ギタートップへ


これ、もっとも素朴な疑問です
・・・か?

てなわけで書いてみました。
自分のパッとしない
生い立ちを語るみたいで
なんだかあまり
面白くはないかもしれないけど。
一度は書いておかないと始まらない
みたいなものであるということで
よろしくです。
田村廣で録音した
FINAL FANTASY X
〜ザナルカンドにて〜
ジェイコブソンで録音した
アルハンブラの想い出


 自分がクラシックギターをずっとやっているとよく思うんですけど、逆になんでみんなクラシックギターをやってないんですか? 僕にとっては白いご飯とか、カレーライスとか、ハンバーグみたいに身近なことなのに、なんで皆さんにはないのですか? わからない!! わからなさすぎる!! 理解できない!! なんでなんですかぁ〜!!

 と、しかしもちろん立場が変われば、例えば魚釣りが趣味の人から見れば、部屋に釣り道具の一つも持っていない僕のことが理解できないだろうし、海外旅行とかバイクとかでアクティブな日々を過ごしている人からすれば、僕なんか時間と人生を無駄にしているようにしか見えないかもしれないし、あるいはコミケ出店をライフワークにアキバ系で生きる人たちからみれば、こんな面白くて素敵なことに関わらないなんて理解できないって感じだろうし、だから逆に「なんでわざわざクラシックギター?」と思われてしまいますね。

 言われてみればその通り。
 そもそもなんでクラシックギターなんだろう?

 で、ここでいきなりまた不謹慎なことを書くようで恐れ入りますが、一つはっきり言えるのは、僕はクラシックギターに憧れてクラシックギターを始めたわけではないということ、なのであります。それは白いご飯が食べたくて白いご飯を食べ始めたわけではないという、ほとんどの日本人が自然に持っている感覚と同じ。それは最初からそこにあった。でも親がギタリストとかギターの趣味の人だったとか、僕の場合はそういうことではなくて、要は楽器をやりたいんだけど身近にあったのがリコーダーかギターという程度、まあそんな話なんですね。

 小学校では誰でもリコーダーをやりますよね。中にはそのまま、ずんずんとリコーダーの世界に踏み込んで素朴で耽美な奥義を究めていく人もいるかと思いますが(実際に二人知ってます、そういう人)、リコーダーというのは安いだけあって、シンプルで、原始的で、美しい音色を出すのは難しくて、まあ普通は小中学校の音楽の授業で使った程度で忘れ去っていく運命の楽器だろうと思います。

 で、もうちょっと本格的な楽器というと、中学の音楽室にあるギターということになります。小中から、大きな学校では吹奏楽部がちゃんとあって、そっちでバリバリとでっかい音のミュージックに関われれば話は別ですが、自分の通った田舎の学校では、そういう部活は夢のまた夢で、とりあえず中学ではフォークブームの名残の「軽音楽部」というのに属して、音楽室に入り浸り、音楽室の倉庫に眠る楽器などをいろいろ挑戦してみたりしたんです。トランペット、フルート、クラリネット・・・。
 独学だけど自分で教本を手に入れて、それぞれ音階ぐらいはできるようになったりしました。でもそんなもの、一人でブブ〜って吹いててもあまり面白くないのは当然のこと。一人でやってても曲として面白いのは、僕の場合はクラシックギターなのでした。最初のうちは音楽室のヤマハのネックの太いガットギターで、中一の途中で母親が一万円ほどの安いクラシックギターを買ってくれて、ちょうどNHKで「ギターを弾こう」という鈴木巌氏のギター教室も始まり、それを参考に一人でちまちま指の練習などを始めたのでした。

