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 6章


『祭り』の翌朝、オレはキーロウと静かな砂浜を散歩した。
「リュウにい、オレ、海ってけっこう憧れだったんだけど、ろくなもんじゃないな」
「でかいからな」
「ホント、でかすぎるよ」
 キーロウは砂浜の入り口で靴を脱いでいた素足で、おもいきり乾いた砂を蹴り飛ばした。気持ちよさそうで、オレも思わず真似をした。
「でも、オレたちが暮らしているのは島国だ。周りを全部囲まれてるんだよな」
「まあ、海に助けられてる、ってのはわかるよ。普段食べてる魚とか、美味しい海老とかもさ。あれ、ランチで食わせてもらったやつ、マジで美味しかったね」
「おい、また食欲かよ」
「本当に美味しかったんだもん、しかたないじゃん」
 オレは苦笑して、紺色の海原に視線を送った。
「この海のむこうにあるもの、見てみたいな」
「リュウにいは、遠くに行っちゃうの?」
「行くとしても、見てくるだけだよ。どういうわけか、最近、外国から来たって人と会うことが多くて」
「アドクリフ?」
「まあ、そのへんも」
「オレは、大きな国って好きじゃない。なんだかえらそうだし」
「でも、夏に遊びに来てたサイモンさんの奥さんって、あっちの国の人だったんだよな」
「最近は来てないね」
「すごくいい人だった」
「ていうか、リュウにい、好きだったんだろ。ルーシーのこと」
「いや、そーかなー、ははは」
「みえみえだっちゅうの」
 オレは弟に突っ込まれ、思いのほか顔が赤くなってしまった。
「ま、昔の話さ」
「だね。リュウにいは、今はすんごい人がいるもんな」
「あいつも、海みたいなもんだな。すごすぎて、オレにはよくわからねーよ」
「だいたい、人の真似してくるってなんだよ。ホント、普通じゃないよ」
「おまけに、似てたし」
「うそ!」
 キーロウは本気でいやそうな顔をした。
「あんなの、服を同じにしただけで、絶対、似てない。冗談じゃないよ、もー」
「でも、それでいて、あいつ、根は女の子なんだよな、おもいっきり」
「え、そうなの?」
「あまり人には見せないけどな。王家ではお姫様だし、外に出てくるときは男の格好だし。女の姿のまま、っていうのはなかなかないらしい」
「でも、リュウにいは知ってるんだ」
「知りたくて知ったわけじゃないけどな」
「運命だよ」
「大げさだな。よくわからん。ま、考えてもはじまらねーだろ」
「とりあえず、会いに行けば?」
「それはむりだろ。あいつだって、男装してこっそり抜け出てきてるんだから」
「堂々と訪問しちゃえばいいじゃん」
「レースに優勝してたら、それもできたかもしれないけどな。けどさあ、あんな中途半端な結果じゃな」
「それにしても、なんで邪魔が入ったんだろうね?」
 大会を途中で終わらせた男たちの騒動のことだった。
「たぶん、オレたちが優勝しては困るやつらがいたんだろ」
「ペディキアンのやつら?」
「それもそうだけど、ほら、昼にご馳走になったところでもいろいろ言ってたからな。もうじきアドクリフの大統領も来るって」
「なんか、危険な感じだね」
「そうだけど、でも、『あいつ』と親しくなるってことは、こういうことも関係してくるってことなんだろうな。政治的っていうか、大人の都合っていうか。まあ、簡単じゃないのはわかってるさ」
「リュウにいは、覚悟できてるのか?」
「ああ。ていうか、仕方ねーだろ。やるしかないよ。『あいつ』も頑張ってるんだ」
「なんか、心配だな」
「大丈夫さ。オレたちには『グレートヒーロー』がある」

 キーロウとはその日一日、街の観光をした。オレは二回目だったので、だいたい勝手がわかり、アニキぶって説明してやることができた。
 観光がつまらなかったわけではないのだが、なにせ身体が疲れていたので、午後になると早めにオレンジ・キャットに戻ってきた。そしてオヤジに道具を借りて、夕暮れまで桟橋で釣りをした。

