は、アンザイ教授の研究室らしい。資料に載っている研究室の名前は、リセ大学で見たものとは違っていたが、代表者としてのアンザイ教授の名前はすぐに見つかった。
 オレは、急に重い気分にとらわれた。理由は、自分でもわかっている。このボックスには、オレンジ・キャットで見せられた新聞記事などではなく、オレの親たちの本当の事実が隠されているからだ。
 はっきりと、予感したし、怖かった。しかし迷っている時間はない。今、このときにも、エレベーターが動き始めて警備員がやってくるかもしれないのだ。
 一枚の紙。右上に『極秘』のハンコが押してある。


 古代遺産『グレートヒーロー』『ビアトリス』への生命の定着に関して

 文献6-2に基づく機能開放のため、『生贄』を実行する可能性が出てきた。クリス・アズナブルとその恋人のユキナ・ヘミは愛においても、研究の習熟においても、申し分のない二人であり、実験への参加を積極的に希望している。生命の定着という未知の分野に踏み出すにあたって、最大限の保護と保障をお願いするものである。この実験が宇宙への跳躍の一歩となる可能性に着目されたい。
 

 文末には、読みにくいが、アンザイ教授のサインがあった。
 返信も、すぐに見つかった。


 ドクター・アンザイへ
 
 支援についての公式な確約は人道的に許可しかねることとなった。しかしペディキアングループを通じての援助は保障できるだろう。グループはアムン政府とも親しく、メディア、警察の対応は問題なく処置されるだろう。詳細は使者を通じて連絡する。計画の成功を祈っている。
 
 
 文末のサインは、カーリー・マクドナルド。
 そして、もう一枚の紙。カーリー・マクドナルドから、国防大臣のモエニゲ将軍へあてたものだった。国防戦略に関する手紙らしかったが、後半に赤いアンダーラインがひいてある。

 
 ・・・・太古の『スペースクルーザー』は現実のものとなりつつある、との情報を入手。他国、もしくは民間に渡った際のリスクを回避するため、予算見直しを含めた国家的対応を早急に検討すべきである・・・

 
「リュウ、コピーが終わった。行こう」
 とパティがファイルを持って戻ってきた。
 その瞬間、オレは一枚の文書を手にしていた。
 それこそ、オレの父親の直筆の文書だった。


 誓約 

 私達は、実験に際し、命をささげることを誓います。死を意味する生命の定着も、我々の子供たちや、アムンの未来のためであるならば、全く迷いはありません。
 私達の愛は永遠です。


「あのさぁ、パティ」
「なに?」
「オレの親って、バカだからさ、死ぬの、知ってて、実験に参加したらしいよ。『生贄』だってさ。でも、ゼンゼン迷ってねーの。成果が、子供たちに残るって、信じてたんだろうな。でもさ、みろよ。ペディキアングループとか、軍のやつらとか、最初から奪って利用しようとしていたんだ。ホント、アムンの人って、お人好しでバカばっかりだけど、うちの親よりもバカなのは、ちょっとないだろうね」
「でも、その『グレートヒーロー』が、今は、私達のもとにある」
「教授が守ってくれたらしいぜ」
 オレは別のファイルの一ページをパティに差しだした。
 それは関係者の拷問に関する極秘報告だった。多くは死亡し、120日の監禁に耐えたアンザイ教授だけが仮釈放された、と記録してある。
「最重要のアンザイ教授だけは、死なすわけにはいかなかったんだろうな」
「リュウ・・・」
「教授ったら、オレを見て、目の色かえるわけだよ。『グレートヒーロー』の噂がたったら、また拷問だからな」
 オレは自虐的に笑った。
 その後の近年の資料は、スペースクルーザーの捜索に関するものばかりだった。捜索は世界に広げられたらしい。実際に様々な未確認飛行物体の目撃報告があった。それらがいちいち極秘のうちに検証されていた。地球の裏側や、極地に近いところまでも。
「こいつら、バカだね。アムンの田舎を探せばすぐに見つかったのに」
「『飛ぶ』という前提で探していたのでしょうね。それにしても、やっぱりアンザイ教授は、立派な人だった。よかった」
 最新のファイルは、もちろん『女王杯』の奇跡に関するものだった。必死で探し求めていたものが、いきなりあんな大会に姿を見せたのだ。
 そして最後に、アムン国王への『グレートヒーロー』返還を要請する書類・・・
「おい、この『返還』って、どういう意味だよ?」とオレはあきれた。「パティは知ってるか?」
「わからない。開発と研究を行った代償としての要求かもしれないけど」
「みんな、バカだ。『グレートヒーロー』は、オレとキーロウのもので、『ビアトリスの玉』はパティのものなんだ。そんなの、はっきりしてるのに」
「リュウ・・・コピー、する?」
 オレは、はっきりと首を振った。
「いらねえ。こんな馬鹿げたもん、コピーする価値もない」
 すると、ポーン、と音が響いた。エレベーターの音か?
 オレたちは、とっさに資料を棚に戻し、明かりを消して、ベランダに出る扉に走った。
 ガラス片を元に戻すヒマはなかった。本物の警備員たちがやって来たからだ。一人ではない。何人かいるし、銃も持っている。
 オレたちは『グレートヒーロー』に飛び乗ると、精一杯の熱烈なキスをして、速攻で浮上した。
「まて! おまえたち、何者だ!」
 え? オレたちって・・・何者なんだ?
 そう思ったら、言いたいことは、ひとつしかなかった。
「答えは、あなたたち自身の中にあります!」
 オレは不思議な自信を持って断言した。
「何を言ってる!」
「降りろ!」
「従わないと発砲するぞ!」
 パティは『ビアトリスの玉』を、真っ直ぐ前に差しだした。船は80階のビルの縁から、滑らかに宙に進み出た。
 警備員たちは、どう対応したらいいかわからなくなったらしい。目の前にいるのは、人なのか、神なのか。
 盗人なら発砲すべきだが、神ならば発砲すべきではない。
 オレは、愛に基づき、誠意ある言葉を残した。
「全ては、よき未来のために。あなた方に、祝福を」 
 それはうちの教会で、オヤジがいつも言っている台詞だ。とっさの判断ながら、神さまを演じるのは、悪いアイディアではなかった。
 発砲できずに戸惑っている警備員たちの姿が、後ろで小さくなっていった。