 ところで楽器というなら、本当はピアノが弾けたら一番いいんですよね。うちにもオルガンはあったんだけど、右手と左手を別々に動かすなんてサッパリわけわかんなくて、ダメだこりゃーって。ところがなぜかギターは最初から違和感なかったのです、はい。もちろん右手と左手は別の動きなんだけど、一つの弦を左手で押さえて右手で弾くという行為は、自分の中では一体化していて、重いものを両手で持つみたいな自然な感じでした。もちろん左手の指が開かないとか、右手の爪で弦をはじく感覚がよくわからないとか、初歩的な苦労がないわけではなかったけど、中一の秋から独学で初めて、中一の終わりには「禁じられた遊び」が弾けてたし、一年後の中二の秋には「アルハンブラ」を弾けてましたから、やっぱ自分にはクラシックギターが合っていたんでしょう。
 記憶にあるところでは、中三の文化祭では体育館のステージで「レイエンダ」を弾き、中三の最後頃、受験がうまくいかなくて落ち込んでいる頃にバッハの「シャコンヌ」を全音ピースで手に入れて、ぼつぼつと音を拾ってみたら面白くて、時間を忘れてはまりこんで、気がつけば曲の終わりまでいってしまった、てなことも。

 もちろん勉強はしなくちゃいけなくて、高校受験とか大学受験とかあるわけで、「学生の本分は勉強にある」と親から言われ続けていたけれど、でもとりあえず机に座るとギターなんです。NHK「ギターを弾こう」で取り上げられていたソルの練習曲やタレガの小品などを一通り弾いて、アルベニスの熱血スペイン風の曲なども思いきってバリバリ弾いて、そんなひとときを2時間ほど過ごして、あーつかれたー、と天井を仰ぎ見たり、インスタントコーヒー作りにいったり。疲れたからとりあえず一度読んだ北杜夫のおもしろエッセイなどを再読して、机に向かおうとするんだけど、北さんの面白い文章に接してしまうと、もう教科書なんて全く面白くなくて、そもそも言葉として面白くないから集中なんてできるわけなくて、風呂はいって、オールナイトニッポンでも聞いて、ってそのような時間になってくるわけです。だいたい毎日がこんな調子で、おいおい、いつ勉強したんじゃい、全然してないんでないかい? ていうか、ここは疑問符でなく、本当にしてません。
 
 自分がギターに熱中できた別の要因として、工作が好きだったということがあります。弦高の設定を自分で調節して、弾きやすい状態をキープできた。音楽室にころがっているギターや、安く親が買ってきてくれた当初のものは、そういう調整は全然いいかげんで、そのまま弾いていると「ギターは指が痛い」と、おきまりの嘆きで行き詰まってしまうところなんですが、僕はくぎを打ったりヤスリをかけたりするのは好きな子供だったので、何度も弦をゆるめてちまちまとナットやサドルを削り、弾きやすい弦高に調整したんです。削りすぎて雑音がでるようになると、薄い紙をはさんで微調整したりして。この弦高調整をちゃんとやって、オーガスチンの赤という弾きやすくて音楽を作りやすい弦をはるようになってから、本当に練習するのが楽しくなったし、楽しく練習しているとやはり上達もするわけですね。

 その当時使っていたのは、学校のも、自分のも、合板ギターでした。逆に言えば「単板のギター」というのは高級ギターの代名詞。「表板単板」とか「表、横、裏、単板」とか、そういうのは10万円以上するような夢の楽器でした。NHKテキストに広告のあったヤマハのコンサートギターや松岡への憧れ、なつかしー。
 高校ではいちおう文芸部に属して、ほとんど単独行動状態ですごしていたんですが、「家で机に座るとまずギター」の習性は続いていて、バッハに入り込んでいきました。技術的には未熟で、たいして弾けていたわけではないけれど、バッハの音楽の素晴らしさには日々感嘆しました。面白さや、悲しさや、知性や、いろんな感情が含まれていて、何度弾いても飽きないのが不思議。
 聴く方は、チャイコフスキーとかドボルザークとか、クラシックはオーケストラが多かったし、他にはオフコースとか山下達郎とか、クラシックギターの演奏はあまり聴かなかったけど、自分で弾いて探って感じるというのが好きでした。おかげで高校のテストの成績は凄いものがあって、ましてテスト一週間前の集中すべき時にドストエフスキーなんて読んだら、クラス48人中48番という成績も・・・。そんな悲惨な現実になっても、心は最高に充実していて、なんの反省も後悔も感じていないんですからね、やれやれ。

