GREAT HERO  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15

15章


 世界一の大国アドクリフの大統領来国となると、警備体制も半端なものではなかった。首都全体が厳戒態勢になったかのような雰囲気になった。
 アムンには空港がないので、大統領は空港のある一番近い島に専用機で飛び、そこから巡洋艦に乗り換えての来国となった。同時に大規模の警備スタッフもやって来た。副大統領来国の際に来ていた先発隊と併せると、ゆうに1000人を超える。爆弾テロが発生したことを知っての強行来国なのだから、警備が物々しくなるのは当然だったが、それにしても主要交通機関が馬車というのどかな国で、武装したスタッフがこれだけそろうと、街が戦場になったかのような異様な雰囲気となった。
 もちろん、アムンの警察も総力をあげての警備体制で対応した。大統領が移動する場所に限らず、街のあらゆる場所で所持品検査がおこなわれた。スタンプされた『確認証』のないバックは、発見次第、全て中身をチェックされる。
 世界から集まった報道陣は、まずはその物々しい街の雰囲気を取材して伝えた。アムンという、かつての人類の繁栄と地球破壊の教訓を基に、自給自足で成り立つ理想郷に、アドクリフという現代の大国が関与すること、これは人類全体にとっても、小さくはない意味があった。再び大量消費時代に逆戻りするのか、それとも何らかの限界ラインを設定して、自給自足の永続性をキープするのか。
 アドクリフの自由主義と、アムンのバランスを説く信仰は、思想的には真逆である。今回の折衝で何らかの折り合いがつかなければ、世界を二分する思想対立の時代に突入することも予想された・・・

「ポビーさん、本当にこんなこと、するんですか?」
 大統領来国前日にオレンジキャットの部屋にやってきたポビーさんの説明に、オレは半ばあきれて首を振った。その計画は、あまりに大胆だったからだ。国王と大統領の話し合いの席に、我々のコピーしてきた資料を堂々と提示するという・・・
「事前に察知されてはなりません。それは先方だけではなく、我が国のスタッフに関しても同様です」
「リュウ、あちらにアムン信仰のスタッフがまぎれ込んでいるように、こちらにも自由開放派の人間がけっこういるんだ」
 と、パティはオレを見て言った。こういう真剣な発言のときは、女性の服を着ていてもエミリオのように感じられてしまう。
「しかし、あまりに大きな賭けだぜ。ちょっと、こりゃ、でかすぎないか?」
「中途半端は一番危険です、リュウさん。やるとなったら、すべてを賭けて、絶対に結果を出さなくてはなりません。そうしなければ、我々の全てが蹂躙されるでしょう。国民の生活も含めて、全てが」
「それに」とパティが肩をすくめた。「『グレートヒーロー』の存在はすでに知られてしまったのよ。もう今からひきかえそうなんて無理。しっかり行動しないと、持っていかれてしまう」
「やれやれ。やるしかないってわけか。なんだか運命に流されるばかりで、オレ自身の考え方って、無視されてばかりだな」
「逃げられない運命。でも、それをどうやって成功させるかは、あなた自身にかかっているわ」
「オレ?」
「そうよ。私はあなたについていきます」
「は、はあ・・・」
 オレは、不安な自分を隠さなかった。しかしこれ以上あいまいな態度をしていると、またポビーの強烈パンチやキックが飛んできそうだったし、それに、ヘンな話だが、オレは本当は『わくわく』し始めていたのだ。
 あの爆弾騒ぎの時は、正直、一人だった。馬車からパティを見かけて確認を求めても、お姫様は「知らない」と説明しなくてはならない立場だった。しかし、今度は一人ではない。それに、結局のところ、田舎育ちの無名のオレを、パティの恋人として認めてもらうには、この賭けに挑んで勝つしか方法がないのだ。それは最初からわかっていた。
「アンタ、愛がないと、優勝できないよ」
 と、オレはわざとオレンジ・キャットのオヤジを真似て言った。
「愛は、ありますわ」
「なら、心配ないね。アタシも、アンタたちに賭けて、大儲けね。大儲けキャットね」
 オレはシリアスな状況をなんとかしようとふざけて、少しだけなごんだところで、両手を差しだし、二人の手を握った。
「では、よろしくお願いします。パティ、ポビー。オレ、やりますんで」