 翌朝、キーロウは村に戻った。警備の軍人たちの姿が多く目に付く駅までオレも見送りに行った。祭りの主役を張ったオレたちだが、レースの時とは着ている服も違ったし、オレたちに気づく人は誰もいなかった。
 いちおう賞金の半分を、父さんあてにキーロウに託した。
「ここじゃ大した祝いもできないし、帰ったらみんなで美味いものでも食ってくれよ」
「リュウにいは、いつ頃までここにいるの?」
「わからない。ていうか、オレがこれからどうなっていくのも、サッパリわからん」
「どっかに答えってないの?」
 キーロウの素直な疑問に、オレは肩をすくめた。
「答えは、オレ自身の中にあるらしい」
「『あの人』が、そう言っての?」
「鋭いな。『あの人』のボディーガードが言ってた。ほら、いっしょに湖に来てた人、知ってるだろ?」
 キーロウは首を傾げた。憶えていないわけではないが、あまりはっきりとは思い出せないようだった。
「ま、気をつけて帰れ。何かあったら連絡するよ」
「その『何か』が、今度みたいな大事じゃないといいけどね」
「キーロウだって楽しんだろ」
「まあね」
 オレは内心、こんなのはまだ序の口かもな、と思ったが、それは口には出さなかった。

 キーロウが列車で出発すると、オレはそのまま昼の馬車で、ポモタン採掘の仕事にむかった。
 採掘の仕事は久しぶりで、緊張したというか、少し恥ずかしく感じた。人前でハデなことをやったあとだったからだ。
 受付にいたエシルさんは、オレに気づくと、親しげな笑顔を満面に浮かべて歓迎してくれた。
「あら、リュウさん、おめでとう! 見てましたよ。すごかったです。あのタイムなら、最後も絶対勝ってましたよね」
「はあ・・・とりあえず、受付を・・・」
 オレが挨拶もそこそこにペンを取ろうとすると、エシルさんが「書いたら、ちょっと待ってください」と言った。先に他の人たちの受付を済ませてから、いったん事務所の奥に引っ込んだ。
 上司と何か相談しにいったのだろ。あまり面倒なことにならないといいな、とオレは思った。
 戻ってきたエシルさんは、さらに笑顔を加速させて「あなたを、ここの責任者に紹介したいんですが、かまいませんか?」と聞いてきた。
「責任者?」
「はい。それに、今日は、ちょうど、すごい人が来てるんです」
「誰?」
「元国王のエミリオ・ローゼンバーグ閣下です。どう、すごいでしょ? 視察にいらしてたの。お声がけしたら、あの『グレートヒーロー』のクルーなら、ぜひ会っておきたい、とおっしゃられて」
 おいおい・・・エミリオって、まさか『あいつ』じゃないよな? 『元国王』ということは、つまり、あいつのじいさんってことか?
 なるほど、それであいつのミドルネームはエミリオなのか・・・ていうか、普通は女子なら祖母のファーストネームを譲り受けるんじゃなかったか?
 ま、王家のしきたりは、オレなんかにはわかんねえことがあるもんだろうし、一人娘ってことも関係あるのかもしれない。
「ま、いいけど、オレみたいな田舎もんに会ったって、いいことは何もないと思うぜ」
「そんなに謙遜しないでください」
 というわけで、オレは思わぬところで、パティのじいさんと会うことになってしまったのだ。
 エシルさんは男性スタッフに仕事を引き継いでから、オレを手招きした。
「では、まず、所長のところへ」