 ま、いろいろありましたけど、大学は北海道教育大学に進むことになって、関東を去る(都落ち)まえに、ってことで、千駄ヶ谷のマニアックなクラシックギターショップで中古の国産ハンドメイドギターを手に入れたのでした。田村廣。当時からすでに塗装はぼろっちくて、焼き物のカンニュウ状態でしたが、憧れの単板ギターってことで、「30万クラスのものだよ」と店の人に言われつつ7万円ほどで買わせてもらったのでした。

 人は失敗から学習するもの。実はこの単板ギターは、大学生になってすぐに表面板を割ってしまいます。側面を下にして立てておいたら、倒れて、そこに湯飲みがあって、コツンと。立てるっていったって、横にして置いといただけだし、そんなことで高い楽器(高い楽器 = 丈夫な楽器と思っていた)が壊れるわけないと思っていたけど、実際には逆で、単板ていうのは衝撃を受けると簡単にひびが入ってしまうんですね。(泣) 表面板の六弦の横にがパッカリと割れてしまいました。でも、とりあえず北海道生活では修理することは考えにくくて、というか、割れた板を直すことができるとは知らなくて、とりあえずそのまま使い続けたのでした。15年ほど・・・。

 この表板の割れた田村は、長く人生の伴侶状態で、大学の演奏でも、社会人になって彼女ができてからも、ずっと弾いていました。あまり良い反応はもらったことないけれど・・・。

 しかし、あるとき転機が訪れるのであります。「100万円するようなギターはオレの人生には無縁だぜ」と勝手に思いこんでいたんだけど、ひょんな事で新作ラミレスを弾く機会があり、これがビックリ!! チョー弾きやすい!! 「アルハンブラ」がマジ素敵な音楽ぅ!! ギターが100倍うまく聞こえる!? なんだ、こんなにいいものがあるんですか、そうですかそうですか〜、って激しくコーフンして、翌日には別の店でポール・ジェイコブソンのローンにサインしてるし。
 そのときの自分はジェイコブソンというアメリカの現代制作家のことなど名前も知らなくて、とにかく音に惹かれたのでした。田村の表面板が杉だったし、ラミレスも杉だったので、シダートップが惹きやすいと勝手に思っていたけど、その店にはあまり杉のギターがなくて、「少し高いけど、これはいいギターですよ」と、値段的にはダメ元のつもりで弾かせてもらったのが、これがまたビックリの素晴らしさ。バイオリンやビオラの奏でる古典音楽のような、上質で格調高い音。シャコンヌの出だしを弾くと、フッと空気が変わる。芸術であります。それでいてすごく弾きやすくて、ガンガン音がでてくる。頭金なんかまるでなくて、信販会社のオーケーがでれば、という条件だったけど、即買い。
 それが村治佳織がデビューアルバムで使用し、NHK教育で見た「アランフェス協奏曲」ライブや、僕は見なかったけどニュースステーションへのゲスト出演の時なども弾き、マニアの間でちょっとしたアメリカンギターブームを巻き起こしていたジェイコブソンだと知ったのは、買ったあとのことなんです。いえ、ほんとうに。

 100万円のギターがマイルームに来たら、人生変わるよな、もういいかげんな自分じゃないんだ、ジェイコブソンの所有者なんだ、って最初はいきごみがあったけど、でもどんな美人も一緒に暮らし始めれば一人の女の人なのね、ウンコもおならもするのね、てなもんで、いいギターがきたからって部屋をきれいに片づけるとか、そういうことはあまりないままにナチュラルに馴染んでいったのでありました。

 しかし、やはり変化はあったのだ。時はインターネット時代の夜明け。なんでそのころ金がないかって、パソコンやらインターネットを始める出費やらと平行していたからなんです。で、ここでいろいろ出会いがありました。具体的にはジェイコブソンを買った店の掲示板から、ギターに詳しい人たちと知り合いになり、ここでいよいよギター完全独学だった自分に「ギター仲間」と呼べるような知り合いが生まれ始めるのです。
 ていうか、その人から、仕事誘われるし。マーケティングや広告プランニング方面で独立している方で、その個人事務所に遊びに行くと、私室に世界のギターがずらっと並んでいて、ハンフリー、ベルナベ、河野、マリン、ギルバート、サリーン・・・いろいろ弾かせてもらううちに「大きいジョブが入るから仕事も手伝って」ってことになりまして。こういう出会いは、やはり無理してジェイコブソンを買ったからこそなのでした。

