考えすぎ



 自分ってバカだなと思う。
 それはたまたま高校のクラスメートと、帰りの電車の中で二○年ぶりに再会したときのことだった。
 
「で、由美さんは、どうしたの、こんなところで?」
「友達に会ってきた帰りよ。来月からスロベニアに行く友達がいて、みんなで集まってご飯してきた。日比谷の中華料理店で。美味しかったよ」
 吊革につかまった由美は、高校時代と同じようにすっきりとした目を細めて、何かのいたずらを隠しているかのような小悪魔的な笑みを浮かべた。その表情を間近に見た僕は、当時と同じ『恋の動揺』が心にも身体にもバタバタとわき上がってしまう。すでに二○年近くの時間が経過しているというのに……
「今、スロベニアって言った?」
「そう。旦那の仕事の都合でしばらく向こうで暮らすらしいの」
「どこにあるか知ってる?」
「東欧?」
「うん。東欧といっても、イタリアの右隣の小国。ちょうど最近ネットで調べたから知ってる」
「どうして調べたの?」
「理由は……なんとなく。だって、知らなかったから」
「『知らなかった』から?」
「そう。知らないことって、普通、調べるよね?」
 由美は「沢野さんらしいな」と苦笑した。
「え? そ、そうかな……」
 僕はふと、懐かしい『疎外感』におそわれて、中吊り広告だらけの車内を見回す。目の前に並んでいる広告は、いつもとなにも変わりない。恥じらいもなく平凡な日常を主張し続けている。中でも目立つのは週刊誌の広告だ。太い活字が政治の無能や、芸能人のスキャンダルを、不特定多数に向かってアピール中。そういう『平凡な日常』の中にいることが、この瞬間の僕には、うまく理解できない……。

 高校時代の由美、それは奇跡の美少女だった。これは恋した男の妄想というわけではなく、例えば学園祭に来た父兄も「お人形さんみたいな可愛い子だ」と実際に感心していた。大理石の彫刻のように清楚な美少女でありながら、クラスでも一位二位を争う豊かな胸。皆がうらやむ素晴らしさだったが、派手さを嫌う本人としては、逆に苦労も多かったろう。ブラウスや体育着の大きな胸の盛り上がりを、まるでしゃべりすぎるおばさんの来訪のように、いつも気にして見下ろしていた。それは僕にとっての試験の一○○点みたいなものだ。べつに努力したから満点が取れたわけではなく、テストが簡単で、ミスがなかっただけで、それ以上でもそれ以下でもないのに、周囲の目はそのようにクールには受け取ってくれず、『神』とか『さすが』とか、望んでもいないのに尊敬されてしまう。

 奇跡の美少女・由美。そして博識の秀才・沢野康平クン。理由は異なるが、クラスの生徒たちから理解されずに孤立していたことは、僕たち二人に共通する寂しい事実だった。

 西日暮里駅に着いたところで、近くの席に座っていた人たちがまとまって降りた。我々はそこに移動して腰掛けた。
「で、由美さんは、どこまで?」
「大宮」
「僕は川口だけど、せっかくだから大宮までいっしょに行こうかな」
「家には連絡しちゃったから寄り道なしでまっすぐ帰るけど」
「それはいいよ。話だけ。ところで、由美さんって、もう子供がいるんだよね?」
「高校生と中学生の二人よ。どちらも男。すでに『子供』って感じじゃない」
 僕は苦笑した。
「時間が過ぎるって、早いね」
「言わないでよ、そんなこと」
「ところで、由美さんに会ったら、質問したいことがあったんだ」
「どんな?」
「ずっと気になっていたキーワードが二つあって」
「ん?」
「え、えっと……」
 僕は急に言葉に詰まる。
 電車が加速を始め、人のまばらな西日暮里のホームが、すばやく後方へ過ぎ去っていった。