 ここ、グズリア採掘場の責任者はグリベラさんと呼ばれていた。長身で眼光が鋭い、いかにも妥協を許さない男という感じの人だった。
「リュウ君、素晴らしいレースだった。敬意を表するよ。君がこの場で働いていたことを知っていたら、私も大いに応援していたところだ」
 とりあえずオレは、エシルさんの導きでグリベラさんの『所長室』に案内されたのだ。木製の大机に書類が山積していたが、その多くが外国語(アドクリフ語)で書かれているらしく、オレには読むことすら無理っぽい。(いちおう高官試験対策として勉強はしていたが)
「聞けば、君は北の小さな村から来て、ここで働くのはまだ二回目だとか。正直に言うと、我々は人材を欲している。優秀な人材ならば、いろいろ頼みたいことがあるのだ。期待に応えてくれるかな?」
「わかんないっす。ていうか、オレ、話が見えてないし」
「言葉はどうだい。アドクリフ語は?」
「勉強はしたし、話すのは大丈夫ですが、読み書きはちょっと。仕事で使うのは不安です」
「なるほど。ま、考えておこう。たぶん、アドクリフ大統領来国に向けて、事務作業を頼むことになるだろうが、詳しいことはまたあとだ。聞いたと思うが、今日はスゴイ客人が来ていてね。君に会いたいそうだ。さあ、行こう」
 立ち上がったグリベラさんに従って、オレとエシルさんは部屋を出た。
 途中の通路には銃を肩に下げた兵士が何人もいた。オレは激しく緊張したが、いざ、明るい会議室に入ってみると、不思議なほど穏やかな雰囲気だった。
「君が『グレイトヒーロー』のクルーだったのかな?」
「ええ、まあ」
 柔らかそうなシャツを着た初老の紳士が、窓辺に立ったまま笑みを見せた。
「伝説の船のいきなりの参加には、ワシも驚かされた。少なくとも一ヶ月前にはそのような情報はなにもなかったぞ」
「いろいろありまして」
「ワシはエミリオ・クリストフ・ローゼンバーグ。君に会えて光栄である」
 エシルさんがあわててオレを後ろから突っついた。
「す、すみません。オレは北のティエコ村から来たリュウです。お会いできて光栄に存じます・・・エ・・・エミリオ閣下?」
「ははは、君が女王杯で優勝するとはな」
「いや、優勝というか・・・決勝戦は中止でしたから」
「似たようなものだろう。ま、君の出場に関しては、その一部始終を聞いてみたい気もするが、今はそのときではない。君の人生は君のものだ。せいぜい励みたまえ。ときに、君も知っているとは思うが、今はこの国の未来を決する重要なとき。ポモタンという新資源を、平和的に、かつ有効に利用するために、すべての国民が心をひとつにして努力をしなくてはならない。そうですな、グリベラ所長?」
「はい、全くその通りです、閣下」
「そこで、リュウ君に、おりいって頼みがある」
 オレの背筋に冷たいものが走った。まさか、この人の身内の『あいつ』のこと・・・じゃないよな・・・
「君は見たところ、立派なヨットマンだ。信頼に値する人物と思う。実は、ここのところ、大国との友好を阻もうとする不審な動きが目立っている。ぜひ『グレイトヒーロー』ともども、アドクリフ大統領の来国を成功させられるよう、我が国の役に立ってほしい」
 オレはパティのことではなかったので少しホッとしたが、これはこれで『大国との友好』というところがひっかかった。甘い言葉の導きの結果が、どういうことになっていくか、民主革命派のシュージたちに教えられている。しかし考えてみると、自分がここの内部の人間となれば、逆にシュージたちの役に立つことができるかもしれない・・・
「はい、直々のお願いとなれば、断るわけにはいかないっス。なんでもやらせてください。ただし『グレイトヒーロー』を巻き込むのだけは、少し待ってください。やつは『オレたちにとって』大切な船ですから」
「巻き込む、か」とエミリオ老はほくそ笑んだ。「面白いな。うむ、まあ、細かいことはあとで相談してもらおう。よろしく頼む」
 オレがホッとしかけたところで、急にエミリオ老は鋭い眼差しを向けてきた。
「では、リュウ君、『本題』にはいろう」
「は?」
「外に出ようか」
 エミリオ老は部下をうながして、中庭への扉を開けさせた。そこはまだ完成して間もない事務棟の中庭で、元国王が優雅に鑑賞するような場ではなかった。しかし躊躇なく踏み出したエミリオ老は、真ん中に立ち、オレが横に来たのを確認すると、まぶしげに目を細め、空に片腕を差しだした。
「ヒュー、ルールールー」
 聞いたことがない不思議な声を、ゆっくりと三回繰り返した。すると数羽の小鳥が飛んできた。瑠璃色のクワイ鳥だった。上空を二回ほど旋回してから、一羽はエミリオ老の手に、他の二羽が両肩に止まった。
「さあ、リュウ君、やってみたまえ」
「え?」
「『え?』じゃない。見ていただろ?」
「は、はあ・・・」
 そしてオレも真似をしてみた。
「ヒュー、ルールールー」
 しかしどこからも新しい鳥など現れなかった。それどころか、エミリオ老に止まった鳥たちまで「それ、意味不明」と言いたげに首を傾げた。 
「もっと響かせるのだ。ノドから、鼻腔にかけて。そして最後は上に抜けるように。ヒュー、ルールールー。やってごらん」
「ヒュー、ルールールー」
「どう?」
 と、エミリオ老に質問された鳥たちは、また首を傾げた。
「ダメのようだな」
「こういうの、いきなりは無理っス」
「まあ、よく練習しておくことだ」
「はい・・・でも、なぜ?」
 エミリオ老は、笑みを浮かべて、サッと小鳥たちを宙にはなった。 
「『グレイトヒーロー』もいいが、クワイ鳥も大切な存在じゃ。そこを忘れてはいかん。よく憶えておきなさい」
「は、はあ・・・」

