導師グーゼリの『なんでも相談所』


  1

 導師グーゼリの『なんでも相談所』に、今日も新しい患者が訪ねてきた。今回は30を過ぎたばかりの女性。キリッとした眼差し、スッキリしたあごのライン、身長はやや高い方で、胸もしっかり存在を主張するサイズ、しかし太っているわけではなく、適度な肉の付き方はウエストやヒップ、そして太股からふくらはぎまで一貫している。男性なら誰もが好意的視線を送り、女性なら誰もが「いいなぁ」と嫉妬してしまうような外見。
 まずは普通に受付から始める。ビルの一階の隅に間借りした小さな相談所だったが、いちおうOL風の制服を着た受付の女性がいて、初めての訪問者に「医療行為ではなく健康保険の適用外であること」を丁寧に説明する。そして訪問者は名前や住所などの欄がある受付票と、悩みの概要を書く問診票を記入し、最後に一枚、「当相談所での治療行為は、互いの信用の上に成り立つものであり、その結果がどのようなものになろうとも、全ての責任は相談者本人にあり、『なんでも診療所』には一切の責任が発生しません」と書かれた誓約書にサインする。

「では、まず、名前を決めましょう」
 と導師グーゼリは言った。
「え、名前ですか?」
 本物の病院の診察室のようなサッパリとした部屋に通されて、丸いすに腰掛けた彼女はいぶかしげに質問した。
「カルテに書いてありませんか? それ、私の名前なんですけど」
「それはそうなんですが、ここでの相談をして行くにあたって、現実の名前とは別の名前を持つということに意味があります。あなたは、ここでは『ノー』と呼ぶことにしましょう」
「え、ノー、ですかぁ?」
「はい、ノーさん。この、現実離れした感じが、いいのです。あえて、そういう名前にさせていただきます。で、私は導師グーゼリ。私のことは、どうやって知りましたか?」
「偶然、インターネットで」
「なるほど。『偶然、インターネットで』・・・しかしね、それは、あなたが間違っています」
「はあ?」
 と彼女はいきなりの否定に目を丸くする。
「ここにあなたが来たのは、偶然なんかじゃありません。あなたに限らずよく誤解する人がいるのですが、我々は偶然によって患者様と会うわけではないのです。もちろん、必然とか、運命とか、そんなニセ宗教みたいなことを言いたいわけではありませんよ。ただ、ここには『意味』があるということ。そこをまず、感謝して受けとめていただきたい。もちろん、私に感謝しろと言っているわけではありませんよ。ここにノーさんがいらっしゃったこと、それはきっと大きな意味がある、ということ、そのことに、です。あなたの来訪に感謝し、私も一人の導師として、未熟ながらも全力で相談に乗らせていただく。あなたも本気で、全てを打ち明ける。ここは、そういう場であることを、まずご理解ください」
「は、はい・・・。でも、先生がそこまでおっしゃるなら言いますけど、私、本当に治ることを期待なんかしていいんですか?」
「当たり前だ。ノーさんはそのためにここにいらっしゃった。水が飲みたいとか、腹がへったとか、そんなことじゃないんでしょ? 人生がぐちょぐちょだから来たんでしょ? 安心してください。ここは、そういう人が来る場であって、人生がぐちょぐちょでない人は、来ない場所なんです。本当ですよ。そこは、どうか、安心して欲しいし、むしろ、私は導師として、楽しみにしているんです。だって、ぐちょぐちょであればぐちょぐちょであるほど、私のやれることは、たくさんあるはずですからね」
 
