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もう遠い未来のことではないだろう、と僕も覚悟はしていました。特に昨年(2005年)は休みがほとんどなく、たまに不定期で休業する程度だったので。けれど年末に番台のオバサンから「来年一月いっぱいで閉めさせていただくことになりました」と聞かされたときには、やはりショック。またひとつ、僕の愛するものが消えていく・・・
銭湯の話です。僕は銭湯が大好きです。ワンルームマンションの小さなバスでやりくりしていた時代もあるけど、段違い。あんなのより全然いい!! 広々していて、身体が芯から暖まる!! 外の風呂に行くために最初に家を出るときはちょっと面倒だけど、行ってしまうとそれなりのことはあるし、帰りはむしろほてった身体に夜気が気持ちいい。あの風呂上がりに外を歩くというのは、人生最高の喜びのひとつなのです。ちなみに現在の銭湯は一回380円、安くはないので家族全員で通うとなったら大変だろうけど、一人か二人だったら僕は文句なく銭湯を選びたい人です。
実際のところ、銭湯は身近なリラクゼーションスポットなのだ。創作で悩んだときや、何かで心が苦しくなったとき、銭湯で湯につかって高い天井を見上げると救われたような気分になります。仕事で長時間拘束されたり、ギターをタップリ練習して腕や肩が重くなったときも、湯につかって「ふ〜」と脱力すると、心に余裕が生まれて頑張った自分をほめたくなるのです。 真面目な話、僕は精神的な意味で「銭湯で救われた」ことが少なくない。「日本に精神病患者が少ないのは銭湯文化があるからだ」とも聞いたことがあります。それがどの程度検証されているのかは定かではないけど、僕はそれはかなり現実味のある話と思います。一日に一回、人前でハダカになって、広々とした湯につかる。これですよ、これ。たいていの悩みはリセットされます。
うちから自転車で行ける銭湯は四ヶ所、さらに4キロほど離れた天然温泉(一回1000円)も含めると五ヶ所です。もともと川口(埼玉県)は鋳物工場の町で、労働者が利用する銭湯は多く存在したのだと思います。しかしここ数年、鋳物工場は激減。どんどん壊されてマンションに建て替えられています。90年代のバブル頃にもマンション化の流れはあったと思うのだけど、それでもまだまだ大小の工場が町の風景にとけ込んで存在していました。しかし残ってたものがここ数年で、まさに「一掃」状態。現在も駅の近くで大型のマンション建設が複数続いています。
銭湯も客が減り、閉めるところや、休みを増やすところ、経営者が変わるところなど、様々に変化の時を迎えています。
さて、少し遠いけれど自分が「いなり湯」に自転車でよく行っていた理由は、お湯がいいからでした。以前、深夜テレビのトーク番組で、伸介&松本が「銭湯をつろう」という話題をやっていて、予算のことなど議論してるのを見たことあります。彼らも言っていたけど「銭湯は水道だけでは高くてやってられない、井戸をほらなあかん」ということで、井戸水をかなり利用するらしい。割合についてはいろいろだと思うけど、およそ半分以上は井戸水というのが標準的みたい。そうすると地下の水質が、銭湯の個性としてはっきりでるわけです。
森に囲まれた豊かな自然の中の銭湯ならまず文句ないと思うけど、ずっと前(江戸時代?)から開発が進み、住宅や鋳物工場が密集する町では、やはり十分に快適な湯というのはなかなか望めないものです。僕は子供の頃、金沢の銭湯におじいちゃんと入った記憶があり、これがものすごく気持ちよくて忘れられないんだけど、やはりあれは上質な地下水が豊富な金沢だからこそだったのだと思います。金沢出身の室生犀星が小説の中で、犀川の柔らかい水で茶を淹れる描写を丁寧にしていて、そういうのを読むと「良い水のある暮らしだなぁ」としみじみ思いますが、鋳物の街・川口ではなかなかそうはいかない。アスファルト通った地下水のゴッタ煮みたいな、汚れを塩素でごまかすみたいな、そういう感じはどこも少なからずあるのが現実です。
そういう意味で、少し離れているけど「いなり湯」が自分にはベストでした。まあ、客が減っていたからということもあるのかもしれないけど、澄んだ湯で、清潔で、肌にも優しい自然な感じの湯でした。
ちなみに他はどうかというと、地下水の自然な感じを尊重するタイプと、水道水の清潔さを尊重するタイプとに別れます。前者は、これがもしも金沢のように上質な地下水に恵まれているならいいけれど、川口では良し悪し。使ったあとのタオルが乾くとゴワゴワになるくらい「濃い」です。何が濃いのかはよくわからないけど、とにかく濃いです。逆に清潔さを尊重するタイプは、店内はきれいなのだけど、湯が常に塩素臭くて、アトピー体質の自分はあとで痒くなることが少なくない・・・。
そんなこんなで、木造の古い建物の「いなり湯」がマイフェバレットだったわけです。
お店の人に息子さんたちはいるらしいのですが、やはり客の減った銭湯では家族を養うほどの収入は得られないらしく、あとを継がせる話にはならなかったらしい。最近は都内でも「天然温泉ブーム」などと言って、温泉通いは見直されつつあると思うのだけど、川口に林立しつつあるマンションに引っ越してきた人たちとしては、念願のマイルームを満喫せんがために、銭湯に通うなどということは発想しないでしょう。入浴剤とか、お風呂のインテリアとか、そういうことに関心はあっても。その心理は僕もわからなくはないし、しかたがないかなとは思うんですが、しかしたまに「外の広い風呂で」と思っても、近くにあった銭湯がなくなってしまえば、入りたくても入れないのですよ。それはもったいない、というか、地域の資産の消失ですよね。
いっそ「いなり湯保存の会」みたいな市民活動を立ち上げてしまおうかとも考えたけれど、腰痛でつらい思いをしているご夫婦の姿を見ると、そういうのもむしろ迷惑かなと察して、でも僕なりに何かしたくて、いろいろ考えたんですけど、閉店間近に写真を撮らせてもらうことにしました。
閉店は1月25日と決まり、その前の最後の日曜日、夜11時前にデジカメと三脚を持って行き、風呂上がりに誰もいなくなってから、おばさんと話をしつつ、独占状態でゆっくり撮らせていただきました。最初はレンズが曇ったけど、入り口を開けて撮ったらそれも解消。きょうびのデジカメの鮮やかな発色もあって、意外に綺麗に録れました。
銭湯というと壁の絵が話題になるけど、ここはわりと渋めで松島。それはまあこんなものですが、写真としてはやはり「湯」が写っているのがいいですね。入浴視線で撮った写真は、見るだけでも暖まりませんか?

迷ったけど、この「湯」の写っている写真を選んで大型プリントして、B5のパネルに入れて最終日にプレゼントしました。
実はここのおばさんは、僕の短編集「季節を刻む白い時計」も読んでくれた人なんです。「面白かったわ、いいお話ね」って喜んでくださって。できれば店を閉める前に有名になって喜ばせてあげたかったけど、まだまだそれには時間がかかりそうです。申し訳ないけど、こればかりはしかたがない。おばさんは最後に「頑張ってね、あなたならきっと大丈夫よ」と、笑顔でしっかりと握手してくださいました。
流れていく時間を留めることは誰にもできないけれど、「いなり湯」のあたたかい場所からは、僕もでっかい大きなものをいただきました。それはきっと建物が壊されてからも、心の中で永遠にあたたかく残り続けるのでしょう。
本当にありがとうございました。
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