 僕は高校時代に、美少女・由美と二回だけデートをしたことがあった。
 とはいえ、一回は偶然のことだ。帰宅途中の土曜の午後、街の本屋でバッタリと出会ったのだ。一瞬のうちに緊張した僕は、疎遠な親戚のようにぎこちなく会釈するのが精一杯だったが、由美は「弟がギターやりたいらしいんだけど、沢野さん、詳しくない?」と、普段と変わらないクラスメートらしさで気さくに話しかけてきた。僕としては願ってもない展開だった。そのまま二人で楽器店に向かい、店員さんに入門用クラシックギターを出してもらうと、僕は椅子に座り、楽器をかまえて、ギターという楽器の基本的な構造を彼女に説明した。輪ゴムをはじいて音を出すのと原理は同じ、そういう弦が太い方から細い方まで六本あり、左手で押さえて長さを変えて音程を作っていく……。由美は未知の世界を前にして、うれしそうに目を輝かせて話を聞いてくれた。これを機会に彼女自身がギターを始めようと思ってくれれば最高だったけれど、残念ながら『弟のため』というスタンスは変わらなかった。彼女には陸上部という、すでにしっかりと打ち込んでいる分野があったからだ。
 その直後に、僕は彼女に手紙を書いた。今となっては思い出したくもない恥ずかしい自己中心的な内容だったと思うけれど、由美はそんな僕の盲目的な気持ちをなだめるかのように、薄黄色のレターセットを使って丁寧な『ことわり』の返事を書いてくれた。魅力的な彼女が、外見だけではなく、内面も誠実な人であることを教えてくれる文面だった。あのころの僕は、女の人を好きになって「好きです」と手紙に書くことや、その手紙に「あなたは私を誤解していると思います」と定番のことわり返事が来ることが、実際にどういうことなのか、よく理解していなかった。
 生理的に『好き』という現実は確かにあった。由美のことを思うと胸が苦しくなり、食欲がなくなる。何かのきっかけで彼女の『無関心』に気がつき、落ち込むと、食べ物を見ただけで気分が悪くなる。食べるという行為の日常っぽさに、激しい嫌悪感をいだいてしまう。『好き』という想いも、僕が慕う由美の存在も、くだらない日常をはるかに超越している、と信じていた。
 何度か手紙のやり取りをしたあと、一回だけ、二人でコンサートに行った。クラシックのコンサートだ。叔父が在京オーケストラの二枚組チケットを「誰かと行きなよ」とまわしてくれたのがきっかけだった。
 僕はその事実通りに、叔父からチケットをもらった、という事情を彼女に伝え、まるで小学生が友だちを蝉とりに誘うかのように「行かない?」と、いきなり放課後の教室で申し出た。由美は「そういう誘い方?」と苦笑していたけれど、緊張した僕を見かねて「まあ、いいよ」と了承してくれたのだった。
 十一月の日曜日に、駅の近くの広場で待ち合わせて、コンサートホールに入り、チャイコフスキーのピアノコンチェルトと、ベートーベンの交響曲を聴き、帰りの電車に二人で乗って、彼女の降りる駅で別れた。その間、あまり楽しく会話が弾んだわけではない。楽しむよりも、僕はとにかく緊張して、ただ音楽のことばかり語っていたように記憶している。そもそも『クラスメート』と『好きな女性』という、全く異なる認識の狭間で、僕はどうしたらいいかわからなくなっていたのだ。もちろん『好き』という気持ちについて話題することもできず、手もつなぐこともできず、次回のデートについて約束することもできず、ただ、とてつもない緊張と後悔に押しつぶされそうになりながら、クラシックコンサートの美しい余韻に救いを求めるのが精一杯だった。

 高校卒業後、僕は遠く離れた国立大学に進学することで、彼女への片思いに終止符を打った。クラスで二人だけが目立ち浮いていた事実や、僕の内なる強烈な想いはもちろん本物だったが、客観的に考えてみれば、知性とスポーツという、嗜好の根本的な違いは明らかだったし、僕が人生の伴侶のことまで考えに入れていなかったのは、ただ若すぎたからだけではないと、今ふり返っても思う。
 ところが、僕が大学を卒業し、就職してからつきあった恋人とも別れ、再び一人で考え事をする時間が多くなった頃、どういうわけか急に、あの高校時代の緊張した日のことを天恵のように思い出したのだ。コンサート会場に入る前に、ケヤキの並ぶ遊歩道を二人で歩いているとき、由美は父親の実家がある根室のことや、家庭菜園が好きな母親のことを、ぼそぼそと遠慮がちに語っていた。
 そして『根室の海』と『花壇』という二つのキーワードが、高校時代の由美の澄んだ声で、時間を超えてくっきりと心に刻まれた。
 そこにはどういう意味があったのだろう?