 僕が子供の頃に憧れていたのは、本当はチェロです。サン・サーンスの「白鳥」を小学校の音楽室で聞いて、そこから田舎育ちの自分の人生は180度変わったのでした。「ああ、世に中にはこんなに美しいものがあるんだ」って。五年生で聞いたロッシーニの「ウイリアムテル序曲」の最初の夜明けのシーンも、美しすぎるチェロ合奏。は〜、うっとり。まあ、今から思えばああいう子供向けの選曲は、チェロが好きな人たちの企みだったんだろうと察することもできますけど、まさに自分はそこにはまりモノの小学生なのでした。それからはテレビの歌謡曲(山口百恵とかピンクレディーとか)が我慢できないほどくだらなく感じられて、以後、僕は中学に入ってから今に至るまで、年末の紅白ってほとんど見てないです。チェロが奏でる音楽の美しさを知ってしまったら、日本の歌謡曲は下品で単純で騒々しいだけに感じられてしまって。上品ぶるとか、反抗的とか、そういうことではなく、ホント、純粋に美しいものが好きで、美しくないものは嫌っていう、それだけなんですけど。親とかまわりの人は、ほとんど理解してくれませんでしたが。

 だから本当は学生時代にはチェロをやりたかったです、もちろん。特にカザルスの自由で豪快で感動的な演奏を知ってからは特に。オーケストラのある学校に憧れました。でもあいにくそういうことには縁がなく、ていうか、縁がほしけりゃ勉強しろって感じだけど勉強全然しなかったし、だから僕が行ける学校にはチェロはなく、同じ弦楽器のクラシックギターでバッハの無伴奏チェロ組曲を弾くとか、そういうことで妥協するしかなかったわけです。
 悲しいけど、でも、これはこれでアリだな、って少し思ったのは、大学時代に少しだけ市民オケに参加したとき。僕はバイオリンだったんですけど(バイオリンは安いので、いちおう手に入れていたのだ、やっぱ独学で)楽団のリーダー数人はチェロの人たち。中には音大でチェロを先行した人もいたのだけれど、正直、すごく苦労して弾いているように見えました。音程があまり合ってないし。それなりにやってる人でもアマチュアだとこんなものかよ・・・って、フレットのないチェロの難しさをかいま見たら、やっぱギターでラッキーだったかな、へへ (^ ^) 、って。
 だって、正直、僕はいまだに電子チューナーがないと正確に調弦できないし。小さいときから音楽をやっている人ではないから、音程の感覚はアバウトなんです。こんな自分がフレットレスのチェロなんか弾いて、美しく弾ける道理がない。

 でも、もし人生に余裕ができたら、いつかチェロはやってみたいです。噂ではギターをやっていてチェロに移る人は多いらしいし。カザルスみたいに「鳥の歌」を朗々と弾くおじいちゃん、とかって将来なれたらいいな。

 まあこういうふうに書いてみると、ホント、僕ってクラシックギターに憧れ感じてませんよね。ギターの優しい音色に魅了されて、みたいなことは特になく、なんとなく縁があったのはこれだけだったと。
 白いご飯みたいなものです。昔の人ならいざ知らず、白いご飯にはっきりした憧れを抱いた経験のある人なんて現代ではほとんどいないと思いますけど、でも、やっぱ美味しいんですよね。炊きたての白いご飯って。僕にとってのクラシックギターもそんな感じです。いろいろ迷ったときや悩んだときに、炊きたてのご飯を食べて、人生で何が正しいのかを悟らされたり、心の救いを感じた人っているかと思いますけど、僕も孤独な日々が長く続いて、迷ってダメになりそうになったとき、ギターを弾くことで救われてきました。
 特にバッハを一人で演奏できるというのがよかった。全てが信じられなくなり、ダメになりそうになっても、バッハだけは裏切らずにそこにあり、だから、大丈夫と思えました。
 
 まあ、そんなこんなですので、せめてバッハを人前で弾いて恥ずかしくないくらいのギター演奏者にはなりたいものだ、と思うんだけど・・・その道が、結構長く険しいのです。だからまあ、まだしばらくはクラシックギターでいくです。

(2006 1月)