 ポビーは、日暮れ前に、資料を一セット持って王宮に戻った。王宮内にあるコピー機で大量に複写して、報道陣に配れるように用意するためだ。
 オレたちは、明日の支度を終えると、宿の一階のベランダから外に出て、夕日を眺めた。
 パティは胸元から『ビアトリスの玉』を取り出し、そっと脇に置いた。
「リュウ」
「ん?」
「私、いつかあなたに、ちゃんと『おはよう』って言ってあげるね」
「おいおい、朝の話か?」
「どんな一瞬でも、ずっと過去から、ずっと未来まで、『おはよう』って言ってあげる」
 オレは、苦笑しながら、この夕日の先にある、たくさんの朝のことを想像した。
「私に『おはよう』って言うと、あなたは、いっぱい、失うものがあるんだよね。いっぱい、いっぱい、誤解されちゃうかもしれないし、それに、私、ヘンだから。でもね、私、言ってあげるよ。『おはよう』って。私のできることだもん。心はいつも、そばにいたのに、『おはよう』って言ってくれなくて、私、いつも、悲しくて、寂しかったよ。だから『おはよう』って言ってあげる。いつかね、もし、寂しいことや悲しいことがあったら、一番に言って。『おはよう』って言ってあげるから」
 オレは、どう答えたらいいかわからなかった。もちろん「ありがとう」と言いたかったけれど、そんな当たり前のことを口にしたら、この瞬間の魔法が全て消えてしまうような気がした。なによりも贅沢で、豊かな魔法、どんなに大金を払っても決して買えない何かが、ここにある。
「じゃあ、オレ、『おやすみ』って言ってあげるよ。パティが、どんなに不安で、落ち込んでいても、オレはいつでも、優しく『おやすみ』って言ってあげる」
 オレはパティと肩を寄せ合った。
「もう、オレたち、一人じゃないな」 
「そうね」
 パティは、しばらく嗚咽をこらえていた。やがて顔を上げて、目をしっかりと開いて、オレンジ色の空を仰ぎ見た。
 その頬を、輝く涙が伝った。


 作業員の姿をしたオレたちは、当日の夜明け前に、ポビーさんの導きで中庭に面した一室に向かった。そこは園芸用の倉庫だった。石造りの回廊の階段下のスペースで、窓はなく木製の扉があるだけ。ここからなら中庭で進行されるすべてが手に取るようにわかった。長時間の潜伏に耐えられるように、毛布やクッションも用意してくれていた。
 前日から水分をひかえたオレたちは、覚悟してその狭い部屋に潜んだ。
 早朝から会場の準備が始まった。主賓用のテーブルには白いクロスが掛けられ、周囲の回廊には報道スタッフの席が用意されていった。
 オレたちは、近くで音がしないのを確認しながら、少し扉を開いて周囲の様子を見ていた。しかし、やはり扉を動かすことは危険だと察して、園芸用の道具箱からドライバーを見つけると、古い扉に二人分の穴を開けた。
 これで安心して外を観察できる。

 昼食のハーブの香りが漂い始め、食堂でランチが始まったことがわかった。オレたちもサンドイッチは用意してきたが、今は緊張して食欲はない。
 電波傍受の可能性があるので、携帯電話の使用もポビーさんに禁じられていた。
 パティは、ぼそぼそと王宮の中の様子や、両親のことを、オレに語り続けた。祖父のエミリオ老と、現王のディアヌス様、そのお后のミランダ様のこと。
 パティの家族は、アムンの教えを信奉している『つもり』だったが、王室全体としては、その常識は変わりつつあるらしい。自由経済を主張する学者や、大国と連動した資本家が、王室の関係者とも親しくなりつつある。
「環境大変動からけっこう経つし、そろそろいろいろ変わり始めているんだな」
 と、オレは小声で感想を述べた。
「一カ所に止まってばかりでなく、変わっていくことは必要だと思う。問題は、その方向性よ」
「ちなみに、パティの親父さんって、実際、どんな人?」
「『野人』よ。言ったでしょ?」
「それ、何度言われても、ちっともイメージできないよ」
「会えばわかるって」
「まさか、娘を溺愛してて、恋人なんて連れてきたら『死刑だ』なんて言うんじゃないだろうな」
「可能性アリ」
「マジ?」
「だからこそ、やるべきことを、ちゃんとやる。すべての成功が絶対条件なの」
「だよな。わかってるけど」
「自信ないの?」
「自信なんてないよ。それこそ『賭け』だよ。でも、気は重いけど、不安ってわけでもないんだ。やるけど、めんどくせーなー、って感じ」
「じゃあ、止める?」
「止めたくったって、止められないだろ。オレに選べることじゃないんだ。なんてったって『絆』だからな。オレ、はっきり言って、おまえのことが好きかどうかわかんなくなってる。なんか、もう、そういう『感情』も、超越している気がする」
「この国の未来がかかっているし」
「いや、はっきり言って、この国の未来も、どうでもいいんだ。ただ、オレは、パティと二人で生きていくしかないと思ってるし」
「『愛』ね」
「さあな。そう呼びたいなら、それでもいいけどさ」
 パティはくすくす笑って
「楽しい人生になりそうよ」
 と、言った。

