『理解』ということ
〜田母神前航空幕僚長論文を読んで〜

  航空自衛隊トップの田母神俊雄・前航空幕僚長が歴史認識に関して政府見解に反する論文を公表。幕僚長という立場で、政府見解に反する論文を公表しました。

 インターネットの時代というのは面白いもので、ニュースから論文へとリンクがあり、すぐに読んでしまった。僕自身は『歴史』という暗記物が苦手なタイプで、戦争に関しても多くを知るわけではないのだけれど、それにしても「これだけめちゃくちゃなことが書けるってすごいな」と正直感心しました・・・

 全体的には、日本には日本の理があり、一般的に言われているような侵略行為をしたわけではない、という主旨のようです。
 たしかに個々の歴史検証に関しては、かなり勉強した上で書かれているようなのですが、しかしいきなり、日本が大陸に軍を配したのはアメリカが今の日本に軍を駐留しているのと全く同じことである、として論が始まり、戦時において個々の事象として悪行もあったろうがそれは現在の先進国でも暴行や殺人が起きるのと同じである、と締めくくっている・・・

 例えてみれば、おしるこに塩を入れるし、梅干しも塩を使う、だからおしること梅干しは同じ食品である、みたいな論文と思います。
 理屈としては正しいところもあるけれど、実際に食べてみたら、おしること梅干しが同じなんて、誰も思いませんよね。それがわからなくなってしまっているようなんです。
(もっとも、たかだか原稿用紙20枚の文章で300万円の賞金を受領し、かつ主催者社長と親しい知人だった、という内容以前のきな臭い問題もあるようですが)

 細かい歴史認識に関してはここでは議論しないこととして、それにしても、どうして国の名誉ある地位にいらっしゃる人が、こういうすごい見識を持ってしまうのか、それが自分には気になりました。別にヤフーのリサーチがどういう数字を出そうと、それはヤフーのリサーチ参加者の特質を証明するだけで、世論とは関係ないことだから全くどうでもいいんですが。

 自衛隊というと、最近はいろいろ不祥事がニュースにされていますね。トップの問題だけでなく、現場では隊員の自殺も公務員平均の倍くらいに多いそうです。
 それを『たるんでいる』と非難することは簡単だけれど、僕は、そもそも自衛隊という存在が、とても難しいものなのだろうと予想します。

 軍隊が、戦争をできれば、自らの存在意義を確認できます。「今こそ出番!」と。もちろん危険な仕事ではあるけれど、血湧き肉躍る真のレーゾン・デートルです。
 しかし平和憲法を持つ日本では、戦争はできません。『戦争をできない軍隊』とは、まるで『食べられない鰻丼』みたいなもの。
 悩むと思うけれど、多くの人たちは、それを生涯の仕事として関わり続けるわけですよね。いくら給料がもらえるからといって、納得のしようがない仕事を一生続ける、というのはどうなんでしょう。僕なら、自分が生きる意味とは何だろう、と、根本的なところから自問すると思う。

 そして、そういう立場に長くいたら、何らかの明確な落としどころを求めたくなるのも当然でしょう。
 おしること梅干しが同じなんて、普通は誰も思わないけれど、それを同じと信じることで、自分の心が救われるのなら・・・

 本当に悩むところだとは思うけれど、でも、やはり自衛隊は『戦争をできない軍隊』なのです。僕はむしろ、その難しさにこそを、誇りを持ってほしいと思います。

 日本は武力で国際問題を解決しないと誓い、決して戦争はできないのです、が、隣国がそれぞれ軍隊を持っている以上、日本の領土を守るための軍隊は用意しておかなくてはならない現実もあるでしょう。
 つまり『戦争をできない軍隊』を持ち続けるのは必要なことだし、それは単に戦争のための軍隊を持つよりも、高度な要求じゃないのかな、と思います。

 だから、そこに自信と誇りを持ってほしいです。『戦争をできない軍隊』を維持し続けるのは、精神的に困難なことであり、その困難をあえて引き受けるのが、男として(あるいは人として)の存在意義なのだと。



 ところで、自衛隊とは違うけれど、公的な仕事の難しさという意味で、ダム建設問題に関して調べたことがあります。
 八ツ場ダム(やんばだむ)という、戦後早くから建設計画が進められ、いまだに反対派ともめているダムです。

 僕はネットで調べた程度だから、多少は勘違いしているところもあるかもしれないけれど、なによりも建設予定地を地図で確認したら、すぐに問題の本質がわかってしまった。
 どこの山奥かと思ったら、まったく山奥などではなく、僕が何度も通っているところでした。