 ビルから離れると、パティは『ビアトリスの玉』を高く掲げ上昇を始めた。薄い雲間をぬけ、宇宙に出た。
 もう、迷うことはなかった。故郷であるアムンにむかっての飛行。アムンは、宇宙からは、小さな島にしか見えない。あの中で、オレたちは育ったのだ。オレの育った湖があり、馬車で移動する人々がいる。
「なあ、パティ、オレの親って、『命の定着』ってやつをやったらしい。そのことで、こいつは、こんなにすごい力を手に入れたんだ」
「『復活の儀式』ね。何かの論文で目にしたことはある」
「おとぎ話じゃないんだから、やめろって。こういうおとぎ話、あったよな。夫婦の犠牲で、空を飛ぶ船が動き始める話」
「え?」
「あれ、なんていう題だっけ?」
「リュウ、そういうおとぎ話は、普通は、ないよ。たぶん」
「え・・・」
 オレはてっきり、幼いときに親からきかせられたことを、おとぎ話と思いこんでいた。オレはとまどい、呆然と空を眺めた。
「リュウ、大丈夫?」
「ああ、ちょっと混乱しただけ」
 するとパティが優しく言った。
「私は、あの朝、泣いたあなたを憶えているよ」
「え?」
「夜中馬車で走って、熱のある私をずっと抱きしめ続けてくれた、あの朝」
「ああ、あれか。ヘンな手紙だったからな」
「たくさんのことが、つながっている。そしてあなたは、いつも、必死だよね。そんなふうに見せていなくても、心の中ではずっと」
「そうか? わからないよ。普通じゃないかな」
「うんん。まさか、この私が、自制できなくなるほど人を愛するなんて、思ってもみなかったよ」
「後悔しているか?」
「いいえ。私がしているのは・・・むしろ『感謝』かな」
「バカ」
 と、オレは反射的に言った。
「え? どうして?」
「感謝されてるのは、おまえの方だっての。オレがパティに感謝しているんだ」
「うんん、それは違うの。『私が』あなたに感謝しているの」
「ふざけるな。あのさあ、悪いけど、オレの方が、絶対、感謝しているね。何百倍も感謝している」
「そんなことありません。私の方が勝っています」
「勝ってない!」
「勝ってるの!」
 オレたちは笑って、抱き合ってキスした。
「リュウ」
「ん?」
「あなたのお父さんが『グレートヒーロー』で、お母さんが『ビアトリスの玉』だね」
「ああ。考えてみれば、最初からな」
 オレはため息をついた。
「ずっと前から、いっしょにいてくれてたのね」
「まったく、勝手にやりたいことやって、さっさといなくなったと思ったら、こんなとこにいたとはな。あんたら、息子が女の子とキスするのが、そんなに見たいかね」
「それは、仕方ないよ。『愛』が飛翔の鍵であることは、二人の前から決まっていたことだから」
「それにしても、別に無理して生贄にならなくったって、レースで優勝するくらいで止めておけばよかったのに」
「それだけでは、国は変えられないよ。宇宙まで飛び立てるこの力があれば、シーラさんと協力して、世界の有り様までも変えていけるかもしれない」
「そんなことを『オレにさせるため』に、あいつらは犠牲になったのか?」
「最高に尊敬できる両親じゃない?」