 やがて警備スタッフの配置が始まった。マイクの伸びたヘッドセットをつけた白スーツの男たちが数メートルおきに立ち並ぶ。
 オレたちも暗い部屋の中で着替えを始めた。手に入れた資料を、堂々と提示するために。オレンジ・キャットで一度は着てみたけれど、まだ正装の勝手がわからないオレを、パティが甲斐甲斐しく手伝ってくれた。天井の低い土臭い小部屋だったが、こうして二人でいると幸福な場所だった。
 なんとか着替えを終えてホッとしたとき、いきなり扉が開いた。
 眩しくて、前がよく見えない。
「あら、どうしたのかしら、こんなところで」
 この高飛車な言い方は、オレにも聞き覚えがある。
「フィーリー、ほっといてよ」
 と、パティが言った。
 そうだ、パティの従姉妹のフィーリー・コタンだ。
「そうはいかないわよ。どうせ、この国の未来をじゃましようと、余計な策略を立てていたんでしょ。あなたのやりそうなことよ。とっとと出なさい」
 白いワンピースに着替えたパティが、ぎゅっと唇を噛んだ。
「いまさら私たちをとらえたって、計画は止まらないわよ。既に手配はすんでいるの。私たちは、ただ、観客として『見るため』に隠れていただけなんだから」
「隠れるなんて、いまさら、おこがましい。あなたの『家出』が、いったいどれほどの迷惑をかけたか、考えたこともないようね。もっとも、私たちにとっては、いささか好都合ではあったけれど。さあ、捕まえて」
 やつの指示で屈強な男たちが、オレたちの腕をつかんできた。鋼のような腕だ。抵抗することが無駄であることは、握られた一瞬でわかった。
「実は、パトリシア様のことを、ポビーがお待ちかねなのよ。いっしょになりたいでしょ? ね?」
「ポビーが?」
「そう」
 フィーリーは、にっこりと微笑み「地下の拷問室へ」とスタッフに指示した。
「私を捕まえるなんて、あなた、気でも狂ったの?」
「じゃあ、この男の人だけにする? 私はそれでもよくってよ。あなたが静かに式典に列席なさるなら、何も問題ない。もちろん、そのとき、あなたが騒ぎを起こせば、この男もポビーも、命はないと思うけど」
「いいわ。私もいっしょにつれていきなさい」
「パティ、オレは・・・」
「いいの」とパティはオレの耳元でささやいた。「私はもう絶対にあなたと離れない。決めたの」

 地下への長い階段を下り、さらに迷路のような通路が続いた。フィーリーは、警察官僚の制服を着た男と、楽しそうに先頭を歩いていく。オレたちのまわりには、白スーツが四人。合計八人の足音が、石を組んで作られたひんやり冷たい地下通路に響いた。
 地下の大広間。そこでは、すでに十字架にしばられたポビーがいた。腕、脚、腰、と、身動きできないようにローブで縛りつけられている。
「ポビー!」
 パティが叫んだ。
「ダメよ、パトリシアさま、お静かに。騒いだり抵抗したりしたら、あなたがたの命は保障できないわ。おわかり?」
 グッと従姉妹をにらみつけるパティを、男たちが引っぱり、十字架に縛りつけ始めた。
 オレも同様に、太い木の十字架に充てられ、ロープで縛られた。
 パティがまん中、その両脇を、オレと、ポビー。
「あのね、パトリシア、私もこの手であなたたちを殺めたくはないの。指示を出すだけでも、手を汚した気持ちになってしまう。だから、その選択は、あなた方自身にしてもらおうと思って。よろしい? あちらに銃を用意しました。あなたたちを狙って引き金を引いている状態。もしも、あなたたちの誰かが十字架から離れれば、一斉に発射されます。急げば一人は助かるかもしれない。でも、他の二人は、それまでね。もちろん、全てが終わるまで、三人とも縛られたまま反省の時間を過ごしてもらってもいいの。選択は、お任せしますわ」
 オレとパティがローブでしばられ終わると、三本のナイフが持ってこられた。そして右腕をとめていたロープだけが切られ、そのナイフを、オレたちの腹のロープに差した。
「では、ご自由に。もし、パトリシアだけが会場に現れたら、ちゃんとお席に案内してさしあげてよ。二人の殿方の犠牲を乗り越える勇気がおありなら、私たちも全てを水に流しましょう。では、どうぞ、ごゆっくり」

 フィーリーと、男たちが去っていった。足音を聞く限り、ここには誰も残らなかったようだ。
「ポビーさん、大丈夫っスか?」
「私は大丈夫です。それよりも、こんなことになってしまって申し訳ございません。私の命でよければ、今すぐにでも犠牲にしていただきたいのですが」
「バカなこと言わないで」とパティが怒った。「ここまでは全て順調だったんだから。こんな仕掛けさえなんとかすれば、きっと成功する」
「姫さま、ここは盗聴されている可能性があります。『計画』のことは、なにとぞ」
「そうね。私たちだけを残したからって、気をゆるめたりしないんだから」
「それにしても、オレ、銃で狙われるのって、初めて。おしっこ、漏れそうなんですけど・・・」
「私なんか、もう、とっくに漏れているわよ。バカ!」
 パティの言ったことがおかしくて、オレはクックッと笑った。振動で発射するような仕組みになっていないことを祈りながら。
「あの銃は、レーザー光線で我々の動きをとらえています」
 と、ポビーが言った。彼は冷静だった。
「私たちの身体が十字架から離れたら、引き金が入るようになっているのです」
「じゃあ、三人同時に離れたら?」
「散弾銃です。発射されたら、死なないまでも、重傷を負うでしょう」
「でも、一人が逃げれば、って、あいつは言ってたじゃん」
「まん中だけは、大丈夫なのです。あの銃に実弾は込められておりません」
「よく知ってるね」
「時間がありましたので、先に説明を聞かされました」
「つまり、パティだけは、ロープを切って離れられるけど、あとの二人は撃ち殺される、ってわけだ」
「はい。私は、かまいませんが・・・」
「かまわなくないでしょ」とパティがまた怒った。「私が引き金になって二人を死なせるくらいなら、私だって生きている意味がありません」
 では、どうしたらいい、とオレは考えた。レーザー光線が目で見えるなら、まだ何か対処のしようがあったかもしれない。しかし照明のつけられた部屋では全く見えないし、部屋の明かりのスイッチは我々から遠く離れている。
 パズルを解くように思考しながら、とりあえずナイフでロープに切り目を入れていると、パティが声を発し始めた。