 それから、オレの本格的な仕事が始まった。オレはもう採掘現場に出ることはなく、エシルさんといっしょに受付を手伝ったり、グリベラ所長のために様々な会議資料の製作を手伝ったりした。
 ポモタン採掘の本格化も急がねばならない課題だったが、あと一ヶ月半にせまったアドクリフのジルベルトフ大統領来国の準備が急務だった。そのために来週にはアドクリフから特別チームが先発隊としてやってくるとのこと。企業トップを中心とした行政対策チームと、中隊ごと来国して警備にあたる軍事チーム。
「先発隊には副大統領も同行して来るらしい。いよいよだ」
 とグリベラ所長は、電信書類を届けにいったオレに言った。
「なんだか、すごい話になっちゃってるんですね」
「そうだ。ここまで話が大きくなっていることを知る者は、アムン国内でも多くはいない。私でさえ予想の範囲を大きく超えている」
「それだけポモタンが大切ってことなんでしょうね」
「いや、それもあるが、問題は『東の連合国』が民主革命派を利用して、アムンとアドクリフの友好を妨害しようと動き始めていることだ」
「え?」
「最近、郵便ポストへのビラの配布が多いらしい。王室が勝手に大国と組みポモタンの富を独占しようとしている、というデマだ。見たことはないかな?」
 それはオレが運んだビラでしょう、と思って、あせった。
「少し噂は聞いたことがあります。でも、こないだの女王杯のあたりから街の警備が厳しくなって、ビラの配布は難しくなっているんじゃないですか?」
「いったんはそうだった。が、昨日はかなり多かったそうだ。女王杯を混乱させた白馬の男たちはニセ者だ、という告知をしたかったのだろう」
「それ、本当にそうなんですか?」
「さあな。私には関係がないことだ。私が関心を払わなくてはならないのは、大統領来国を成功させることだ」
 そのときは話はそこまでだった。しかしやはりオレには所長の言った『東の連合国が民主革命派を利用して』のところが気になった。そんな話はエミクストでの一週間で聞いたことがなかったし、確かにシュージらの活動資金がどこから入ってきているのかも聞いたことがなかった。大国アドクリフと対抗する別の外国がバックアップしているという考え方はありえそうなことだった。信じたくはなかったが・・・

 連日、残業が続いた。施設や宿泊先の改修の手配や、交通手段の計画立案まで。交通というのは、要人の移動だけでなく、その警備に当たるスタッフや、随伴するマスコミの移動まで配慮しなくてはならない。もちろん宿泊場所の確保も重要だ。
 地図がたくさん利用された。関連施設のリストアップや、期間中の人員配備などが、地図に整理され、手配が行われていく。その実際の手配は各課が行っていたが、地図への整理は、主にオレとエシルさんが担当した。
 近隣や施設の白地図を印刷し、情報を書き込んでいく。同じものを数枚作り、所長のチェックを受けて、各課に配る。
「リュウさんが来てくれて本当に助かります」
「ていうか、これ、一人では無理だろ。二人でも足りてないし。こんなんだったら弟を帰すんじゃなかったよ」
「レースにいっしょに参加した弟さんですね?」
「ああ。キーロウって言うんだ。まだ15歳だけど、オレよりしっかりしてる」
「兄弟はお二人?」
「うん、まあ、だいたい」
「『だいたい』ですか?」
「ああ。おれんち、教会でさ、いろいろ引き取ってるんだよね。オヤジの『趣味』みたいなもんで」
「あら、まあ」
 あまりにも素直に微笑むエシルさんを見たら、オレは嘘をついてはいけないと感じた。
「実はさ、オレたち、引き取られたってカッコウなんだ。キーロウと二人で、今のところにね」
「え?」
「本当の親は、どっか、いっちまって」
「リュウさん・・・」
 彼女は優しい目でオレを見た。
「では、本当のご両親は?」
「さあ」
「いらっしゃらないの?」
「さあね。ま、気にしないでくれよ。こんなこと、エシルさんに関係ないし。やっば、言うべきじゃなかったよな。ゴメン」
「ううん」と彼女ははっきりと首を振った。「教えてくれて嬉しいわ。私は、普通の家で、普通に育って、それが当たり前だと思ってたけど、これって、ありがたいことなのよね」
「エシルさんは、姉妹とかいるの?」
「兄が馬車の会社で働いています。もう結婚して子供もいるの」
「ふーん。エシルさんは?」
「私?」
「つまり・・・つきあっている人とか・・・」
「そんなことより、ほらほら、早く仕事終わらせないと、帰れませんよ」
 エシルさんは苦笑して、オレの質問をはぐらかした。