 群馬県の草津や万座に向かうとき、渋川から榛名山の北を回ってしばらく走り、峠を越えて、盆地のような場所に出ます。その盆地にあるのが万座鹿沢口駅、特急列車の終着駅です。
 で、八ツ場ダムというのは、万座とか草津とかの山奥ではなく、鹿沢口の盆地から、渋川にぬける途中、川原湯温泉にドドンと作ってしまう大胆な計画なのでした。
 要は利根川中流域に大型ダムを造ろうということなのでしょう。山間にダムをいくら造っても、その下で大雨が降ったら、下流は洪水してしまう。もちろん河川の土手を整備できたらいいけれど、それには時間がかかるし、昭和30年ころの話としては、ここに一つ大きなダムを造って、下流を洪水から守ることが先決、という理屈は、それはそれで理解できるのです。

 しかし、もともと人の往来の激しい場所です。歴史ある温泉もあるし、特急が走る鉄道もあるし。そんなところを大改造してダムにしてしまうとなったら、問題ありすぎ。当初は地元の猛反対にあって話が進まなかったようです。
 それが近年、温泉街の衰退や、工事技術の進歩により、建設推進を具体化する動きが強まっているらしいのです、が、その水資源を買い取る件で、僕の住む埼玉県は建設反対を表明しています。水はもういらないし、災害の心配もない。よけいな高額負担は勘弁してください、と。

 本当に、今さらあんなところに、鉄道や国道なども全部作り直し、わざわざ大型ダムを造るなんて、必要ないことは誰の目にも明らかなのだけど、それでも、国は推進しようとしてしまう。

 結局、これも心の問題なのではないかな、と僕は思います。

 戦後から長くにわたって困難な建設を推進しようと頑張ってきた人たちは、確実にいらっしゃるわけです。それも5年や10年ではありません。一生涯をかけて目標にしてきた人もいるかもしれないし、へたしたら、亡くなった先人の意志を引き継ぎ、無駄にしないようにと二代目が頑張っていらっしゃるかもしれない。この世に存在する意味そのもの、となったら、引くに引けないことかもしれません。ここで引いてしまったら、生きていた意味が否定されるのです。人生そのものが、無に帰すのです・・・

 それはつらいことだろうけれど、しかしやはり民のことを考えれば、引くべき時には引く覚悟も必要でしょう。
 民のために自らの人生を犠牲にすること・・・僕がもしもその立場だったら「無視しないで、わかってほしい」と考える思います。あえて身を引くオレたちのことを、たまにでいいから、思い出してください、と。
 たとえば『ダム建設問題の碑』でも造ってほしい。ここで長くにわたって議論が続き、結局、自然を守ることに帰結したのだから、この自然は永久に美しいまま保持しなくてはならない、それを後世に伝えゆくことを、ここに我々は誓う、みたいな。

 そして、民のために身を引いてくれた方々には「お疲れさま」と、多くの市民が敬意を持って感謝したい。花束を用意して、建設中止の儀式を、賛成派も反対派も皆が集って執り行う。
 そこまでやってくれたら、無に帰す仕事に生涯をささげた人生に、心の落とし前がつくというものです。



 僕は、基本的に子供の頃から『相手の気持ちを理解しよう』とするタイプでした。
 そのことに関して、人からは「やさしいねー、俺にはムリ」と笑われたり、「敵を理解しようとしたら、自分の負けを認めるのと同じだ」とバカにされたり、理解することを「失礼だ」と拒否されたり、いろいろよくない反応を受けることが多かったです。
 でも、僕はこのやり方で、あまり間違ってはないないと思っています。
 
 たまたま、アメリカでオバマ氏が大統領選で圧勝しましたが、あの人のやり方は、たぶん僕と近いのではないでしょうか。敵対しあうことに関して、それぞれ立場を理解することで、よりよい解決を模索していくこと。
「八ツ場ダムは必要ない」と理論証明するだけでは、おそらくダム建設推進は止まらない。「自衛隊はだらしない」と非難するだけでは、戦争をしない軍隊としての現代的で高度な機能を維持していくことはできない。

 でも、敬意を持って相手の心を理解できれば、多くの場合、解決の方法は見つかると思うし、我々はそれが『できる』と思います。





(2008 11/12)




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田母神前航空幕僚長論文
リンク切れになるかもしれませんがとりあえず。