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作家のピーター・マシーセンと、動物学者GS(ジョージ・シャラー)、二人のアメリカ人が1973年代にチベットに分け入った。数ヶ月に渡る行程を日付付きの旅行記として書き綴ってあるのだが、僕はこれをほとんど一日に一日分を読むという、まさに一緒に時間を共有するかのような読み方をしてしまった。(日記は連日書かれているわけではないので実際には一ヶ月ほどで読み終わったけど)そうしようと思ってしたわけではなく、僕にはそうするしかなかった。密度が濃すぎて一日に一日分以上はなかなか読めない。本がすごいのか、自分がバカなのか、それは微妙なところかもしれないけれど。
マシーセンとGSがチベットに行くことになったのは、実はマシーセンが妻を癌でなくしてまもなくのことだった。本の前半から、旅立ちのバタバタや、インドのジトッとした九月の気候、雑然とした街並みの描写に混じって、この旅の『前提』となる妻との別れが説明されている。妻との共通の関心事だった東洋の宗教である仏教。その仏教の奥地を訪問する旅。これはたんに動物学者に同行するジャーナリストという枠を超えて、マシーセン個人の心の旅でもあったのだ。切実に。そして深く仏教を考察しつつ。
正直、僕はこの本で初めて仏教のことを知った気がした。仏教国日本に生まれ育った自分が言うのもヘンな話だけど、葬式やら法事やらではない、心の問題としての仏教をストレートに考えたのは、自分はこれが初めてだった。彼らの旅の行程では、どこでも目にするマニ車。「オム・マニ・パドゥメ・フーム」という、輪廻を諭す祈りの言葉。無数の険しい山を登っては下り、登っては下りを繰り返す。貧しい集落にも隅々にまで広がる輪廻の思想。異邦人に対して吠える犬の鳴き声が、巨大な谷に響く。
旅は九月から冬の初めにかけておこなわれた。動物の発情期を狙う意味があったらしい。出発地点のポカラでは、まだ夏の名残のじめじめした気候と連日の雨が続いていたが、泥の道をポーターたちと歩き始めると、やがて雨とは無縁の乾いて荒涼とした行程が始まっていく。
日々の行程は、ポーターたちとの交流話題と、仏教に関する考察。この二つが荒涼とした風景の行間をタップリと、禅的直感を込めて埋められていく。
登山の道案内で知られたシェルパ族の者たちは、比較的長く旅の行程を共にする。全ての行程というわけでもないが、ひとなっつこい料理人のジャン・ブーは大半を共にして、最後は泣いて別れたという。彼らとは別に、短い距離(長くても一週間程度)を荷物運びをするポーターたちがいる。新しい担ぎ手が加わるたびに金の交渉が延々続き、なかなか旅立てなくてイライラする。ポカラからの最初の出発では、2人の白人と、4人のシェルパと、14人のポーター。、総勢20人。ようやく交渉がすむと、ぼろを着た男たちの行列が始まった・・・
シャラーは貧しい中央アジアへ分け入りながら、考え、感じつくそうとする。「在る」とは何か。「無」とはなにか。痩せこけたウシは自分をつなぐなめし革さえ食べてしまう。禅の悟りとともに、命の火を消していった妻の記憶。畑にたたずむ無垢な少女。畑で分けてもらったキュウリをかじる。天空のような山の頂。風になびく五色の布。見上げると雲の道にカラス。
仏教の言葉も多く散見される。大乗と小乗、ボーディサットヴァ、ニルヴァーナ、サンサーラ、シャンバラ、カルマ、禅、ボーディダルマ・・・。マシーセンは書く。「対象との自然な一体化は、奔放(ほんぽう)な日本の墨絵にも見られる・・・禅文化の力強い表現だ。なにものとも一体となることこそが『道』の真の実現となるのである」
僕は自分の無知に開き直って、仏教用語を逐一調べながら読み進めた。険しい山岳の道で距離が稼げない作者らの行程と同じように、ワードを調べて考察しながらではなかなかページが進まない。きちんと真面目に本に向かっても、もやはり一日に一日分がいいところ。そのときに主にお世話になったのは三省堂大辞林(杉浦康平デザイン!!)だが、それで足りないものは図書館に行って調べて。
そしていよいよ氷の壁を乗り越え、チベット高地に内ドルポ地方にたどり着く。まだ西洋人が二回しか目にしたことがなく、そのうちの一回はGS自身だという雪豹を探し求めて。そしてこれもまた西洋人にはほとんど未知のクリスタル僧院へ。
これら1973年当時の記述は、30年以上を過ぎた今となっては、不思議な感慨を持ってしまう。今では東京の多摩動物園に何匹もの雪豹がいるらしい。運動不足のお父さんが子供を肩車したままでも「ほら、かっこいいね、しっぽが長いね、色はアメリカンショートヘアみたいだね」と幻の動物と遭遇することが可能なのだ。チベット奥地の寺院はブラッド・ピットの映画の舞台となり、人々の暮らしはNHKの取材により何度も日本の茶の間にテレビで伝えられた。それがいいことなのか悪いことなのか、僕がここで考えても始まらない。多くの人たちの善意と努力のたまものであることは間違いないのだ。
荒涼とした山岳風景も、そこを歩いて旅する人や、そこに暮らす人にとっては、様々に表情を変える自然であること。じっくりと読んでいくとよくわかる。ストーリーテリング的な面白さを求める視点から読むと無意味な描写の連続に過ぎないが、自然と一体になることを意識し、一つ一つの現実を仏性の具現化のように感じ、草の匂いや人々の日常までが自分とは異質なものとして感知する旅行者気分で楽しんでいくと、その情報は海のようにタップリと深く大きな広がりをみせる。はっきり言って、膨大な情報量である。荒涼な自然がなんと饒舌であることか。特に自分は学生時代を北海道で過ごし、雪と氷の世界にも様々な表情があることを知っていたから、その経験とも重なった。まさにこの本とつきあった一ヶ月は、自分がチベット奥地を旅しているというリアリティに包まれっぱなしだった。
この本を楽しめるかどうかは、たぶんここにかかっている。延々と続く荒涼とした風景の描写を「そんなの、みんな同じ」と思ったら速効で眠くなること必至。それがどうなのか。妻の死も、石ころも、ただそこにある事実として一体となる禅的経験を、自らのこととして感じ取ることができるかどうか。
僕がこの本を読み終わろうとしていたときには、もう日本も春が近づいていた。そんな現実と重なって、彼らもやがて気温の高い低地に降りていく。再び湿度が高い、人の多い現実の世界へ。そして雑雑とした事後処理的な記述を読んでいくと、自分も「戻ってきたな」としみじみ実感した。逆に少し前までいた場所が、確かに天空の世界だったのだと感じられた。聖なる高地には、ほとんど何もなかった。何があったのか、と問われても、うまく答えられない。美女の誘いも、天使の微笑みもなかった。ほとんど何もなかったけれど、その高きところの聖なる記憶は、自分の中で確かに『白い輝き』として残った。それはまさに野生に生きるスノー・レパード(雪豹)の幻。
不思議な、素晴らしい読書体験だった。
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