「ヒュー、ルールールー」

 そうか、その手があったか! ・・・って、何が起こるかわからないけれど。
 ここは王宮なのだ。この不思議な声を発すれば、地下だって何かが起きるかもしれれない。
 声は地下通路に響き渡った。パティは響きが通路の奥まで染み渡るのを待ち、間隔をあけて、再び声を発した。
 やがて奥から何かの音が聞こえてきた。羽ばたきのような・・・
「鳥が来ますな」
 と、ポビーが言った。
「鳥なんか、地下にいるのか?」
「こうもりなら・・・」
 羽音は近づきつつあった。一羽や二羽ではないらしい。ざわざわと音が密集し、大集団の予感・・・
「姫さま、大変です。こうもりがレーザー光線をさえぎると、銃が発射されてしまう」
「あっ!」
 パティは口をつぐんだ。バカ。遅すぎだっちゅーの。
「ごめんなさい・・・」
「どうするよ。なあ、パティ、『ビアトリスの玉』を持ってるよな」
「うん」
「それで奇跡を起こせ」
「どうやって?」
「知るか。いつも、オレの知らないこと、おまえはやってくれたじゃん」
「そ、そんな・・・いきなり・・・難しすぎるよ・・・でも・・・」
「姫さま」と、既にロープを切り終わり、自分の意志で十字架にへばりついていたポビーは、小さく首を傾げた。「何か考えがおありですか?」
「父さんは、この声で、動物と意志疎通できると言っていた。例えば『あの銃をずらしてもらう』とか、お願いできたら、するんだけど」
「しようしよう」とオレは賛成した。「それしかないよ。ここに住んでいるこうもりだもの、きっとパティの言うことならなんでも聞くよ」
「リュウも手伝ってくれる?」
「え?」
「声、出せるようになったって言っていたよね」
「『たぶん』だよ。まだ本当に動物を引き寄せたことないし」
「たくさんの動物を相手にするときは、たくさん声が有効なの。お願い、協力して」
「まじかよ・・・」
 既にざわざわとした大集団の羽音は部屋の近くまでせまっていた。
 パティは、胸元から『ビアトリスの玉』を取り出した。照明のもとでもわかるくらいはっきりと輝きを発していた。確かに奇跡は起きようとしている。
 オレも声を発し始めた。
「ヒュー、ルールールー」
 部屋に流れ込んできたこうもりたちは、オレたちを避けて、向こう側の天井に黒くたまった。
 オレは、パティの声とのわずかな違いを感じた。そこを探り、互いの意志を会わせていく。
 ざわめいていたこうもりたちが、羽根の勢いをゆるめて、安らかになっていった。そして三本の銃にぶら下がり始めた。互いの身体を寄せて、密集してぶら下がると、銃が黒いタールをかけられたようになった。
 そして、台座に縛られていた銃が重みに耐えきれず、三本ともばたりと銃口を下に落とした。
 そのとき、ポビーが、一瞬、にやっとして、十字架から離れた。
 複数の銃声が響いた。
 耳をつんざく音が部屋に響き、こうもりたちは舞い上がった。
 耳は痛くなったが、我々は誰も傷ついていない。
 パティが『ビアトリスの玉』を高く掲げると、こうもりたちはその玉に『キス』をして、外の通路に去っていった。
「すげーな。本当に起きちゃったよ、奇跡」
 オレが木製の床に残った散弾の跡に感嘆していると、パティはすぐにナイフを差しだした。
「リュウ、脚とお腹、切って」
「ああ」
 オレは速攻で自分のロープを切り、十字架から離れ、パティのウエストを縛っていたロープを切った。ポビーは脚のロープを切り、すぐに三人とも自由の身となった。
「問題は、これからよ」
 と、パティは真剣な眼差しでオレとポビーを交互に見た。
「私、悲しい表情で式典に出ようと思います。二人の犠牲を演技して。二人は、その間に、例の書類を用意してください。できますか?」
「はい」とポビーはすぐに頷いた。「既に王には昨夜のうちにお渡しし、目を通していただいています。しかし、王自身が言い出すわけにはまいりません。リュウさま、あなたがこの書類を、我々の王と、先方の大統領に、突きつけるのです。よいですね?」
「は・・・はい・・・やってみますが・・・」
「私の信頼できる仲間は、まだ城の中にも大勢います。そのつてを通じて、王の部屋から書類を持ってきてもらうことは可能と思います。時間はかかりません。用意が調ったら、リュウさまが、あの『声』でお知らせします。あとは、列席された姫さまが、タイミングを見計らって、主賓席に上がっていく、という段取りでいかがでしょうか?」
 パティと、オレは、しっかりと頷いた。
 最後に、三人で手をかさねて、祈った。
 オレは、愛に基づき、誠意ある言葉を残した。
「全ては、よき未来のために。全ての者に、祝福を」 
 