 そしてノーの告白が始まった。
「私、はっきり言って、死にたいんです」
「うん、それは、まあ、そういうものかもしれませんね」
「聞いてもらえますか? 私、子供が四人いるんです。みんな父親が違うんです。だって、男を信じても、いつも捨てられるから仕方がないじゃないですか」
「そうですね、男はバカですからね」
「でしょ? 私が悪いわけじゃないんです。むしろ、私が純粋すぎるから、いつも男にだまされて。せっかく信じてみても、最悪の人生を続けるなら、別れた方がいいじゃないですか?」
「ずいぶん『真面目に』考えてらっしゃるんですね、ノーさん。で、本当はどうなの?」
「ホントウ?」
「男と長続きしない理由です」
「わかりません。わかったら、こんなとこに来てません」
「子供がいるんですね。子供は好き? 愛してる?」
「どうだろう。両方。愛してるといえば愛してるけど、めんどくさいだけって気もする。めんどくさいですよね、子供なんて。死んでもらった方がどんなにましか」
「で、今の男関係は?」
「いません。いい男なんて、どこにもいない」
「でも『つきあっている』人はいるんでしょ?」
「つきあっている? 私、まだ男を信じてもいいの? ねえ、先生、どうなの、そこのところ」
「最近は、よく眠れていますか?」
「薬があるからね・・・それとも、それ、男と寝てるかっていう意味の質問?」
「いや、純粋に睡眠のことです。いずれ性交渉に関しても、お話をうかがうかもしれませんが、今日はまだ早いでしょう。ところで、ノーさんは、お急ぎですか? もし、人生のぐちゃぐちゃが待ったなしなら、今ここでセックスの話をうかがい始めてもいいのですが」
「そんなこと、参考になるの?」
「いや、むしろ私の個人的な興味です。ノーさんは、子供を四人も産んだとは信じられないプロポーションですよね」
「先生も私と寝たい? べつに私はいいけど、治療費は払わないわよ」
「いえいえ。そういうことじゃないんです、私の興味というのは。興味がないわけではないけれど、するわけじゃない、という微妙なスタンス。ここが、知っておいてもらいたい第二の注意点です」
「・・・」
 ノーは首を傾げて考え込んだ。
「私はね、導師として、いわばあなたの人生を預かる。それは、いわばセックスと同じです。私はあなたの心を抱きしめ、感じるところをなでさする。だから遠慮なくさらけ出してもらいたい。わかりますか?」
「ずいぶんエッチな表現ですね」
 ノーはおかしそうに笑った。
「そもそも、人と人の関わりとは、そういうことなのです。世の中の普通の皆さんは自覚していらっしゃらないかもしれませんが、人と仲良くなるなんて、すべてセックスと同じです」
「そうね。そうだよね。やっばり導師先生、いいこと言うわ」
 しかしノーさんの問題もそこにあります、と導師グーゼリは初日にして結論づけた。


  2


「では、ノーさん、まず、最近の話からうかがわせてください」
「でも、秘密厳守、大丈夫? マジ、超ヤバイ話だし」
「もちろんです。そのためにこそノーさんは安からぬ料金を払ってくださった。私はあなたのために全力で相談に乗らせていただく。当然のことじゃないでしょうか? 言っておきますが、私は『本気』です。自由に語ってみてください。遠慮などいりません」
「ええっと、私、今つきあっている彼、金回りいいから親しくなったけど、本当は麻薬の売人だったの。こんな話でもオーケー?」
 導師グーゼリは笑みを浮かべ、優しくうなずいた。
