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ずいぶん以前から、噂には聞いていました。PC版の18禁ギャルゲーに名作があること。でも自分はMacユーザーなので、WinのPCゲームはできないので、ま、プレステ2でやれるならやるという感じですなフフフ、と、なんとなくボンヤリと心の隅に微かな記憶を留めつつ日々を送っていたわけです。
脱アダルト化により全年齢対象にPS2版が世に出たと知ったのは最近のことではありません。が、やっぱ定価で買うのは高いし、特に急ぐ気のない自分としては、いずれ中古で・・・と思うんだけど、たまに中古で見つけても、あまり定価と変わらない値段だったりしました。そこまで無理して「瞳きらきら萌え系キャラがパッケージを飾るゲーム」を買うのも、いい大人としてどうよと考えちゃうのが正直なところ、で、見て見ぬふりして通り過ぎ、さらに数年の月日が。そして時代は移り、ついにPS2ソフトも廉価版が発売される時代になったのでした。噂の名作「AIR」の廉価版が世に出たのが去年の秋。僕が中古で買ったのは廉価版ではないけれど、すでに普通の中古も買いやすい値段で店頭に置いてある時代となったことを知り、ついにゲットしたのでした。

ちなみに元18禁ギャルゲー名作にはもう一つあって、Key制作のソフトとしては「Kanon」「AIR」の順番になるらしい。「Kanon」も安くなったので手に入れまして、いちおう何人かの女の子でエンディングまで見てみました。こちらは北の街の抒情が素晴らしく、北海道で学生時代を過ごした自分としてはたまらないリアリティなのでした。素直に美しかったり切なかったりする音楽も心に染みます。でも物語の深みとしては、大騒ぎするほどのものはまだ感じていません。全部をクリアしたわけではないので、あるいはこれからかもしれません。
さて、2005年の夏も終わり、季節が秋に向かうころにアタシは「AIR」を手に入れました。ふーん、前作は北の抒情だったけど、今度は夏の海かぁ、僕の現実と逆行してるなぁ、などと思い、のんきな気分でぼちぼちと始めました。オープニングの音楽は颯爽としてるけど、主人公の男性はやる気なさげだし、真夏のけだるく退屈な日常と、ハラへったとか、ジュース買うとか、平凡すぎる会話が続き、寝る前にやるとすぐに眠くなってくる睡眠薬ゲー、みたいな状況。
プレイヤーとしては、ときどき選択枠がある意外、ひたすら「○」ボタンを押して会話を進めていくだけです。ゲームというより、画・音楽・声付き小説という感じ。あるいは「○」ボタンで進めるドラマというか。まあそれはそういうものだと知っていたからいいんですけど、たまにある選択のところも素直に選ぶと、ほぼ必然的に観鈴(みすず)という女の子に巻き込まれていきます。ていうか、観鈴が素朴で、大げさでなくて、キャラとしてとてもいい味出してるし。何とはなしに進めていくと、とくに難所があるわけでもなく、観鈴とエンディングを迎えてめでたしめでたし。ただし、最後の方に謎の病が観鈴に訪れて苦しがるんだけど、それなりに音楽で盛り上がってホロッと来て、なんだかよくわかんない「?」を残して、とりあえずエンドロール。
さて、ここからがちょっと試練でした。他に攻略すべき女の子が二人いるんだけど、申し訳ないことながら、こちらはどうも魅力が薄いの。キャピキャピした子と、おしとやかな子と、両極端な萌え系キャラで、そういうゲームワールドに馴染みの薄い者としては、かなり共感しづらい二人だったりするのでした。しかしとりあえずゲームを買ったら攻略しなくてはなりませんゾ。これはwillではなくmustです!! そんな異性関係なんてありかよー、もー、と不満を言ってはいけません。学ぶべきことは謙虚に学んでいく姿勢、これが求められているのであります。
ま、ここでいらついたり時間をムダにしたりしないように、アタシはネットの攻略情報をプリントアウトしてバッチし参考にさせてもらいましたけど。個性的すぎるキャラの違和感も、毎夜話を進めていくごとに少しずつ薄れ、多少の共感なども持てるようになりました。でも、好きという気持ちとはほど遠いし、その女の子がらみででてくる「謎の毛玉生命体」などは、僕には最後まで好感とは無縁のウザイやつで終わってしまいました。
さて、そんなこんなで、なんとか三人それぞれエンディングしたあと、なんです。それで終わりなのではないのです。新しく「SUMMER」というシナリオが選択できるようになります。ちなみにこのシナリオには、プレイヤーによる行為の選択はなく、ただ本を読むように「○」ボタンでシナリオを進めていくだけ。そしてこれを終えると、ついに「AIR」という伝説の名作シナリオが登場する・・・。
「SUMMER」は、さてどんな展開になるのかと思ったら、思いっきり純和風、平安時代が舞台なのでした。そのころまだ生きていた翼人(よくじん)の虐待の物語。戦に利用され、人々の恨みを一身に背負わされたピュアな神。そんな翼人を守ろうとする者たちには、避けようのない悲劇が待っています。唯一の希望は、子を宿し、翼人の存在を言い伝えること・・・
ネット情報では「SUMMER」は三時間半ほどと書かれていたのを目にしましたが、声優さんの語りをちゃんと聴くともっと時間はかかったように感じました。三時間半だったら一晩で終わりそうなものだけど、いい感じで眠くなって、四夜ぐらいは古式ヤマト言葉で僕も夢を見て。