 オレはポビーと、その信頼できる仲間の導きで、中庭を見下ろせる一室にたどりいた。高いところだったが、ここからなら回廊の屋根を利用して、中庭に降り立つことも可能だった。書類のコピーも手元に用意できた。
「ヒュー、ルールールー」
 と、オレは空にむかって発した。
 すると、確かにクワイ鳥がやってきて、オレの肩にとまった。
「ありがとう」
 オレは瑠璃色の鳥にむかってつぶやいた。
「おまえが、初めてオレの声に応えてくれたクワイ鳥だ。これからもよろしくな」 

 中庭の会場に、ついに王と大統領が姿を現した。午前の会談、昼食会に続き、マスコミへの説明と質疑応答が、ここで執り行われる予定だった。
 満場の拍手の中、二人は和やかな笑みを浮かべた女性スタッフに導かれ、ステージにセットされたソファーに向き合うように座った。それぞれの背後には、大統領夫人と、王妃もひかえている。
「皆様。私、アムン国王ディアヌス・ローゼンバーグは、アドクリフ大統領ジルベルトフ・シラー殿をお迎えできたことを心から嬉しく思い、関係者の方々のご尽力に深く感謝をささげるものです」
 通訳がアドクリフ語で言い直した。
 そして大統領が発言した。
「私、アドクリフ大統領ジルベルトフ・シラーは、この美しい国に生まれて初めて訪問し、その歴史的価値の重さを改めて痛感し、その保護と両国の友好のために、さらにベストをつくすことを約束します」
 通訳がアムン語で言い直した。
 そして、再び国王。
「両国の友好は、海洋資源開発や、文化・芸術の交流を通じて、すでに活発におこなわれているところですが、近年、ポモタンと呼ばれる新資源が脚光を浴びるにあたり、我が国の埋蔵資源の共有と活用が、午前の会議の主要なテーマでした。世界の人々に役立つ資源を有効利用することに異存はありませんが、かつての人類共通の失敗を教訓としてきた我がアムン国において、教えとの調和という問題が絡むのは当然であり、そのことでは、大統領にいくつかお願いをさせていただきました」
 通訳がアドクリフ語で言い直した。
 そして大統領が発言した。
「もちろん、アムンの立場を理解し、共通の利益を模索することは、極めて当然のことです。我々は、技術、人材、開発資金を提供できます。その見返りに、一定の採掘権をお願いするのは、これもまた当然のことでしょう。それに関して、国王自ら、よき理解を示していただいたことに、心から感謝いたします」
 通訳がアムン語で言い直した。
 その後、報道関係者からの質問を受ける時間となった。いくつか、当たり障りのない質問が続いたが、一人の男の問いに、場が水を打ったように静かになった。
「民衆通信のヒサカ・ジュウゾウです。我々の得た情報によると、アドクリフは、ポモタンの採掘権奪取だけではなく、アムンの増収に目をつけ、兵器セールスを始めていると聞きました。既に警察増強の名目で新予算が組まれた事実が、ここにあります。この紙に書いてある。これは平和をモットーとした国是に反しますが、いかがでしょうか」
 その声はオレには聞き覚えがあった。ミカのボスのシュージその人ではないか。
 答えようとした国王を手で制すると、大統領自ら説明を始めた。
「残念ながら、アムンにも平和を乱す組織が根付き始めている事実がある。我々の友好を阻止せんとする爆弾テロが発生したことも事実なのです。真の文化と、友好は、守る価値があるし、守らねばなりません。私たちは、その意味で、共通認識をいだいています」
 通訳がくり返すのももどかしく、質問が続けられた。
「あなたの国は、平和の名の下に、多くの国を戦場に変えてきた。おっしゃることは、いつも『平和を守る』です。つまり、あなたが『平和を守る』と発言するときは、『戦争を起こす』との意味で、解釈してよろしいのでしょうか?」
「あなたは、歪曲している。ナンセンスです。どこの記者? 民衆通信? 憶えておきましょう。とにかく、私が平和を語るときは、100パーセント、平和が目的であり、それを歪曲するのは、悪意ある者のすることです」
 このタイミングでパティは動くかと思ったが、『父親』の方が先だった。
「大統領のおっしゃることはよくわかりますが、一方で、疑問を抱くのも民衆の素直な反応なのです。私は、みなさんの前で、ひとつ、お約束したい。私たちの、アドクリフとの関係は、すべてオープンであること、これを前提にしたいと思います。いかがですか?」
 大統領は満面の笑みを浮かべて、大きく頷いた。
「それはもう、我々の社会の常識です。国民は、知る権利がある。当然、リーダーとして選ばれた者は、知らせる義務がある」
 二人が改めて身体を伸ばして握手すると、会場に拍手がわき起こった。
 そして大統領が横にいた部下に指示を出し、皆に説明した。
「では、ここで改めて、深まった友好を祝うために、私たちのおみやげをお出ししましょう。ただのお菓子ですが、美味しいですよ。まずは、もちろんアムン国王に味わっていただきましょう」
 予定外のことに、会場がざわついた。
 すぐに回廊から、銀のトレーを持ったウエイターたちが現れた。最初の一人がステージに向かい、アムン国王と大統領の前に小皿を置いた。
 すると、脇から、一人の老人がステージに上がってきた。
 大統領は無表情で会釈した。
「これはこれは、エミリオ殿、我々のおみやげを、みなさんで味わっていただけますか?」
 老人はくしゃっとした笑みを見せ、空を仰いだ。