 いわば一○年のタイムラグを背負ったストーカー。
 すでに同級生から奇跡の美少女・由美が結婚して子供まで持ってしまったという噂は聞いていたから、今さらつきあいたいという邪心が浮かんだわけではない。しかし、突然に思い出したキーワードの意味を、正確に確認しておきたいという衝動から、僕は密かに調査を開始した。
 憶測も含んでいるが、少しずつ時間をかけて知りえた由美の背景は、およそこのようなものだった。
 彼女の父親は北海道の出身。あちこち移動したかもしれないが、根室が長かったらしい。僕は札幌で友人の結婚式に出席した機会を利用して、わざわざ根室まで足を延ばしてみた。地形の関係で列車は回り込んで根室駅に到着するので、最初は方向感覚がおかしくなった。この『方向感覚の混乱』は、このときは特に自分の中の成就されなかった『好き』の気持ちと共鳴し、旅の心をセンチメンタルな悲しみでいっぱいにした。
 根室はにぎやかな街ではなかった。しかしなんとなく小ぎれいで、寒冷地のわりにはソフトな印象が伝わってきた。僕は彼女の名字の家があるかどうか、心を振るわせながら公衆電話の電話帳で探してみた。二○軒ほどあった。多くもなく、少なくもない。中には本当の親戚も含まれていたかもしれないが、そこまで訪ねて行くことはしなかった。
 由美の父親は一九六○年代前半に東京に出て来ていた。六四年の東京オリンピックを目標に、急速に交通網が整備されていった時代だ。日本最初の新幹線や、首都高速道路も、このタイミングで造られた。地方から都心へ集団就職が行われ、急速に成長する企業の人材をまかなった。多くの人々が東京近郊の簡素な社宅で結婚生活をスタートさせ、いずれ郊外に『マイホーム』を持つという理想の実現のためにせっせと働き続けた。
 それは考えてみると、終戦から二○年しか経っていない時代の話なのだ。『二○年』という時間をどうとらえるかは人によっていろいろだと思うが、僕にとっての二○年前は、つい昨日のことのように感じられる。由美のことを思い、クラシック音楽を聞いて感動していた高校の日々。この二○年は、バブルの頃のバタバタを別にすれば、日本の物価だってさほど変わっていない。そのころ一○○円だった缶ジュースが一二○円になっている程度だ。
 高度成長時代に首都圏にやって来た由美の父親にとっては、二○年という時間はどう感じられただろう。今の僕のように、うだうだと過去を振り返ったりせず、豊かさを求めて邁進することしか考えていなかったかもしれない。物を豊かにして、幸せになること。家庭を持って、子供を産み育てること。
 僕は三月の根室の海岸に一人でたたずみ、はぐれ者のように流れついた氷のかたまりを眺めていると、想像以上に激しい『悲しみ』におそわれた。人のいない根室の海も悲しいし、美しい娘を育てても結婚して去られてしまう父親も悲しいし、好きだった人とろくに話もできなかった自分も悲しい。けれども、涙は流れなかった。僕は海風の寒さに耐えられなくなると、誰もいない緩やかな坂道を歩き、駅に近い喫茶店に入って、持っていた村上春樹を読みながらタバコを吸った。すると重く悲しい気持ちが『おしゃれな悲しさ』に変容し、それはそれで良いこと、あるいは美しいことのように感じられた。むしろ心の中は、充実していたと言えるかもしれない。由美は確かに僕の中で特別な存在だった。しかしその背景である『高度成長の落とし子』的な現実を知ってしまうと、全てを明け渡さずに距離を保って想いだけを大切にしてきた自分の初恋の経過は、結果的に間違ってはいなかったし、むしろ『幸運だった』とさえ思われた。孤独と悲しみに溺れそうになったとしたも、人を想う気持ちは、常に心の成長の糧となりうるからだ。
 もちろんそういう自己満足を得るためだけに、由美の背景を探り続けたわけではない。それは動機ではなく、むしろ結果だ。それも中間報告的な結果だ。本当のところは、僕はむしろ、『僕自身のルーツ』を知りたかったのかもしれない。ただ、それが自分の親では客観視できないから、あえて好きな人を代わりにして。
 
