《『オーヴェリクス』派生短編》

3-Bのユキオ


セキュリティの日常業務の最中に、今日はなぜか『3-Bのユキオ』というワードが、マトリックスにプレイランドを発生させていた。個人的なことなのは僕にもわかっていたが、仕事が終わると、電脳作戦室を出ようとするリサに声をかけた。
「ねえ、リサ」
「なに?」
「少し恥ずかしいんだけど、もう一度マトリックス方から僕のところに来てみない?」
「どうしたの? 私、今日は早く帰るつもりなんだけど」
「仕事じゃないんだ。隊長もいないし、少しだけ個人的なことを・・・」
「長くかからない?」
「ただ、見てもらいたいことがあるだけ」
 リサは仕方なさそうに頷き、コンソールへの再リンクを始めた。『業務』よりもパフォーマンスを落とした状態で、彼女の思念だけが僕に届いた。
「リサはおぼえてないと思うけど、今日の仕事で『3-B』というワードがあったんだ。僕の中学のクラスが3-Bでね。それで、マトリックスにクラス対抗のプレイランドが発生してしまった」
「それは『発生してしまった』のではなく、あなたが作ったのでは?」
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。でも、そのことは重要じゃないんだ。実際のところ、僕だけの問題でもないし。とにかくバラエティプログラムっぽく、ベテランの司会者がいるわけ。ほら、そこに」


 みなさん、こんにちはー。おなじみ、『クラス対抗、クイズ&リレーで勝負!』の時間です。既に全国の予選を勝ち抜いた七組のチームが、栄光のゴールを目指してがんばってくれています。
 現在、最後尾はユキオくんの3-Bチーム。今、苦労している問題はというと・・・なになに、中三の夏に自殺したクラスメートの名前は? おっと、これはわかっていても答えにくい問題になっていますね・・・それでもなんとか小声で答えたようです。次の問題に向かってダッシュ! おっと、また足が止まってしまった。またまた難しい問題のようです。なになに、中三のクラスメートの自殺のとき、みんなは何をしたか? またまた答えにくい問題ですね・・・


「なにこれ? あなたのトラウマのプレイランド化?」
「まあ、そんなとこかも」
「つらいのはわかるけど、私には何もしてあげられないわよ」
「それはわかってる。ただ、僕が疑問に思うのは、これほどまでに根深く存在している『3-B』というものがなんなのか、それが自分でもすごく不思議で」
「中学のクラスでしょ? それ以上でもそれ以下でもないと、私は思うけど」
「もともと僕は、セクショナリズムというものが嫌いなんだ。自分に与えられた役割を律儀にこなすというのが苦手でね。例えば『後輩』という役割にしても、『先輩』という役割にしても、それは相対的に自己存在を規定する作法ではあるけれど、僕という存在の本質は、常にそのような作法からはみ出し続けているし、無理に閉じこめるのはよくないとも思ってる。正直、そんな作法自体、バカじゃん、とまで思う。まあ、もちろん僕も大人だし、バカじゃん、と思いながらも、現実の世の中では必要な作法はそれなりに受け入れるし、利用することだってあるよ。そもそも電脳世界の混沌を上手に渡り歩いたり、勝負に勝つための攻撃パターンに習熟しようとすれば、様々な大人の作法を身につけていくのは必要なことだ。でも、なんでかわからないけど、『3-B』って、特別なんだ・・・」
「なんでかわからないって、その答えはとっくに提示されていると思うけど?」
「クラスメートの自殺?」
「そのようね」
「でも、それは、どうして『彼女の自殺』ではなく、『クラスメートの自殺』なのだろう? それはつまり、死の原因がクラスにあったから、ということを間接的に定義付けしているんじゃないだろうか?」
「実際に起きたことについては、あなた自身がよく知っているのでしょ? 少なくとも、私は何も知らないわ」
「僕だって多くを知っているわけじゃないんだ。僕たちのクラスのすべてが、ちょっとしたいじめやら、無視やら、すれ違いやら、からかいも含めて、原因だったといえば、そのような気もするし、そういう意味では、僕たちみんなで、彼女を殺した、と・・・」


 何もできなかった、というのがユキオくんたちの答えですね。では、正解を見てみましょう。彼女の自殺のことを、クラスの全員で、そのショックを受けとめた、これが正解です。どうですか、3-Bのみなさん、当たらずとも遠からず。ま、いいでしょう、クリアと認めます!
 難関をクリアしたユキオくんたちは、急な坂道にさしかかりました。この坂道は距離も長く、ダッシュのままでは息が切れてとても登っていけない。しかし、早くしないと番組の終了時間までにゴールにたどり着けなくなりそうですよ。がんばってください。既に先頭チームは最終問題にさしかかっているようだ・・・

