スペンドール家の兄弟姉妹


 そのころ、人々は不思議な祈りの中にいた。空気に祈りが漂っていたし、実際に祈りを『見た』人もいるらしい。

 地球の終わりまで、あと三ヶ月。すでにみんなが知っていた。それは、先に木星に接近し、ぶ厚い大気を霧散させていた。夜空の木星はすでに他の名もない(普通の人にとっては名もない)多くの星と変わらない明るさになっていた。つまり実質的に木星の存在は、夜空から消滅していた。それでも太陽に向かって加速されていくそれは、さほど進路を変えることもなく、地球を巻き込むことが決定的となった。
 そして、それは、マスコミの話題から消えた。水爆による破壊も、人類移動計画も、全く語られなくなり、かえって気楽なバラエティ番組が盛んになった。そのことで逆に、人々は本当のことを悟った。

 スペンドール家には四人の兄弟姉妹がいた。それぞれの性格を表す逸話がある。まだ四人が学校に通っていた頃、親戚の叔父が亡くなり、わずかばかりの資産が振り分けられたことがあった。その金を、長女の1)ドロシーは、自分の学費に充てた。次女の2)ベスは、リンゴの木を買った。それはのちにベスが小さなリンゴ農園を持つきっかけになった。長男の3)エランは、ソーセージを買って、家族みんなで食べた。末っ子の4)ポールは、のこらず貯蓄に回し、金融商品の知識を学んだ大人になってからは、かなりの資産運用をするまでになった。

 そして昨日、家主のスペンドール氏が亡くなった。今日は、各地から兄弟姉妹がひさびさに古く小さな家に集まった。郊外の農場の隅にぽつんと建っているその家は、まるで農機具を保管する小屋のように見えたが、かつてはそこで兄弟姉妹がわいわいと成長したのだ。

 大人になった兄弟姉妹が、庭で立ち話をしている。

1)ドロシー「ねえ、お葬式、どうしようか?」
2)ベス「みんな、普通に生きてるんだから、普通にやってあげるべきじゃないかな。最期まで、うちのリンゴ、おいしそうに食べてたし」
1)ドロシー「あなたは、そういう立場よね。みんなはどう?」
3)エラン「どうでもいいよ。墓を作ったって、どうせすぐに吹っ飛んじまうんだ。むしろ自分たちの墓について考えた方がいいくらいさ」
4)ポール「兄さん、ふざけないでよ。少なくとも、父の死は、僕たちにとって大きなことなんだ」
2)ベス「あいかわらずばらばらね。どうする、姉さん?」
 
 長女は、肩をすくめて、苦笑した。
1)ドロシー「やりたいようにするのがいいと思うな。いまさら家や土地を売ろうと思ったって売れないし、持ち合わせのもの、それぞれ大切にして、やりたいことやるのが一番。葬式をやった方がいいと思う人は……」
4)ポール「ねえ、はっきり言って、金の心配ならしないで欲しい。末っ子が出しゃばるみたいで気がひけるけど、なんならみんなの宿泊費とか、全部負担するから」
3)エラン「それも、なんだかな〜。そうやって、一般的な社会ルールをこなしておけば、自己満足にはなるかもしれないけど、それ以上の意味があるとは自分には思えない。それに、いまさらそんな自己満足にこだわるのも、バカバカしい話じゃないかな」
4)ポール「じゃあ、どうするんだよ。昔の死んだ犬みたいに、庭に埋めてしまうのか?」
2)ベス「いいえ、ポール、そういう手配はもうすんでるわ。亡くなった病院から、自動的に葬儀社に。選ばなきゃいけないのは、葬式のこと」
4)ポール「だったら選ぶ必要ないじゃん。そのまま自動的に、いちばんいい線路に乗ってやっていけばいいだけの話だよ。僕たちは、神じゃないんだ。神学者でもない。よかれと思うことに従って、可能な限り、よき義務を果たすのが正解だよ」
1)ドロシー「ポールがそこまで言うなら、やっぱりそうしたほうがいいのかしらね。みんなが四人とも疑問に思ってるなら、考えようと思っていたけれど、一人でもそういう現実的な思考が続けられているのなら、それはそれで尊重したいから」

 するとベスもエランも、同意してうなずいた。

4)ポール「ところで、ひとつ、質問していいかな、ドロシー。姉さんはどうして、結婚してないの?」
1)ドロシー(動揺することなく真っ直ぐに)「結婚は、しているわよ」
4)ポール「していないし、ずっと一人じゃないか」
1)ドロシー「考え方のちがいよ」
4)ポール「恋人がいるのなら、それはそれでいいけれど、そういうことでもないんだろ?」
1)ドロシー「よく知っているのね。でも、それは私の心の問題だから」
4)ポール「心の問題と、結婚の問題は、べつのことだと思うけどな」
 
 そんな弟に対して、エランが口をはさんだ。
3)エラン「地球滅亡が近いってなると、いろんな価値観がごちゃごちゃになって面白いな」
2)ベス「でも、たいがいの人は、普通に生きることを選択しているけどね」
3)エラン「ていうか、普通に生きることに、すがってるんだよ。怖いから」
4)ポール「兄さんは、怖くないのか、ちっとも?」
3)エラン「怖かったさ。でも、こうして四人で集まったら、そんなことはどうでもよくなったよ。人は違えど、皆、平等」

 末っ子は苦笑して、再び長女に向き合った。
4)ポール「姉さん、この機会に、もう一つ、質問していいかな。こんなこと、すごく失礼で、腹を立てられてしまうかもしれないんだけど、全てが終わってしまう前に聞いておきたい」
1)ドロシー「どうぞ。もちろん。私は、腹を立てたりしないから」
4)ポール「ありがとう。実はね、これは、子どものころから、自分の中にある思いというか、考え方なんだけど、僕に対して、姉さんは『うらやましい』と思っていたんじゃないのかな?」
1)ドロシー「私が、あなたに嫉妬していた、ってこと?」
4)ポール「なにがどうという、具体的なことじゃなくて、なんとなく、生き方というか、処世術というか、僕みたいな存在に対して」

 次女ベスと、長男エランに、独特の緊張が走った。
 しかし長女は、むしろ楽しそうな顔をして、あっさりと答えた。
1)ドロシー「へんなものね。私、逆かと思っていたわ。私の生き方に対して、あなたが嫉妬しているから、だからあえて現実的な処世術だけは負けないぞ、ってがんばっているのかと、てっきり」

 そして四人は、それぞれの思いこみと、かんちがいを、正直に語り合った。
 気がついてみれば、それが四人にとって、父を弔う真の『葬式』となっていた。
 地球が終わる三ヶ月前。
 二月の晴れた日に。



(2016/02/01)