 もう一つのキーワードであるところの『花壇』については、いろいろ考えたけれど、どうしても筋の通った答えをみつけることができなかった。由美の育った家に関係しているのは確かだったが、どうしてそれが一○年も過ぎてから思い出されたのか、どんな意味があったのか、やはり僕にはわからない。
 もちろん、何もしなかったわけではない。高校時代に由美の一家が暮らしていた家にも、長距離サイクリングがてら訪ねてみた。住人は変わっていたが、当時のままの一階建てプレハブ住宅がそこにあった。小さな庭もあり、花壇を作ろうと思えば作れたかもしれない。しかし新しい住人は、そんなことにはまるで興味がないらしく、灰色の作業着が干された庭には、無造作に雑草が茂っていた。おそらく独身の労働者なのだろう。今ではそういう人が住む場所になっていた。かつては奇跡の美少女が、狭いながらもむつまじく成長した家であったのに。
 あるいは未来の家について、由美なりに願望を語っていたのかもしれない。『花壇』のある立派な家に住みたい、とか。もし形容詞とセットで思い出せれば察しがついたはずだ。しかし、僕の中でよみがえった由美の声は、そういうふうにはなっていなかった。まるで食堂のテーブルに置き忘れた毛糸の帽子のように『花壇』という言葉がぽつんとあるだけ。
 高校時代の由美が、はたしてどんな悩みを抱えていたのか、僕にはわからない。普段、人と接するときは、女性としての魅力をもてあまし、いつも少しシニカルだったけれど、その心の内は、実は庶民的で純粋だった。自ら手紙でも「普通に幸せになりたい、でも普通って難しいよね」と正直に書いていた。
 そういうことが、高校卒業後に技術系の専門学校を選び、就職するとすぐに結婚して母親になってしまった彼女のスピーディーな人生の背景と考えると、なるほど、筋が通っていなくもない。すぐに枯れてしまう花束ではなく、きちんと土に植えられ生き続ける花。遊びの恋愛ではなく、結婚し子供を産むこと。
 もちろんあの魅力的な由美が花束を求めれば、競って届けようとする男はたくさんいただろう。しかしそういうものを彼女は求めなかった。それが由美のこだわりであり、頑固さだったのかもしれない。

 二つのキーワード、なんて大げさに言ってしまったけれど、僕が密かに調べて知ったことを由美に全て語るのは、あまりに変人ぽいことと思われた。しかし僕としては、積年の疑問を解決しておきたい。どうしたらいいか悩んだけれど、とりあえず根室のことから口にしてみることにした。
「あのさ、根室の海って、行ったことある?」
「ないけど」
「あっちに親戚とかいるって言ってなかった?」
「言ってないと思う。だって、いないもの」
「え?」
 と、僕は思わす由美を見て目をしょぼしょぼさせた。
「旅行で北海道は行ったことがあるけど、根室までは行ったことないし、親戚なんか全然いないわよ。どうして?」
 どうして? とはこちらが質問したい。何かを勘違いしていたらしい。額から汗がにじんできてしまう。
「じゃあさ、花壇って、好き?」
「嫌いじゃないけど、どうして?」
「前、コンサート行ったとき、花壇のこと、話してなかったっけ」
「コンサート? わからないけど、そんな昔のこと憶えてない、ごめんなさい」
「いや、べつに由美さんに謝ってもらうことじゃないけど、なんか、ちょっと、どうしたんだろうね」
「ん?」
「ここはどこ?」
「京浜東北線の中ですけど」
「そ、そうだよね」
「大丈夫?」
「うん……なんか、不思議な感じ」
 いつも乗っている列車なのに、また方向感覚がおかしくなってきた。
「で、沢野さんはどうしてるの?」
「僕?」
「仕事とか。結婚は、した?」
「一人だけど。でも、本は出したよ」
「本?」
「売れてないけど」
「小説?」
「いちおう」
「そうか。……私、作家の妻になってたかもしれないのね」
「そんなこと、思う?」
「だって、手紙くれたじゃない」
 僕はますます汗が出てくる。
「ま、作家の妻なんて、大していいことないと思う」
「そうかな」
「本とか、読む?」
 僕の原点的問いに、由美は正直に首を振る。
「あまり読んでない」
「だろ。そんなもんだよ」
「でも、沢野さんの本だったら読みたいな。今度探してみる。本屋さんで注文とかできるの?」
「ああ、できる」
「すごいね。頑張って売れる本も書いてよね」
 すごくないよ、と僕は言いたかった。そもそも初恋の相手だった由美と別々の人生を送っている自分が、どうして売れる本なんか書く必要があるのだろう。そんなの虚しくなるだけではないか。……こんな考え方をするのは、シニカルな由美の反応が移っただけ、と、言えなくもなかったけれど。
「ひとつ、真面目に質問していい?」
 と、僕は決意をこめて由美の目を見つめた。
「もう若くないし、なんでもどうぞ」
「由美さんの親って、根室の出身だって聞いたことがあるんだけど、違う?」
「違うよ。父は千葉だし、母は埼玉。地元人間なんです。ごめんなさい」
 僕の中で何かが音を立てて崩れた。それはもちろん由美のせいではなかったけれど、いっそのこと由美に八つ当たりしたくなるほど、あっけなくすべてが崩れてしまった。