「とんでもない」とオレは首を振った。「バカなだけだ。勝手に難題を押しつけやがって。そんなこと、望んじゃいないっつーの」
「そして、とんでもない難題女も、ここにいました」
 オレはまた、笑いがこみ上げてきた。
「なあ、パティ、オレさ、いつか親の『真実』を知ったら、すっげー腹を立てるか、泣いちゃうか、どちらかだと思ってた。でもさ、実際は、違ったよ。なんだか、ワクワクしてきた。こういうの、ダメかな?」
「私は、別に、ダメだとは思いませんことよ」
「そういえば、オレ、こないだ宇宙に出たとき『セックスしてー』って叫ばなかったっけ?」
「叫んだかもね」
「二人だけだと思ってたけど、うちの親も聞いてたってわけか? 困ったもんだぜ」
「それは、むしろ、あなたではなく、あなたの両親のセリフと思うけど?」
「確かに」
 このときをもって、オレはパティと『グレートヒーロー』でエッチしたいという密かな望みを、心の中から完全にデリートした。
「それにしても、オレたち、ますますただごとではなくなったな」
「最初から、そんな気はしていたよ」
「その『最初』って、いつからだ?」
「初めてリュウに会ったときから。奇跡に導かれた、運命の出会いだった」
「よくそんな恥ずかしい台詞が言えるな」
「心の『白馬の騎士』は、女子の永遠の憧れです」
「それ、おまえが言っても似合わない」
「えー、私だっていちおう女の子なんですけど」
「半分だけな」
「半分じゃありませーん!」
「わかってるって。全部、うけとめてやるから」
「半分じゃありません。半分じゃないのに。しくしく」
「ま、何はともあれ、目的のものは手に入れたんだ。あとは、これをどう使うかって問題だな。とにかく、堂々と戻ろうぜ。あの、のどかな小さな国に」
「まずは、ポビーのもとに、でしょ?」
「そうだな」
 オレは頷き、改めてパティの肩を抱いた。
「ポビーさん、元気かな。元気すぎて、またオレを殴らないといいけどな」
「ねえ、リュウ、あなた、私の両親に会ってくれる?」
「はひ?」
 と、オレは声が裏返った。
「だって結婚するんでしょ?」
「・・・」
「そう言ったでしょ?」
「まあ・・・はい・・・言いました・・・」
「問題はタイミングよ。もちろん、今は国としても将来を左右する微妙な時だから、私のことで気を使わせるわけにはいかないと思う。でも『グレートヒーロー』と『ビアトリスの玉』の追跡が来ることを思えば、ぐずぐずしていられないわ。いえ、アドクリフの大統領は、来国して返還を求めるのだった。そんなこと、絶対に許さない。だから、その前に、あなたが、私の両親に会う必要があると思うの」
「パティ、君が頭がいいことは、よーくわかっているけど、こういうことで、あまり頭の回転をよくしてほしくないな、オレ」
「逃げてもダメ。ちゃんと覚悟を決めてね。私がついているし」
「はあ・・・なんだか、それを考えると、ブルーになるな・・・」
 オレはパティに回していた腕を戻し、両手で頭を抱えた。
 本当に、オレ、結婚なんか、しちゃっていいのだろうか?
 オレが、国王の一人娘と結婚したら、オレは何になるんだろう?
 考えたくない。
 それはあまりに難しすぎる・・・
 