悲しい時代劇ふうで、しみじみ切ない「SUMMER」が終わり、ついに「AIR」シナリオが表示されました。ゲームの扉画面も、夏の爽やかな水色だったものが、「SUMMER」で夕焼け色になり、今ではダークブルー。ついに、ここまできてしまいました。さて、これから、どうなっていくのか。
ここから先、なるべく具体的なことは書かないようにしたいのですが・・・まず、男性主人公から変わって意外な視点からシナリオが作られています。だから登場人物たちの裏の本音がわかってしまうのがめちゃくちゃすごい。観鈴や、観鈴の育ての母の晴子の本音が、ストレートにこっちに投げかけられてきます。ここからはもう『恋愛ゲーム』ではありません。そもそも男性主人公すらいるのかいないのかわからない状況だし。
一人で残された観鈴の葛藤。マイペースで普通っぽくていい子なのに、学校で全く友達ができないのは、人と親しくなると泣きの発作を起こしてしまうから、と明かされます。なぜ嬉しく楽しいはずの時に泣きたくなってしまうのか。誰も理解できず、結局はみんな彼女を避けてしまう。そんな観鈴の発作が、男性主人公や、育ての親の晴子に対しても様々にトラブルを起こしていきます。でも、それはしかたがないこと。観鈴は遠い過去からのしがらみを華奢な身体に背負い、すでに命の終わりを察していたのですから。
あくまで育ての親として観鈴と距離を保とうとしてきた晴子は、ここにきて本当の親としての自覚を意識します。「あんたのこと、好きにならんようにって思ってきたけど、私はあんたのことが好きなんや」と。本来歓迎されるべき親としての自覚と成長なのですが、観鈴にとっては、すでにありがた迷惑。なるべくどんな人とも疎遠なまま、一人ぼっちで死んでいこうとしているのに。誰も友達がいなくて一人で死んでいけば、誰も悲しまなくてすむのに。
ここで観鈴と晴子のハダカのぶつかり合いが始まります。もしも誠意あふれる二人が未来への希望を共有して生きられるならどんなにいいことか。しかしそれはかなわないのが現実。医者が診ても原因がわからない苦しみにさいなまれ、観鈴は少しずつ夢を進めて、空に近づいていきます。晴子が押しつける家庭的幸福と、それを受け入れられない内なる現実との葛藤の末に、ついに観鈴の精神は破綻してしまう。そんなとき、見覚えのない実の父がひょっこり現れて、観鈴の混乱はさらに深まる・・・
観鈴の最期のがんばりと、それを終わらせてしまうことを「いいよね、私、がんばったよね」と許しを請う弱々しい声。最期のストーリーのことは、ここでは書きません。ただ、いろんなことがつながっていることを示唆して、この物語はエンディングを迎えます。ああ、終わり、なるほど、確かにこれは、終わり。
ところが、意外なことがありました。
後日、思い入れのある音楽など鑑賞しようと再びPS2ディスクをセットしたとき、ふと最初からプレイしてみると、その睡眠薬のようだった平凡な夏の日の抒情が、強烈にズキズキと胸に突き刺さってくるではありませんか。かつては「ま、わりと爽やかかな」と感じた程度のオープニング音楽が心に染み、印象深いシーンがいくつもフラッシュバックし、「にはは」と苦笑していた観鈴ちんの命の美と、夏空のようにピュアで前向きな翼ある者たちの想いに全身包まれて、またドーと泣いてしまいました。
物語はあれで終わりだったのではなく、ここにつながっていたんだ、と知りました。ゲーテの「若きウェルテルの悩み」と同じよう。有名なウエルテルのピストル自殺という衝撃のエンディングだけでなく、ずっしりと重い悲劇の最期を引き受けてから、後日、ふと最初に戻って読み返したときに、のどかな日常の描写の美しさ、自然の良さを素直に語るウェルテルの優しい心に接すると、いよいよ本当の涙があふれてきて・・・
ギャルゲーの一キャラに過ぎなかったはずの、平凡で、存在感薄くて、友達いなくて、本当の家族もいなくて、勉強あまりできなくて、スポーツも得意そうには思えない観鈴という小さな存在が、終わってみると、ゲーテの不朽の名作にも負けないくらい大きなものとして心に残ってしまう。
「AIR」には、もともとの作品の成り立ちから引きずっている余計な部分が少なくないと僕は思うけれど、観鈴に関する物語は、マジで桁違いに素晴らしい。噂以上に、確かに「AIR」はスゴイ、と本気で思ってしまいました。

ちなみに観鈴の声を担当した声優・川上とも子サンはインターネットラジオ番組をやっています。
華奢な観鈴の声とは大違いの劇団女ふう骨太ガサツさで「どっもー、トモゾウこと川上とも子デー
ス」とやっていて、自分はそれもときどき耳にしつつ「AIR」を進めてたんですが、観鈴ちんの
可愛いくて面白い声で放送もやってくれれば人気上がるのにな、なぜそうしないんだろう、とずっ
と不思議でした。でも「AIR」を終えてみたら、僕にもわかりました。観鈴の存在は大きすぎる
んですね。そのままの声でインターネットラジオやられたら、こっちが頭おかしくなってしまう。
つらすぎる。あえてここはガサツにバタバタとやっていただく必要があるわけ。その意図したガサ
ツさこそが「AIR」で受けた心の傷を癒してくれるのです。深く、切なく、かけがえのない、本
物の傷を。
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