 事務所のスタッフの徹夜も珍しくなかったが、女性のエシルさんと、臨時スタッフのオレは、なんとか最終の馬車で帰るようにしていた。
 春の穏やかな夜道を、数名のスタッフと共に、星空を見ながら30分ほど走る。
 エシルさんは、いつのころからか、帰り道のために夜食を用意してくれるようになった。食堂の残り物だが、サンドイッチや、ステックサラダなど。
 お互い疲れていたけれど、のんびりと親しい会話は続いた。子供時代の夢とか、記憶とか、将来のこととか。
「オレ、ホントは、大切な人がいるんだ」
 と、何日目かの夜に、正直にうち明けた。
「つきあっている人?」
「わかんね。『つきあってる』とは言えないと思う。会いたいときに会えるって関係じゃないんだ。でも『絆』があるのは、間違いないと思う」
「ふーん」
「ホント、よくわかんないよ。全部、夢みたいな気もするし」
「男と女の関係なんて、みんな、夢みたいなものかもしれません」
「そう?」
「私に聞かないでください」とエシルさんは苦笑した。「私だってわかりません」
「でも、こんなこと、エシルさんに相談してるって、不思議だよな」
「私は『聞き役』ですから」
「そんなことない。はっきり言って、オレにあんなやつが現れたりしなければ、きっとエシルさんとつきあったと思うし」
 彼女は口をつぐみ、当惑したようだった。しばらくしてから、夜空を見上げて「リュウさんは、星の名前はご存じ?」と聞いた。
「わりと知ってる。オレ、船に乗る人だから、天文の勉強はしたんだ」
「すごい! じゃあ、あの星は?」
「どれ?」
「あそこに光っている赤い星」
 オレはエシルさんに顔を寄せて、指さす方向を確認した。
「火星だよ。あれは惑星だから動くんだ。航海の目印にはならない」
「動くの?」
「ああ。月ほどじゃないけどね」
 彼女は「そっか」とつぶやいて、寒そうに肩を振るわせた。そして馬車ががくんと揺れたところで、オレに寄りかかってきた。
 そして、顔を伏せて「つかれたの」と、つぶやいた。
「うん、そうだね」
 オレは、どうしたらいいかわからず、ただ頷いただけだった。
  
 その夜、エシルさんと別れ、乗り合い馬車を降りてから、オレンジ・キャットまで歩いていると、黒い喪服を着た婦人に声を掛けられた。
「おまえ、なにやってんだ」
 その無愛想な声は、言わずとしれたミカだった。
「あ、ども。久しぶりっス」
「決勝に残ったあげくに、今は新政府の一員かい」
「新政府?」
「グリベラの一派だ」
「ああ、所長か・・・」
「エミクストのアジトはつぶされた。主なメンバーは潜伏中だ」
「え? 大丈夫?」
「おまえもヒマならビラ配りを手伝え、と言いたいところだが、忙しそうだな。残業か?」
「そう。今は何の因果か、グリベラ所長の下で事務仕事さ」
「何をやってる?」
「地図作りが多いですね。準備することも、当日のことも、地図に整理しなくちゃならないから」
「ちょうどいい。実は、来週の副大統領来国を期に、爆破テロを計画している。大統領来国に警鐘を鳴らす目標を探しているのだ」
「爆破テロ?」
「勘違いするなよ。要人暗殺が目的ではない。あくまで騒動を起こし、来月の大統領来国を阻止するのが目的だ」
 どっちにしても、オレには想像もできない物騒な話だった。
「あの、オレが言うのもなんですが、警備はすでにかなり厳重になってますよ。顔見知り以外は、敷地内に入ることも難しいと思います」
「では、おまえがやれ」
「はあ?」
「小型の爆破装置を渡す。おまえが適切に設置しろ」
「それ・・・本物の爆弾ですよね?」
「そうだ」
「そんな・・・むちゃな・・・」
「我々の努力により、国民の多くは真相を察し始めている。しかし豊かさという甘い蜜に引かれ、痛い目にあうまでは悟ろうとはしない」
「爆弾で方向が変わるんですか?」
「きっかけにはなるはずだ。我々はきっかけを作らなくてはならない」
「オレ、協力はしたいです。でも、その前に、シュージさんと直接話がしたい」
「いいだろう。来い」
「え? 今っスか?」
「あたりまえだ」