「ねえ」と、少し心配そうな声で由美が言った。「根室のこと、何か関係あるの?」
「いや、べつになんでもないから」
 僕は走り続ける電車の中で、正面の窓の奥に広がる夜景を眺めた。そこには雄大な原野も、流氷の海もない。あまりにもありふれた東京都北区の夜景だ。やがて列車は荒川を渡る長い橋にさしかり、目の前にぽっかりと黒い空間が広がった。華麗なイルミネーションなどなにもない荒川の夜の風景を、由美と二人で眺めることになるなんて、こんなことをイメージしたことは過去に一度もなかった。
「沢野さんって、すごく考えすぎる人よね」
「そうかもしれない。わかってるけど、仕方ないよ」
「だから、本とか、書いちゃうんだろうね」
「ビョウキみたいなもんだ」
 由美は「ふふふ」と笑って、彼女の手をそっと僕の手に重ねた。僕はビクッとして視線を落とし、脚の上で重ねられた彼女の手を見つめた。歳相応の手だった。冷たくもないし、熱くもない。あまりにも普通の手だった。それは『僕にとって』普通の手だった。二○年ぶりの由美とのふれあいは、まるで実家の晩御飯を食べているようなありきたりなものだった。僕は大地の底が抜けたかのようにとまどった。もっとずっと遠くの神秘的な存在と信じてきたのだ。本当はこんなにも近かったのに。すると発作的に、かつての僕が由美といるときの緊張をどうしようもできなかったように、急に押さえがたい涙が目に満ちてきた。気づかれないようにまばたきしたけれど、由美はすぐに気がついて言った。
「あまり、考えすぎない方が、いいと思うよ」
 そして由美は、もう一方の手も伸ばし、両手で僕の手を包み込んだ。
「うちあけるとね、私、ちょうどあのとき、交換日記してたんだよ。恥ずかしい話だけど。高一のときに告白されて。嫌いじゃなかったから、とりあえず日記だけ、って。高三になって、受験とかで忙しくて、それも途絶えて、それからは一度も会ってない。まわりには『つきあってる』って言ってたけど、べつに手もつないだことなかった。ヘンな話よね、今から思えば。むこうも、私のこと、ややこしいやつとわかって、ひいてたのかも。でも、そんなことがあったからね。ざ・ん・ね・ん・で・し・た」
「え?」
 気がつくと列車は僕が利用している川口駅をすでに発車していた。想定の範囲内のことで、まあいいや、と思った。
「でも、きっと、つきあってもうまくいかなかったよね。だって私、そもそも、本、読むの、苦手だし」
 由美は早口でサラッと言ったけれど、僕はなんと応えたらいいかわからなくなり、駅ひとつぶん黙ってしまった。そしてやっと口を開いた。
「僕も本を読むのは、あまり好きじゃないけどな」
「じゃあ、なんで小説を書くの?」
「書くのは、好きなんだ」
「書くのだけ?」
「わりと、そう」
「ま、好きなことがあるって、いいことなんだろうね」
「由美さんは、今は何? 家族?」
「そうね。家族……と、はっきり言いきりたいとこだけど」
「幸せ?」
「さあね、どうだろう、わからない」
「不幸せ?」
「そんなんじゃないけど」
 僕は再びなんと言ったらいいかわからなくなってしまった。
「私の手、もう、おばさんみたいだと思わない?」
「そんなことないよ。きれいな手だよ」
「でも、それなりでしょ? そんなもんよ」
 豊かな胸を迷惑そうに見下ろしていた高校時代とよく似た表情で、由美は手を見つめた。