「ヒュー、ルールールー」

 三回くり返したところで、クワイ鳥が二羽、ステージに舞い降りた。
 すると国王は笑顔で、菓子の乗った小皿を鳥たちの前に置いた。
「大統領、我々の国では、まず、頂き物は、聖なる守り主たるクワイ鳥にささげることになっております」
 すると、ついばんだ鳥が、すぐに奇妙な動きを始めた。まっすぐに立てないらしく、身体を傾げて、よろけた後、倒れてしまった。
 場が騒然とした。
 毒殺目的の菓子。
 そんなことが我々の目の前でおこなわれた、という事実。
 立ち上がる報道陣を、白いスーツの警備スタッフが取り囲んだ。
 一方で、大統領関係者を、アムンの警備スタッフが取り囲んだ。
「みなさん、お静かに」
 エミリオ老が厳かにアドクリフ語で声を張り上げた。
「このようなことは、よくあることです。あわてなさるな。おそらく移動が長く、傷んでいたのでしょう。他意があることとは思いませぬ。どうか、ご安心を」
「そうです、静かにしてください!」
 と、ここでパティの澄んだ声が会場に響いた。
 それまで、うまく顔を隠していたのだろう。国王も、エミリオ老も、きょとんとした顔で回廊の奥のパティの姿を探した。
「私たちは、『グレートヒーロー』と『ビアトリス』の名の下に、ここに真実を伝えます。リュウ、お願い!」
 オレは、苦笑したぜ。こんな芝居みたいなこと、現実にあるなんてな。
 ポビーをうかがうと「大丈夫、答えはリュウさま、あなた自身の中に存在します」と、いつものセリフを言ってくれた。
 オレは窓から飛び出て、回廊の屋根に降りると、そこから屋根の縁をつかんで、身体を下げ、中庭に着地した。
 ベルトにはさんでいた書類を引き抜き、パティと手を取り合い、ステージにむかって堂々と進んだ。警備スタッフが駆け寄ってきたが、パティが「私は王の娘、パトリシアです。道をあけなさい」と指示すると、逆らうものは一人もいなかった。
 オレたちはステージに上がった。
「アムン国王陛下、謹んでご報告いたします。アドクリフの善は、欲に基づく『利益』の追求のみ。その仕組みが、ここに記録してあります」
 と言って、オレは書類をパティのお父さんに差しだした。
 パティは、同じ書類を大統領に突きつけた。
 国王は書類を受け取り「これは真実ですか?」と、大統領に質問した。
 大統領は、書類をめくって、眉根を寄せた。
「真実の書類など、どうしてここにあるとお考えですか。でっち上げに決まっている」
「では、この大統領の署名付きの書類を、国内のみならず、世界に配信しても、別にそれはそれでかまわない、というわけですな?」
「まさか、一国の国王が、そのような愚行をなさるとは思わないが」
「さあ、どうでしょう。それは、あなた方の対応によると思います。既に、あなた方からは、多くの要求をいただきました。半ば、強引な。いや『完全に強引な』と言い改めましょう。報道関係者のみなさんの前で、はっきりとお答えしておきます。
 第一に、ポモタンの採掘は認めますが、その利益は、我々国民が等しく享受するべきものです。一切の会計を公開し、利益の全金額を国民に分配します。決して一部のグループや、企業が、利益を独占することは許しません。これは、神が、我が国に残された資産です。
 第二に、みなさんが興味をお持ちの、我が国の古代遺物ですが、これもかけがえのない我が国の資産です。けっして金額に換算できない貴重なものです。どのような理由があろうと、これを他国に譲り渡すことはできません。
 第三に、私たちの信じる教えは『愛』を説きます。それは共に理解し、喜びも、心の痛みも、共有していこうという理念に基づくもの。ぜひ、この機会に、その一端を感じていただけたら、わざわざ足をお運びいただいたかいがあったというもの。
 以上、ご理解いただけそうですか?」
 大統領は、驚いた顔をして、目をこすった。
 既に会話のすべてがアドクリフ語になっており、通訳は翻訳してアナウンスすることをあきらめていた。
 父の言葉を引き継ぐように、パティが大統領に頭を下げた。
「親愛なるジルベルトフ大統領閣下、私はパトリシア・ローゼンバーグと申します。国王の一人娘でございます」
 そしてパティは父親に向き直り、報道陣にも聞こえるよく響く声で、はっきりと言った。
「ここのところ、関係者の皆様には大変なご心配をおかけしたことをお詫びいたします。しかし、目的がないことではありませんでした。そして、実り豊かな収穫も、笑顔でお届けできる運びとなりました。すべては、ここにいる殿方のおかげ。爆弾テロの嫌疑をかけられながらも、アムンの未来のために全てをささげ、こうして私と最重要書類をお届けするに至りました。でも、そんなことは、いいんです。最も大切なことは、国王自ら、今、おっしゃいました。この国は『愛』によって成り立つ国だと。そこで、謹んで、お願いいたします。私、パトリシアと、彼、リュウ・アズナブルの結婚を、お認めください」
 オレとパティは跪いた。
 国王は苦笑して首を振った。
「おい、そんな話は聞いていないぞ」
「お父様、すべては、このお願いのためでございます」
「で、君は、だれ?」
 と、国王はオレを見た。
「ティエコ村のリュウ。『グレートヒーロー』を操るものです」
「まさか、君が、あの『グレートヒーロー』を?」
「そうじゃよ」とエミリオ老が横から言った。「王家に伝わる秘宝のな」
「いや、オレ、秘宝とは聞いていませんけど。博物館にあったって聞いて・・・」
「秘宝を博物館に預けて何が悪い?」
 と、厳しい目でエミリオ老がオレをにらんだ。
「いや、悪くはないっス」
「パトリシア」と国王が言った。「書類のことはありがたいが、彼のことはどうなのだ。話が飛躍しすぎだろ」
「いいえ。書類と結婚は、密接につながった成果。決して分けて考えられることではありません。この成果をお認めいただけるなら、彼との結婚をお認めください」
 国王は困ったように首を振り、大統領に質問した。
「大統領、こういうこと、どう思われますか?」
「彼女はあなたの娘さん?」
「そう。私のたった一人の。それが、こんな、おてんばに育ってしまって」
「まあ、なんともコメントしかねるが、もしも、この混乱した場が、祝福の場と変わるなら、私も末席ながら、祝いの言葉を述べさせてもらおう」
「ミランダ、どう思うね?」
 国王に話を振られ、ステージの脇にひかえていたお后は「パトリシアが決意したなら、もう、誰が何を言っても無駄ですわ、止められません」と苦笑した。
「エミリオ老、どうですか?」
 パティの祖父は、静かに頷いた。
「いずれ、こうなると思っておった。リュウ君、練習はしてきたのだろうな?」
「はい」
「では、やってみたまえ」