 喪服姿の大柄の女性に従い、オレは早足で夜の住宅地を彷徨った。初めての場所に分け入り、方角がわからなくなった。もう一人では帰れそうもない。
 やっとたどり着いた場所は、町はずれの川縁の、水車のある古い家だった。明かりは消えていたが、戸に鍵はかかっておらず、ミカはノックもしないで中に入っていった。
 中は真っ暗だったが、地下への入り口から光が漏れていた。手探りではしごを探して下りると、小麦の匂いのする地下倉庫に、シュージとデニスがいた。
「よお、久しぶりだな」
 デニスの太い声は相変わらずだった。
「デニスもか。みんな、こっちに来てたんだね」
「事態は切迫している」
 と、小さな木製のテーブルにひじをついたシュージは厳しい表情で言った。
「全てが、間違った方向にむかっている」
「確かに、国としては大統領歓迎ムードですね」
「オレたちのニセ者が現れて、さらに状況を悪くした」
 女王杯を混乱させた白馬の男たちのことだ。
「やっぱり、ニセ者なんですか?」
「ああ」と横からデニスが吐き捨てるように言った。「無駄に手の込んだをことしやがるぜ」
「あの・・・ミカさんは、オレに爆弾を設置してこいって言うんですが・・・」
 オレの動揺を、ここの三人は気にする様子もない。
「リュウ、君は採掘場の事務所に出入りしているらしいな」
「はい。大忙しです。ちょうど人手が足りないってことで」
「ならば、ミカの言う通り、役に立ってもらいたい。間もなく大統領来国のための大がかりな準備チームが来るはずだ。そこを狙ってほしい」
「ま、マジっスか・・・」
 オレは動揺しまくりだった。今度は、ただのビラ運びとは違う。
「オレ、シュージさんの考え方、基本的には間違ってないと思いますよ。でも、二つ確認させてください。一つは、オレは、人殺しはしたくありません。爆破は、人のいないところで、という条件にしてください。それで効果が足りないと言うなら、オレは絶対におります」
「いいだろう。我々としても、あくまで大統領来国阻止の騒動を起こすことが目的だ。人殺しが目的ではない」
「そして、もう一つ。偶然耳にしたんですが、民主革命派と、東の連合国の関係って、なんなんですか?」
 シュージは指先でヒゲをなでて「聞きたいか?」とオレをにらんだ。
「はい」
「この世界で、大国アドクリフに反旗を翻しているのはオレたちだけじゃない。東の大陸には、伝統ある小国が多い。特にエネルギー政策において、アドクリフに対抗する連合勢力を形作っている」
「シュージさんたちは、そこと関係あるんですか?」
「ある。我々の活動資金は、主にそこから出ている」
「でも、それは要するに、アドクリフと、東の勢力との、世界的な対立を、このアムンに持ち込もうとしていることなんじゃないですか?」
「その通りだ。ただし、アドクリフが動かなければ、オレたちも静観できた。やつらが動けば、話は別だ。そうだろ? だからこそ、大統領の来国を阻止することが重要なのだ」
「そうかもしれないけど・・・」
「リュウ、大国の横暴を甘く見るな。やつらは資源のある土地を略奪するためなら、いつだってなりふり構わない。でっち上げの理由で戦火にさらすなど日常茶飯事だ。テロ国家とか、大量破壊兵器の隠蔽とか言ってな。逆に『友好』が役に立つと思えば、どんな芝居でも演じてくる。やつらの強欲に対抗し、この国の尊厳を守るためには、他国の協力も必要なのだ」
「もちろん、オレにも、言ってることはわかりますよ。でも、いずれにしても、ポモタンの採掘は始まってしまったことで、これを阻止することはできないんでしょ? そうだとしたら、技術協力やら、信頼できる買い手やらが必要だし、必然的に外国との交流は深くなるはず。大国だからという理由で嫌悪するのはわかりますけど、多かれ少なかれ関係するのは、避けられないことなんじゃないでしょうか?」
「避けられない『関係』が、やがて『支配』に変わるとしたら?」
「ですよね・・・やっぱ、そこですよね・・・」
「一番よいのは、やつらの裏の『シナリオ』を暴くことだ。善意の表情の、裏の顔を、白日の元にさらす。肉食獣の素顔をな。大国にだって民意はあるし、特ダネはマスコミが飛びつく。国民に素顔が暴かれることを、あの国のトップは一番恐れる。だから、そのための証拠探しを、オレたちは急いでいる。しかし今はまだ、決定的なものを見つけるには至っていない」
「証拠?」
「内部資料だ。アムンを支配するための計画書類のたぐい」
「そんなもの、あるんですか?」
「あることは間違いない。アムン教の信者から内部告発が数件届いている。うまく見つけて、白日のもとにさらせば、悪意ある者たちを実名で指摘できるし、失脚させることができるかもしれない。やつらの強欲を拒んだ上で、善意ある交易がフェアに発達するのなら、それは悪いことでない」
「でも、内部資料の暴露って、それ、すごく、難しいことなんじゃないですか?」
「ああ、簡単ではないだろうな。だからこそ、今は、当座の対策が必要なのだ」
 オレは「ふー」と大きくため息をつき、うなずいた。
「やっぱり、シュージさんの言うことは正しいと思います。オレにできることは、やらせてください。ただし、もう一つだけ。こういうシュージさんたちの活動は、王室の存在を否定しますか?」
「いや」と躊躇なくシュージは首を振った。「アムンの王室は、アムンの文化だ。この国の平和な暮らしと、アムン教と並んで、大切にしなくてはならない貴重なものだ」
「ですよね。わかりました」