「あいつね、仕事してないのに金があるから何かあると思ってたけど、最初は『親の資産』とかってウソを信じて、ていうか、そんなこと、どうでもいいからスルーして、でも、あいつ、私にも薦めてくるから、商品だからたくさんはダメだぞって言いながら、そんで、長女もいっしょにヤク吸って、エッチして」
「娘さんと3Pですか?」
「ちがうの。ダンナの、じゃなくて、彼の友達って人が、娘と『したい』っていうから、いろいろあったんだけど、あいつ、キョヒって、えらい問題になって、さんざん。もー、なんのために生んだと思ってんのよ、バカ」
「娘さん、いくつ?」
「中三。中三って、いくつだっけ?」
「14歳ぐらいですかね」
「そう、14歳くらい。ロミオとジュリエットなら、りっばに妊娠して結婚してる」
「え、妊娠して、結婚? それ、順番がおかしくないですか?」
「ははは、それは私だね。ねえ、私って、バカかな? バカだから、ダメなのかな? でも、もしそうだったら、それは私の責任じゃないよね。だって、私、バカなんだから。バカって、罪なのかな? だったら早く逮捕して、死刑にしてもらった方がいい」
「ごめんね、ノーさん。そういう話もあとで聞くから、今は『麻薬の彼』の話をもう少ししてくれないかな」
「べつに、これ以上話すことなんてないわよ。基本、気持ちよくないし。ただ薬に頼ってるだけ。でも、つかまるときはいっしょだよって言ってるの。愛よね。私、彼となら死んでもいいかな、って思ってる。だって、私、どうでもいい女だし、あいつもどうでもいいやつだから。だいたい、なんで生きてるかっていうと、死ぬのが怖いだけなのよ。おくびょうなの、二人とも。えらそうなこと言ったって、あいつなんか、これっぽっちも役にたたないダメ男なのよ。だから早く別れようって言ってるの。そしたら、あいつ『別れるときは俺から言う』だって。死んでいいよ、ってハナシ。だから私、あいつの言うことなんて、絶対に信用しないの。むこうだって、私の言うことなんか全く信用してないかもしんないけどね。つまり、利用しているのはこっちだ、ってこと。だから、あいつなんて、どうでもいいの。こんなハナシ、もう終わり。いい?」
「では、その彼と、子供たちの関係は上手くいってる?」
「ごめん、導師先生、そんな難しいこと、答えられない。なんなら、うち来る? 見るしかないよ、そんなこと」
「みんな、一緒に住んでるの?」
「三人目は父親が都内だから、半分そっちに住んでて、末の女の子を連れて行ってる。少し、私も感謝してるの。彼は真面目な人だったんだ。私がこんなだから、嫌気がさしちゃって。真面目な男って、ダメね。いちいちうるさくて、そりゃあ、私のために言ってくれてるのはわかるんだけど、いいかげんにしろっちゅうの。だから、しかたがないわけ。わかる、先生?」
「その真面目な人というのは、三人目の子供のお父さんなんだね?」
「たぶんね。だって、そんなこと、私にわかるわけないじゃない。どうしても知りたかったら、神さまに質問してください、ってハナシ」
「顔とか性格が似ているんじゃないの?」
「ははは。私とは似ているよ」
「自分と似ている子供がいるって、どう?」
「知らないわよ、そんなこと。私が望んだんじゃないし、私に責任とれって言われたって、なにもできない」
「子供は、みんな女の子?」
「そうなのよ。これって、なに? 呪いかなにか?」
 望んで生まれたわけではない『親と同質の新生物』が、どんどん増殖している状況、と導師グーゼリは心の中で分析した。