 向けられたマイクがユキオたちの声を拾う。「はあ、はあ、ずいぶん早く進んでいるけど、本当にみんな同じ試練をくぐり抜けているの? こんなに難しい問題や、急な坂道を・・・」


「ユキオ」とリサが言った。「あなたこそ、自分自身のトラウマを、クラスというセクショナリズムにすり替えようとしているんじゃない? この場合は、セクションと言うより、エリアかもしれないけど。まあ、ようするに『クラス』よ」
「痛いところだね。でも、うまく言えないんだけど、過去を正直に見つめれば、彼女の死の原因の一番のものは、個々の出来事ではなく、僕たちクラスメートや、教師も含めた、『3-Bというクラス』全体だったような気がするんだ。それは教室の入り口に掲げられた札や、クラスとしての便宜的な名前というだけでなく、まるで半透明の巨大な魔物のような存在として、僕たちを包み込んでいた」
「だとしても、ユキオがそのようにとらえることは、私はおかしなことだとは思わない。いいんじゃないかしら、それはそれで」
「うん、リサだったら・・・そう言うだろうと思ってた」


 さあ、番組の残り時間もわずかです。優勝したのはこちらの3−Aチーム。優勝を予想したみなさんから抽選で素敵なプレゼントが送られます。詳しくは番組の最後で。では、がんばってくれた中学生のみなさん、ゲストのみなさん、本当にありがとうございました。またお会いしましょう!

 番組のエンディング中だが、ユキオたちの3-Bチームがようやく階段を駆け上がりスタジオに姿を見せた。カメラが彼らの息の上がった姿を追い、エンドロールの画面に司会者がねぎらう姿が映った。


「これって、ここで終わるのかしら?」
「おかしいな。プレイランドとして、ゲームはずっと続くはずなんだけど」
「私が終わらせた? まさかね」
「どうだろう・・・」
「言っとくけど、私は何もしてないから」
「ああ、わかってる」
 僕はしばらく考えてから、急に軽い気持ちになり、朗らかに言った。
「じゃ、終わっちゃったことだし、帰ろうかな」
「いいの?」
「よくないって言ったって、はじまらないだろ?」
「本当は、何も終わっていない。だから、あなたは、嘘をついたのね?」


 ねえ、リサ。
 僕はたまに『ワード』を投げかけるんだよ。
 マトリックスの深淵に。
 微かだけどエコーが帰ってくる。
 昔のテキストデータや、気にしてるやつらが書いたメールや日記など。
 でも、それらが少しずつ、僕のイメージとは異なっている。
 もちろん僕が正しいとは限らない。
 僕の方こそトンチンカンな思いこみをしているだけなのかしれない。
 永久に、決して答えがない。
 それはとても悲しいことだよね。


「少しまってね」とリサが言った。「もしかしたら、答えは、ありそうよ」
「え?」
 そしてリサは一つのイメージを、僕の前にぽっかりと映しだした。自殺した少女の姿がそこにあった。
「これが? まさか・・・なぜ?」
 紺色の制服を着た真面目そうな少女。
「どう? もっとグロテスクな映像かと思った?」
「どこからこれを?」
「わかっているはずよ。あなたのストレージから拾ってきた映像だってことは」
「ハッキング?」
「いいえ。正確に言うと、既にこの映像は、精査してサーバに移してあった」
「隊長が?」
「さあね。本社の採用テストあたりで調べたのかもしれないけど、隊長がチェックしていたという線もなきにしもあらず。仲間の弱点を知っておくのは、私たちの仕事のうちだから」
「まあ、それはそうだけど」
「ユキオは、この記憶から逃げていたのね。逃げることなんかないのに。普通の少女なんだから」
「そうかもしれない。でも、怖かった」
「わかるけどね」
 僕は様々な感情に翻弄されて言葉を失った。
 リサは、そんな僕のことを察し、マトリックスから去ろうとする。最後にいつになく優しい声で言った。
「よくある話よ。あまり気にしないことね。それよりも、あなたは彼女のことが好きだったの?」
「わからないよ。好きとか、嫌いとか、そんなこと。だいいち、自殺しちゃった人のことを、好きだったかどうかなんて、考えても意味がないし」
「そうかしら? むしろ『好き』という気持ちこそ、死んでしまった人に捧げるのがふさわしい気もするけど」
 僕は、苦笑した。
「リサらしいね」
「ありがと。ねえ、たまには二人で御飯でも食べに行く?」
「いや、僕はもう少しここにいようと思う」
「わかった。じゃあね。また、明日」
「おつかれ」


 僕は「ありがとう」という言葉を飲み込み、リサの消えたマトリックスで『ブックマーク』を開き、冷たい雨が降る田舎の駅に飛んだ。このようなときはいつも来る場所だった。誰もいない小さな駅。雨垂れだけが永遠に響き続けるホームのベンチに腰掛けて、僕は雨にかすむ灰色の風景をいつまでも眺め続けた。