「ヒュー、ルールールー」

 オレは『声』を響かせた。
 まだ慣れないことだし、最初は緊張して、震え声でダメだったが、何度か響かせていくうちに、自分でも感心するほど手応えを感じてきた。だんだん、調子が、出てきた。なかなかクワイ鳥が来てくれないので、なんでだろうと思っていたら、他の鳥たちが集まってきた。
 カラスや、燕や、雀や、名前のわからない渡り鳥まで。地下から(どこかに出口があったのだろう)たくさんのこうもりも出てきた。それらは、やって来ると、ステージのまわりに止まったり、回廊の屋根にぶら下がったりした。
 そして、やっと、クワイ鳥がやってきて、オレの肩にとまった。しばらく前に、高い窓から『声』を発したときに来てくれたやつだ。おまえ、毒を盛られないで死ななかったのはいいが、いるんならもう少し早く来いよ、バカ。
 何はともあれ、たくさんの鳥たちと共に、オレとパティは、王に頭を下げた。

「まあ、仕方がないな。結婚を認める。おめでとう。パトリシア。そして、リュウ」

 すると、険悪な雰囲気で張りつめていた場の緊張が解け、報道陣たちが拍手と歓声を上げた。
 オレの回りに集まっていた鳥たちが、一斉に空に飛び立った。
 城のスタッフも、満面の笑顔で、突然の吉事の驚きを隠さない。
 白スーツの警備スタッフたちまでも、オレたちに向かってガッツポーズを送ってくれた。