  3


「結論から申し上げましょう」と、導師グーゼリはノーに言った。
「お願いします、先生」
「私は、あなたを救ってあげる。絶対に救ってあげます。私はこう見えても京都大学を出ている純然たる学識者なんです。知識も、経験もある。そういう私から見て、今のあなたの状況というのは、特に珍しいことではありません。もちろん、世間一般から見たら、あり得ない混乱かもしれませんが、私は普段からあなたのような人と、導師と患者としておつき合いさせていただいている。そんな中で、特殊なケースとは言えません。だから安心して欲しいし、はっきり『絶対に救う』と言えるわけです。本当に、あなたはここに来てよかったですよ。他のところだったら、決してこうは言ってもらえなかったでしょう。私だから言えるんです。『珍しくない』『絶対救う』なんてことは。そうでしょ? とりあえず、次の時間を受付で予約して、またいらしてください。くり返しますが、本当に絶対、大丈夫。保証します。あなたの人生はこれからです。自信を持ってください。私がちゃんと救ってあげますからね。では、また」


  4


「導師グーゼリ先生、こんにちは」
「おや、今日は機嫌がよさそうですね。何かいいことでもありましたか?」
「聞いてくれます? 私、結婚するんです」
 ノーは、少女のように瞳を輝かせて言った。
「だから過去をきちんと清算しようと思って、これからはそういう方向で相談に乗ってもらえたら嬉しいです」
「具体的には、子供たちのことですね?」
「どこかに預けようと思うんですけど、何かいいアイディアないですか?」
「う〜ん、申し訳ないけれど、子供たちを預かることに関しては、私は専門外なので、何もアドバイスはしてあげられないですね。ただ、ノーさん自身はどうなのですか? 子供たちを手放すことには躊躇しませんか?」
「私、どうしょうもない母親って感じですけど、できることなら、いなくなって欲しいな、というのが正直なところ。邪魔だ、って言いたいわけじゃないのだけど、どうしても今の彼のことを考えると・・・」
「今の彼は、何をなさっている人?」
「中古車販売業です。でも、道の横で店を開いているようなちんけな仕事じゃなくて、直接買い付けに言ったり、大手に流したり、わりとフリーで仕事をしている感じ。自由な人です。やっと、理想の人に巡り会えたのかな、って。冗談でなく、やっばり『赤い糸』ってあるんだなぁと思いました。でも、そんな人だから、子供たちのことは、以前の父親がそれぞれちゃんとめんどうを見るべきだと言うわけ。すごくもっともなことだと思うんだけど、だいたいみんなもう自分の家庭を持ってたりするし、もう一人そちらで育てて、とペットみたいに渡せればそれにこしたことないんだけど」
「素晴らしいじゃありませんか」
 と導師クーゼリは力強く頷いた。
「その状況で、いっきに過去を清算できたら、あなたの心の問題は解決したも同然です。私も影ながら、ノーさんの四人の子供が、それぞれに幸福な生活の場に落ち着き、すくすくと健康に育っていくことを祈っていますよ」
「でも、問題は、あいつらがいっしょにいたがることなの」
「どういうことですか?」
「私といっしょにいたいとは言わないの、あいつら。絶対にそれだけは言わないのに、バラバラになるのは嫌だって言うの。次女が変人で、小説とか読む頭でっかちな子になっちゃって、下の子が学校でいじめられてるのをすごく気にして、これじゃあいけない、って言うの。わかってるけど、アンタに言われたくないわよ、って怒鳴りたいけど、それじゃあ、私も親としてのブライドまるつぶれだし。だから言ったの、あなたたちの面倒は、ちゃんと素晴らしい人が見てくれるから、心配しないで。ちゃんと『救ってくれる』って断言してくれた人がいるんだから、って。でね、ここの電話番号を教えておいたから、後でかかってくると思う。上手く説明してちょうだい。私、結婚するから、って。だって、私からじゃ、上手く説明できなくて。私、バカだし。それに導師先生は、私のことを『救ってくれる』って約束してくれたし」
「いや、ノーさん、悪いんだけど、うちは『一人一件』なの。もし、娘さんと電話で話すことになるなら、別件としてあつかうことになるし、だから料金は二倍になってしまう。もし、四人みんなと話をするとなったら、当然、料金も数倍にはね上がる。それでいいならいいけど、正直、子供はうちの専門外だし、それはやめた方がいいね。むしろ、私からのアドバイスは『子供たちには自分で判断させなさい』ということ。子供たちのためではなく、あなた自身のために、今は少しでも精神的負担を軽減して、未来をよりよいものにしていくことに専念すべきだ。まあ、監禁したり、飢え死にさせたりしたら問題ですが、そうでなければ、今は優先順位を誤らないようにしましょう。ついでに、そろそろはっきりと申し上げますが、私から見て、あなたの治療とは『過去を切り捨てること』です。調和するなんてことはあり得ないし、ごまかしを続ける方法はないわけではないと思いますが、私はそんな選択枠は意に介さない。そんなことをずるずると続けて生きながらえたって、人生に意味なんてありません。過去を切り捨てるのはつらいことなのは当然ですが、真の治療とは、間違いなくそういうことなのです。もう少し時間がかかるだろうと予想していましたが、状況がそういうことになったなら、話が早い。いちおう私も間違いのないよう、もう一度客観的に調査してみます。早ければ、次にいらしたときには、具体的なアクションの提案をできると思います。ノーさんは、あなた自身で、新しい人生のスタートの準備を進めてください。くり返しますが、あなたの人生はこれからです、自信を持ってください。私がちゃんと救ってあげますからね。では、また」