 オレは、水車小屋からピンク・キャットまでの道を教えてもらい、ずっしりと重いバックを受け取って、一人、静かな夜道を歩いて帰った。
 持ち手が指に食い込む物騒な荷物。
 思えば、あいつの下着と並んで、第二の困った荷物だ・・・

 宿に戻ると、オレは自分の寝具を持って外に出た。『グレートヒーロー』に相談しようと思ったのだ。
 オレンジ・キャットのオヤジは複式の賭けで勝って気をよくし、オレに海側の広い部屋を貸してくれていた。その窓から直接外に出て、桟橋に飛び降り、『グレートヒーロー』に移った。
「海は、どうだ?」
 オレは船縁をポンポンと叩いて言った。
「キーロウは、海は苦手だって言ってた。広すぎるって。ホント、その通りだよな」
 ここの水面は静かだったが、耳をすますと、遠くから微かな波音が聞こえた。
 すでにエシルさんと見た火星は、西に大きく傾いていた。
 もう夜中だ。
 オレは『グレートヒーロー』に寝具をひき、船に抱かれるように眠りに落ちた。


   かの人は、明るい色薫の風の中、
   フローラルな丘を翔け、
   春のリズムのように鼓動が走るのを感じていた。

   溢れるばかりの水源に向かって、
   青空の下で、はしゃいでいた・・・

  「ヒュー、ルールールー」
   不思議な声。
  「リュウも、やってみて」
  
  「ヒュー、ルールールー」

   もっとよく響かせて。
   ノドから鼻腔に、
   そして最後は上に抜けるように。

  「ヒュー、ルールールー」

   瑠璃色のクワイ鳥は、誇り高き守り神。
   さあ、練習を!

  「ヒュー、ルールールー」

  「ヒュー、ルールールー」

  「ヒュー、ルールールー」

   色薫のきらめくクワイ鳥がやって来て
   愛しい人の肩に止まった。

   ああ、そうか、すべて
   あのときと同じではないか・・・







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