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本当に欲しいもの、それは『心の喜び』だ。例えば、良い絵画に接したときの緊張感や、偶然出会う非日常的な何か。あるいは季節の花々の、心に響くかぐわしさ。美しい夕日を見て、内なるいにしえの記憶とつながる神秘。
あるいは、動物と心がつながったときの、はっとするような一瞬。いつも接している猫や犬でもいい。ふと出会った鴨やイルカの、野生の眼差しに心奪われたときの衝撃もすごい。
いろんな素晴らしいものがあるけれど、本当に素晴らしいものは、どれも簡単にはプレゼントできない。俺の好きなセザンヌやゴッホの絵画をプレゼントしてくれたら、めちゃくちゃすごいと思うけど、そんなの、当然、現実的ではない。優れた絵画は、美術館でみんなで共有すべきものだ。
贅沢かもしれないけど、正直な心って、そういうものだと思います。
心にこだわる、俺から。
◆◆◆◆◆
自分なりに言いたいことがあった。それはきちんと意味があり、悪いことではなく、特別に難しいことでもない気がした。皆に伝わると思った。ところが、甘かった。多くの人は、話の全体を理解せず、最初の一行で判断した。
「プレゼントは金がいい」
ネットでは「有名人は金かよ」「最低の男だ」「頭悪い」「この人の趣味は金と女」と批判が渦巻いた。今さらながら、あきれ、面食らう。なぜそんなことが起きてしまうのだろう。そして馬鹿げたこととわかっていながら、俺は批判のうねりに翻弄され、極限まで拡張された自己嫌悪に押しつぶされそうになる。
番組担当のヒロハシは言った。
「大人だったら『心のこもったプレゼントなら何でも嬉しい』と答えておくものじゃないかしら。食べ物がNGとか、一般的なマナーについては語ってもいいけど、そもそも捨てることの話なんかしちゃいけなかったのだと思うよ。ま、ある意味、あなたらしいし、話題づくりになったから、いいんだけど」
それは、そうかもしれない。
でも、何でも嬉しいなんて、ウソだ。
せめて、俺にできること。
営業スマイル。
もらったものには笑顔を返し、裏で捨てる。
きちんと感謝して、ごめん、とつぶやいて。
そんなことしかできない自分が、悲しいし、悔しい。
年末仕事として、ラジオの二本録りを終えたあと、ヒロハシが俺に個人的に近づいてきた。クリスマス前後のスケジュールを確認した帰り際のことだった。
「私、金土と仕事なんだけど、その前後は休みなの。日曜の午後とかヒマだよ。そっちは? 仕事、休みっぽかったけど」
「ごめん。あの・・・仕事じゃなくてさ、悪いんだけど・・・」
「大掃除?」
彼女の笑顔が、妙にまぶしい。ヒロハシの親切に、俺は多くを頼っていたし、プライベートで期待させるようなこともしていた。それは隠しようのない事実だから。
「あのさぁ、実は、最近、神さまから大切なプレゼントをもらってさ」
「はあ?」
「つまり、出会いがあって・・・」
「え、なに? 結婚でもするの?」
「実は、そうなるかもしれない。一年以上前から知ってる人なんだけど、そうなってもおかしくない感じ。だからさ、ごめん」
「へー」
さりげなく、とまどいが伝わってくる。
「つまり、なんていうか、ずっと仕事から離れたつきあいで、地味な印象だったんだ。ただ、とにかく俺のこと、すっごく理解してくれててさ。前から感謝してたんだよ。例え何があっても、この人だけは絶対に裏切れない、って。でも、正直、付き合うって感じじゃなかった。ところが、こないだ、個人的に接する機会があったら、すげービックリした。キラキラ輝いてて、こっちが学ばされることもいっぱいあって。俺、言葉を超えて、互いのことが見えてしまうみたいな、経験したことのない気持ちになった。つまり、なんか、ちょっと普通じゃない、って、今はそんな感じなんだ」
「なるほどねー、いろいろあるもんだ」
「自分でも驚いてる」
「じゃ、ま、私は帰るか」
「わるい。ありがとうな。おつかれ」
俺はヒロハシを悲しませたくない。
本当に、できることなら悲しませたくなんかない。
ズケズケと遠慮がないことや、飾らない性格のわりに長身で美しすぎることとか、いろいろあるけど、彼女だって前向きに生きる一人の良き女性だ。
全ての善意が、全て無駄なく報われたら、どんなにいいことだろう。
しかし現実の我々は取捨選択しなくてはならない。
何かを選び取るためには、いつも大切な何かを捨てなくてはならない。
せめて捨てられていく善意に、きちんと目を向け、想いを込めて埋葬すること。
手を合わせて、祈りを捧げること。
・・・ありがとう・・・
皮肉なことながら、あるいはこれも、悪くない現実なのかもしれない。
役に立たずに捨てられていく善意の悲しさが、心の傷となって残る。
つまりは『心に残るプレゼント』となるのだから。
◆◆◆◆◆
ある時、マイクに向かっていると、語りたいことがバッと心に浮かんだ。
「本当は、俺が一番嬉しいのは、みんなの気持ちなんだ。だから、物よりも、詩をください。お金や物でなく、つたないものでも、気持ちのこもった言葉は、きっと素敵なことを伝えてくれると思うから」
そう言いかけて・・・でも、やめた。
仕事としてのイメージづくりのこともある。詩の地味さは、ビジネスとして歓迎されないだろう。プロデューサーの渋顔が目に浮かぶ。逆に、急に多くの詩が届いて、収拾がつかなくなっても困る。しかし一番の要因は、そもそも俺は「ください」なんて、言いたくなかったのだ。
俺は自分で書いた詩を、何年も前から密かにネットで公開し続けている。名前を隠した匿名のホームページだ。ビジネスとして作られたイメージとは異なる暗い内面を比喩的につづった詩に、ファンからの反応が来たことは一度もない。
それでもネットの彼方に、自分の分身を送りつづける。
その行為を、俺は自ら続けるだけで十分だと思っていた。たとえ誰にもその意図が伝わらなくとも、伝わらないのが現実ならば、それはそれでしかたがない。俺はただ、自分が信じることを、ネットの片隅で純粋に発信し続ける。
それ以上でも、それ以下でもなく。
『俺のプレゼント』を理解し、喜んでくれる人は、きっとどこかに存在するはず・・・
時間はかかったけれど、信じる思いは、裏切られなかった。
全てを見て理解してくれる人がいた。
逆にこっちだって、この人だけは絶対に裏切れない、と断言せずにいられない。
それもまた、ずっと心へのこだわりを大切にしてきた、俺の人生の真実。
そして俺はようやく、心で人を愛することを知った。
◆◆◆◆◆
ヒロハシなら、こう言うだろう。
「あなたね、大人だったら『本当の愛なんてよくわからない』と答えておくものよ」
わかってる。まあ、いいんだ、ヒロハシ。べつに、それはそれで。
俺は腹を立てたりはしないけど、それは大人だからではない。俺は言葉なんか、最初から信じていない。より正確に言えば『言葉の機能』なんて、あまり信じてはいけないと思ってる。
大切なのは、言葉を発する心の方だ。
もしそこに真実があるなら、伝わる人には伝わる。
たとえ「愛なんてよくわからない」と口で言っても、言葉を超えた真実はくっきりと広がる。
どうしようもないほど感謝の気持ちでいっぱいになる。
だから、いいんです。
(2006/12月)