  5


「導師グーゼリ先生、こんにちは」
「おや、今日は悩んでいるようですね?」
「長女が熱を出したんです。中学生なんだから自分でちゃんとしなさいって言ってあるんですけど」
「言ってあるんですけど・・・?」
「私、親として、間違っているでしょうか?」
「ノーさん、まず、あなたは大きな考え違いをしています。あなたの治療の大前提は、なんだったかご存じですか? もう一度、よく考えてみてください」
「新しい人生のスタート?」
「そう。そして、そのためには?」
「今の彼と幸せになる」
「そう、そのとおりです。ただ、そのためには、何が必要ですか?」
「愛?」
「誰のための?」
「私のため」
「そうです。まさにそのとおり。よくわかっているじゃないですか。心配することは何もありませんよ。ノーさん、あなたは決してバカなんかじゃありません。その魅力的な外見同様、中身も立派な女性です。私は導師としていろんな女性を見てきているが、あなたは中でも一位二位を争うほど賢くまっとうな女性です。プロの私が言うんですよ、どうか自信を持ってください」
「ありがとう、導師先生。私、いつもここに来るとホッとするんです。ちゃんと私のことをわかってくれる人がいるって、嬉しいし、感謝です、心から」
「いやいや、感謝なんて、もったいない。うちは、決まった治療費だけをいただければ、それ以上のことは何もいりません。もちろん、まだ保険適用も認められていないので、ご負担は少なくないのはよく承知していますが、それをきちんとはらっていただければ、もうパーフェクトです。それ以上の気持ちは、どうか、ノーさん自身の未来のためにお役立てください」
「で、私、何の相談に来たんだっけ?」
「あなた自身の心の問題、未来の旦那様のこと、過去の残り物のこと、その三つではありませんか?」
「ですね」
「今まであまり話題にしてきませんでしたが、まあ、それはわざとそうしてきたのですが、あなた自身の心の有り様は、いかがな感じですか?」
「普通だと思います」
「ですよね、わかります。結局、人間というものは、そんなに特殊な内面を持った人とか、罪深い心をかかえた人など、いやしないんです。全て、まあ、ほとんど全ては、後天的に、この腐った世の中が植えつけてしまうものなんです。それがわかれば、あなた自身が罪の意識を抱くことなど何もないのに、結局、世の中は『おまえが悪いんだ』と罪をなすりつける。どっちが悪いんだ、という話ですよ。あなた自身が何も悪くなくても、この歪んで、欲望ばかりの、奇妙な社会は、あなたの行為を狂わせ、狂わせたことに対して、なんの責任もとらない。『狂ったあなたが悪い』と、こうです。ひどい話です。あなた自身は、何も悪くないのに。だから、私はそういうことがわかったなら、はっきりと申し上げることにしているんです。『あなたは悪くない、なんの責任もとる必要はない、責任は、とるべき人にととらせよう』って。たとえば、若いあなたを出産に導いたのは、あなた自身の決断が全てですか? 『子供は素晴らしい』とか、そういう現実にそぐわない余計なアドバイスをした人、いませんでしたか? だったら、そういう人に責任をとってもらうのが、スジってものではないですか?」
「でも『誰』って特定できない。なんとなくみんなが、ってことだから、誰に話を持っていけばいいかわかりようない」
「オーケー。ここで、学識者の知恵というものが必要になるわけですが、責任が不特定多数に分散した場合、絶対値ではなく、最大値で判断するのが正解なんですね。つまり、誰が一番責任があるのか、という問題です。その人本人は、あまり大きな関与はしていなかったとしても、全体として最も影響を与えたのだとしたら、まずその人がトップにいるわけで、その人に投げるべきです。その人は最大関与者として、全体を受け取る義務があります。そして必要に応じて、責任を他者に分散する作業の責任も負います。もちろん、あなたがその最大関与者であったならば、あなた自身が義務を負わなくてはなりませんが、実際のところ、そうではない。だとしたら、どうでしょう、結論はおのずと見えてきませんか?」
「す、すごいです、導師先生。私、わかりました。ずっと、悩んでいたんです。誰に投げ渡せばいいのか。だって、明確に『誰』って、言い切れなくて、だから悩んで、自分でかかえてきたの。でも、そんな自分は間違っていたのね。・・・えっと、なんとか値・・・」
「絶対値ではなく、最大値」
「そう、それ。メモしていいですか?」
「もちろん」
「これで、私の人生が大転換すると思います。だって、私が全部背負ってきたことを、そうしなくていいって、導師先生が教えてくださったのですもの。私、バカだから、ちゃんと教えてもらわないと、いつもわからないの。ありがとう、導師先生。本当に感謝します」


  6


「導師グーゼリ先生、こんにちは」
「おや、今日はだいぶ日焼けしてますね?」
「旅行してきたんです。ハネムーン、ってやつ」
 導師グーゼリは笑みを浮かべた。
「もう、大丈夫な感じですね」
「今日は、相談はいいんです。ただ、お礼が言いたくて」
「お礼なんて、そんなのどうでもいいです。だって、大切なのは、あなたが幸せになることでしょ? それが一番です。私だって、導師として、それを一番望んでいます」
「おみやげ、持ってきたの」
「そんなん、いいから」
「ごめんなさい、ただのチョコレート。これだけ、気持ちですから、受け取ってください」
「もう、しかたありませんね。ありがとう」