 南浦和まで来ると、武蔵野線の乗り換えと重なったからか、急に多くの客が乗ってきた。由美は包んでいた僕の手を離し「ほら、もうちょっと、そっち行って」と横から僕を押した。由美の横にはすでに十分なスペースがあったけれど、いたずらっぽい笑みを見せてグイグイと僕を押してくる。「もっともっと」と尻や肩を寄せて。僕は混乱したけれど、由美はそんな僕の混乱を楽しんでいるようだった。由美の横にグレーのスーツを着た女性が腰掛けると、やっと落ち着いて姿勢を正した。

 それからしばらく、昔のことを確認するような会話がぼそぼそと続いた。本当は彼女の二人の息子のことを話題にすれば話は尽きなかったかもしれない。けれど僕はそういう話題がこの場にふさわしいとは思わなかったし、由美も自分から家族のことを口にすることはしなかった。学生時代の共通する友人のことや、あまり上手くはならなかった弟のギターのことを話してしまうと、もうあまり共通する話題はなかった。『話すこと』を考えながらぎこちなく会話することが、高校生の頃のような初々しい心の距離を呼び戻した。

 京浜東北線が、終着となる大宮駅に近づき、速度を落とし始めた。そこは高校時代に、僕も由美も利用していた駅だった。僕は感謝の気持ちを込めて、あらためて言った。
「会えてよかったよ」
 由美は意外そうに目を丸くした。会えたことがよかったか悪かったかなんて、全く思いが至らなかった、と言いたげに。
「また川口まで戻るんでしょ?」
「そうだけど」
「頑張ってください」
「いや、べつに、頑張らないけど」
「ていうか、いろいろ考えるんでしょ?」
「そりゃあ、まあ、ね」
「私は考えすぎない方がいいと思うけどな。でも、沢野さんは沢野さんだから、仕方ないわね。病気もだいぶよくなったみたいでホッとしたよ」
「え、病気?」
「薬とか、飲んでたでしょ?」
「あ、ああ。そのこと、知ってたんだ……」
「あまり考えすぎない程度に頑張って、いい本書いてね。応援してるから」
「うん、ありがとう」
 そこにあったのは、短いような、長いような時間。
 まもなく電車がホームに滑り込み、停車して、ドアが開く。
「じゃあね、沢野さん」
「ああ、おやすみ」
 僕は作り笑いを浮かべて頷く。
 由美は二○年という時間をササッと包みこむように立ち上がり、元陸上選手らしいきびきびとした動作で電車を降りていった。

 五分ほど過ぎてから、乗客のまばらな電車は、休日の夜らしい緊張感のないアナウンスの後にドアが閉まると、先ほどとは逆方向にゆっくりと走り始めた。
 僕は七人掛けのシートにぽつんと一人で腰掛け、由美の手の感触を思い返した。

 考えるよりも、手を重ねること
 ざ・ん・ね・ん・で・し・た
 
 すっかり大人になった美少女・由美の手の感触は、平凡だったけれど、柔らかで、温かくて、心地よい安らぎが伝わってきた。もしもその『安らぎ』が、何かの錠剤として発売されていたならば、僕は毎日でも飲んでしまうだろう。

 すると、突然、収拾のつかない嗚咽がこみ上げてきた。
 いろいろとうまくいかないことが積みかさなり、その悲しみということもあったけれど、しかしなによりも、僕が完敗していたという事実に、急に気がついたからだった。
 二つの大切なキーワードも、熟慮した密かな調査も、全ての意味で負けていた。
『平凡』という、ただそのことに。
 これは、かんちがいではない。敗北なのだ。
 僕は居たたまれずに立ち上がると、目障りな週刊誌の中吊り広告に手を伸ばし、力いっぱい引きちぎった。呼吸が乱れ、電車が駅に止まると、転がるようにドアから走り出た。
 すでにいつも通り方向感覚がおかしくなっており、望んだわけでもない、どこかわからないホームの片隅に、たった一人、涙によって大量生産された鼻水を垂らし、ときどき奇跡の美少女の名前をつぶやきなから、僕は立ちつくしていた。

 なぜ立ちつくしたかというと、せめて立ち続けることだけが、僕にできる唯一の抵抗だったからだ。









(2005 12月/2008 4月改/2010 12月再改)