 その夜、オレたちは大統領との晩餐に出席させられたあと、ポビーさんのはからいで平服に着替え、密かにオレンジ・キャットに馬車を走らせた。王宮から出ることをアドクリフのスタッフに知られるのは危険だと思われたので、それだけは慎重に。
 そして真夜中に『グレートヒーロー』で飛び立った。
 シラー湖のあるティエコ村に戻るためだ。
 パティは『ビアトリスの玉』を北に向けた。
 ヘンな話だけど、オレはこのときが、一番緊張した。じっとしていると、身体がガタガタと振るえるほどだった。
「寒い?」
「そうじゃなくて、緊張っス」
「すでに『グレートヒーロー』も、私たちの中も公認なのに、ヘンな人」
「なんでだろう。ていうか、なんて言おう?」
「私にきかないでくれますか」
「そりゃあ、そうだけど」
 オレは、どう説明しようかと考え続けた。そして、いいアイディアが浮かばないまま、村に着いてしまった。
 滑らかに着水した『グレートヒーロー』は、まるで故郷の湖にもどってきた白鳥のように、黒い静かな水面に安らいだ。
 ここで、困ったこと、発生。オールを持ってきていなかったのだ。心地よく安らぐのはいいが、岸までは少しある。
「しょうがないから、もう一度キスだ」
「この中途半端な距離、興ざめしちゃう」
「モンク言うなよ。他に方法があるか?」
「わかってるけど」
 オレたちは抱き合ってキスした。
 しかし『グレートヒーロー』は浮き上がらない。
 オレの緊張が悪いのか、中途半端な移動距離が悪いのか・・・
「しょうがねーな」
 オレは着ているものを脱ぎ、パンツだけになって、湖に飛び込んだ。
「パティ、ロープ、頼む」
「寒くない?」
「ちょっとな。泳げば暖まるって。早く」
 オレは彼女が投げてくれたロープを肩にかけて、泳ぎ始めた。
 いつもお世話になりっぱなしの『グレートヒーロー』とパティを、最後はオレ自身で引っ張るのだ。
 それがオレは、無性に嬉しかった。
 本当に帰ってきたと、思った。  

 濡れた身体をジャケットでふいて、シャツとズボンを身につけると、パティの手を引いて、星明かりだけの田舎道を歩いた。『ビアトリスの玉』が、ぼんやりと光を発し、パティの足下を守ってくれた。
 教会の裏に回り、自宅の扉をノックする。
「遅くにごめーん。リュウだ。帰ってきたよ」
 少しの間の後、廊下の明かりがつき、落ち着いた足音が聞こえてきた。
「おかえり」
 と、扉が開くと、笑顔で母さんが迎えてくれた。
「こんな遅くにごめん。一人、連れがいるんだ。パトリシア。オレはパティって呼んでる。オレたち、結婚することになった、って言ったら、驚く?」
「まあ、本当に?」
 母さんが目を丸くして、オレの横のパティに視線を送ると、パティは真面目に頭を下げた。
「パトリシアです。はじめまして」
「また、ずいぶん急な話ね?」
「うん。オレたち、いろいろあったんだけど、ま、いろいろありすぎて、説明しきれないって感じなんだ。言っとくけど、パティって美人だけど、普通の女の子じゃない。そこんとこ、少し迷惑かけるかもしれないけど、よろしくな」
「おや、魔法で空でも飛ぶのかい?」
 パティは、オレを見てから、にっこりと笑った。
「ま、そんなところです、お母さん。お騒がせしちゃうと思いますが、どうぞよろしく」 


 その夜はまだ、パティが王家の娘で、お姫様と結婚することになったのだ、というところまでは説明しなかった。
 ただ、キーロウだけが、全てを察してくれた。
 居間でミルクを飲んでいたオレたちのところに、二階のベッドから出てきたキーロウがやってきた。
 オレたちは、二人でキーロウに謝った。
「オレたちの『グレートヒーロー』、独占しちゃってすまない」
「いいよ。結婚するなら、仕方ないって。もってっていいよ」
「キーロウが、もう少し大人になったら、使い方も教えてやるし、キーロウも使っていいと思うんだ」
「僕は、もう子供じゃないけど」
「違うんだ。これは『愛』の話だから」
「だね。なんとなくわかる。まあ、二人が再会できてよかった。ところで、今でも、男になるの?」
 と、パティに質問した。
「少し」
 と、パティは豆をつまむように指を差しだした。


 翌朝、オレが久しぶりに熟睡して寝坊していると、パティが声をかけて来た。
「おはよう、リュウ」
「あ? 今、何時?」
「もう、お昼近いですよ。お寝坊さんですね」
「いつものことじゃん」
「あ。開き直ってる」
「いいじゃん。開き直らせてくれよ、ここではさ」
「それは、あなたの実家なんだからご自由に、って言いたいけど、でも、私の立場はどうなるの? まだ、みんなに全部は説明してくれてないでしょ」
「そうだね、確かに」
「どうするの? はっきり言っちゃう? それとも、ややこしいこと、しばらく隠す? 私じゃ、どうしたらいいかわからないよ。ねえ、早く決めて。そうじゃないと、私、本当に困ります」
 そんなこと言われたって、オレだってわからないっちゅーの。事実を明かしたら、大騒ぎだろうけど、今は黙っていて、あとで明らかになっても、やっぱり大騒ぎだろう。もちろん悪いことじゃないから、素直に事実を明かして喜んでもらいたい、という気持ちはあるけど、でも、大騒ぎとか、されたくないんだ。
 オレは、枕を抱えて、丸くなった。

「ねー、リュウ、どうするの?」

 おいおい、結婚って、ここに至って、けっこう、めんどくせーな!

 




(c)Naoki Hayashi 2008



<<back top