  7


「導師グーゼリ先生・・・」
「ノーさん、どうされました? 目にクマができていますよ?」
「眠れない。全く。だって、電話かけてくるの、娘たちが。なんでかけてくるわけ? それぞれみんなが幸せになるよう努力すればいいじゃないって言ってるのに、バカなんだから」
「それだけですか?」
「ちがうの。ダンナが麻薬で逮捕されたし、私も逃げているの。ケイタイって、かけると電波で居場所がわかっちゃうんでしょ? だから絶対にかけちゃダメって言ってるのに、自首した方が罪が軽いだとかなんだとか、中学生のくせに親に説教してんじゃないわよ!」
「それは、困りましたね」
「私、はっきり言って、導師先生のこと、好きになっちゃったかもしれないの。ここしばらく、あの人との新しい人生のことを考えようとしていたから、自分をごまかそうと必死になっていた。でも、本当の気持ちは、ごまかしようがないし、ここに来て確信した。私、バカだし、導師先生のいい奥さんにはなれないかもしれない。でも、この気持ちだけは、本物です。今まで、私、自分が見えなくなるほど人を好きになったことなんて、これが初めてなの。ルール違反なのは、よくわかっているけど、せめて、私を抱きしめて。私、なにもないの。過去も、未来も、全部捨てる。だから、お願い」
 導師グーゼリは、腕を組んでため息をついた。
「申し訳ありませんが、私とあなたの関係は、治療のためのものです。もちろん、誤解しないでいただきたいが、私だって、あなたには強い魅力を感じていますよ。だって、あなたは本当に美しい女性ですからね。それは私が男である以上、仕方がないこと、まさに抗えない魅力です。しかし、私は誓いました。あなたを救うと。そのために全力をつくすと。もし、私が一線を越えてノーさんと関係すれば、ノーさんは私によっては救われない。なぜなら、私は女性ということに関しては、別の人を愛しているからです。それは絶対的なものであり、もうしわけないのですが、ノーさんをもってしても、くつがえるものではありません」
「でも、なにもしないで、『くつがえらない』とどうしてわかるの? やってみれば、いろいろ話が違ってくるかもしれないじゃないですか」
「いやね、あなたはそうやって『過去』を作ってきた。たくさん作って、積み重ねてきた。それが後になって問題となる。でしょ? そろそろ、わかるべきことをわかっていい歳ではありませんか?」
「導師先生は、私が若くないと言いたいのね。ノーはもう、おばさんだと」
「違います。大人だ、といいたいだけです。『大人』とは、どういうことか知っていますか? たくさん経験を経た人のことなんですよ。悪いことではありません、すべてが。だから、安心してください」
「導師先生・・・私では、ダメ?」
「はい、ダメです」

 その後、ノーは警察に逮捕されたが、麻薬取引の主犯とは言えないことから罪は軽かった。
 刑務所から解放されると、ブランドものを身にまとい、久しぶりに導師グーゼリの『なんでも相談所』にやってきた。
 子供たちと縁を切ったこと、その後から、心の出血が止まらないこと、本気で好きになっている導師先生の愛をもってしか、その出血は止められないことを必死で訴えたが、再び明確に拒否されたことで、全てのコントロールを失い、『なんでも相談所』から走り出ると、近くの私鉄電車に飛び込んで死んだ。

「どうして止めないんだ!」
 と導師グーゼリは、職員たちに怒鳴り散らした。

 事件を知った娘たちがかけつけると
「遅すぎる! 何してたんだ! おまえたちがほおっておくから、あの人は自殺してしまったじゃないか! こちらは手をつくして相談に乗っていたというのに、ぶちこわしだ!」
 と怒鳴った。

 警察がやってくると
「あんたらは麻薬逮捕で関わっていたはずだろ! 何を調べてるんだ! 危険な兆候は明らかだったぞ。まさに警察の不備だ! おまえたちがあの人を殺したんだ!」
 と怒鳴った。

 皆が去ると、受付の女性に、ぼそっと「これであの女も解放されて救われたわけだ」とつぶやいた。「いつもこんな結末だ。でも、すぐに忘れちゃうんだよな、私は」

 導師グーゼリは、一人、酒を買って、帰路につく。

 寝る前に、テレビのバラエティを見て、ウオッカを飲む。グラスに氷を入れ、氷が溶けるまもなく飲み干し、何度も継ぎ足していく。心の芯にどっかりと居座る嫌な気持ち。この嫌な気持ちをなんとか押し出そうと努力するが、結局、こういうことは無理に押し出そうとしても上手くいかないことを、すでに経験からよく知っている。

 酒の力をたっぷり借りたとしても、眠ってリセットすることだけが、浄化となるのだ。






 
(c)Naoki Hayashi(2010 8/30)

 




写真素材 足成