 携帯電話で連絡を取ると、ポビーさんは戻ってくることの危険さを説いた。短時間ならいいが、長く『グレートヒーロー』を隠せる場所はないとのこと。
「では、リュウさんが『女王杯』で利用した海辺の宿に降りてください」
「はあ?」
 オレは思わずパティから携帯電話を奪った。
「あそこのオヤジ、『グレートヒーロー』のこと、知ってるし、口が達者でなんでもべらべらしゃべるし、ダメっスよ、絶対ダメ」
「大丈夫です。彼はアムンの信者。我々の味方です。ヨットを隠すにも都合がいいのです」
「ポビーさんが、そう言うなら、従うしかないけど、でも、あそこのオヤジのこと知ってるんですか?」
「ええ。わりと、よく」
「まじかよ」
 パティは、横でしっかり頷いた。ポビーがそう言うなら、それが一番、と。

 夜明け前に到着した我々を、あのオヤジが外で待っていた。
「おかえりね。本物の『グレートヒーロー』が飛ぶところを見られて、とても幸せよ。でも、これって『愛』が必要ね。あ、あんたたち、あれか? 男と男? そうか、それも、また『愛』ね、ははは」
 とんでもない誤解をされてしまったようだが、パティの素性をこんなやつに明かすわけにはいかない。
「あのさー、いいんだけど、あまりちゃかしたり、突っ込んだりしないでくれよ」
「わかてる、わかてる。ベッド、用意してあるよ。二人で8000ラーね。お代はあとでいいよ」
「て、金取るのかいっ!」
「あたりまえよ。うち、宿屋ね」
「それにしても高くないか?」
「ははは、冗談よ、何、信じてるね。さ、中に入ってゆっくりするね。おつかれさん。私にできるのは、アンタたちをお迎えして『おつかれさん』と言うことだけね」
 急にうってかわっての親切に、オレは「ど、どうしたんだよ」と半身を引いた。
「私は『宿屋のオヤジ』ってことよ」
 そしてオヤジは、エミリオにむかって静かに頭を下げた。まるでその少年が、国王の一人娘パトリシアであることを知っているかのように。
 そういえば、ポビーさんもこのオヤジのことをよく知っていると言っていた。本当は、オレたちが動き始めるずっと前から、『ストーリー』は始まっていたのかもしれない。
 アンザイ教授や、オレのバカな親たちも含めて。

 案内されたのは、確かに広くていい部屋だった。海に面した一階で、窓を開けると波の音が間近に聞こえた。
「お昼、用意しておくから、それまでは、ゆっくり休むことね」
「ありがとうございます」
 とエミリオは素直に感謝した。
「あのさあ」と、オレはまだ怪訝な気持ちで訊ねた。「アンタのこと、信じていいのかな?」
「大丈夫。美味しいお昼、用意しとくね」
「いや、そうじゃなくて」
 オレがはっきり否定しても、オヤジは表情を変えなかった。
「私、宿屋ね。昔も、今も、これからも。例え、お客さんがアブノーマルな性癖でも、黙って見守るのが仕事よ」
「いや、そういうことじゃなくてさー」
 オレの疑問を受け流すように、彼は部屋を出ていこうとした。
「とにかく、帰ってきてよかたよ。それが一番ね。はっきり言って、帰ってこれないかと思った。帰ってこなかった仲間も、過去にはいるね。私も、ホッとしたよ。だから、今は、ゆっくりお休みください」

 オレたちは、二つの大きめのベッドに別々に横になった。
 本当はひとつのベッドで抱き合って眠りたかったけれど、それをやってしまうと、眠るだけではつらくなるだろう。抱き合いたくなってしまうだろう。だから、今はまだ、別々のベッドで眠ることが必要なのだ。
 でも、心は、ひとつ・・・

 オレたちは、同じ夢を見ていた。
 全く違う生き方をしてきたオレたちだけれど、今は同じ目的にむかって二人で歩こうとしている。

 ところで『二人』というのは、実際には少し面倒だ。
 目的は同じでも、人格の全てが同じというわけではない。
 トイレに行きたいと一人が言えば、従わないわけにはいかない。
 やりたいことが違えば、妥協も必要だ。

 でも、二人だからできることもある。
 例えば、ヨット。
 一人がクルーとなって、ロープを握って身体を水面に投げ出すから、強引な操舵も可能となる。
 
 この湖は、夕方に山下ろしの風が吹く。
 その逆風を利用して、クローズで半分まで上れたら、認めてやってもいい。

 これから始まる儀式では、長老が鳥を呼ぶ。
 そこで、何らかの役割を果たせたら、認めてやってもいい。

 そんなえらそうに言う前に、ちゃんと自己紹介したらどうなんだ!

 死にたくなかったら、成功させてね。
 失敗したら、私があなたを殺す。

 冗談、よせよ。

 半分マジ、お姫様は怒らせると怖いのよ。

 パティ、じゃあ、そろそろ、いいか?
 よし、やっちまえ!

 え?

「やっちまえ!」

 あのー、それはちょっと、おてんばすぎじゃないっスか?

「バカ」








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