君に彼の罪を教えてあげる



 彼には、ファミレスでのバイト仲間に佐藤マイという22歳のフリーターがいた。マイは165センチほどの高めの身長があり、足もすらりと長くて、遠くから見ても十分に魅力的な女子だったが、くっきりとした目鼻立ちは、近くで見るとますます美人に感じらるのだった。当然、言い寄る男は多かったようだが、マイの生来の長女らしいおっとりした性格もあって、下心の透けてみえる男に軽々しくついていくようなことはなく、苦笑しながら「ごめんなさい」と受け流すのが常だった。
 そんなマイが『彼』のことを好きになったのは、ある会議がきっかけだった。店の売り上げ、および客からのクレーム対応について、店長がバイトを集めて語り「自分たちで対応を考えてみろ」と宿題を出したのだ。同じホールクルーとしてたまたまシフトが重なっていた彼と佐藤マイは、スタッフ休憩室の机に並んで座り、二人でレボートを作ることにした。
「コーヒーセットの注文のとき、パフェじゃなくホットケーキセットが来ると、勝った気になるよね」
 と、彼は冗談を言った。パフェはホールクルーが自分で作るが、ケーキセットはキッチンにオーダーを出せばいいからだ。
「ていうか、何と戦ってるんだろ、自分」
 彼の独り言のようなボケが、このときどういうわけか佐藤マイの笑いのツボを刺激した。マイは大笑いしてから、笑いすぎた自分に恥ずかしくなり、頬を赤らめ、苦笑しながら「ごめんなさい」と言った。
「何が?」
「え? ははは、なんでだろうね、私」
「それにしても、売り上げ上昇に、必要なものってなんだろうな。何か欲しいものある?」
「あなたが、ほしい」
「え?」
 彼は、それを、どうとらえたらいいか、一瞬、本気でわからなかった。自分が言った冗談の続きとして、マイも面白いことを言おうとしているのか。それとも、本気で恋の告白なのか。……状況的には前者だったし、まさかマイのような可愛い女の子がみずから積極的に恋の告白をするとは考えにくかったし、実際に彼は笑ってスルーしたわけだが、それがただの冗談ではなかったことは、実は彼にもわかっていたのだ。言葉を越えて伝わってくるものがあったから。突き刺さってくるような痛々しいものだけれど、同時に不思議と温かな、何かが。
 彼を鈍い男と責めるのは簡単だ。しかし彼が混乱しつつも現実的には完全にスルーしたことが、かえって佐藤マイの恋のツボだったのだから、話は簡単ではない。男から言い寄られることばかりを経験していたマイが、生まれて初めて自分から積極的にアプローチするチャンスを得た。そこに彼女はワクワクして、その後も機会があるごとに、さりげなくぼそっと「あなたがほしい」とねだり、その発言になれてくると、今度はバイト仲間がいる前でも「私がほしいのは、あなた」と言い切って楽しそうに微笑んだ。
 それは、客観的に見れば、イジメに近いほどの積極性、とも言えた。それが本気でないなら、そうとう悪質な行為だ。特に佐藤マイのような可愛い女の子が、バイトの先輩に「あなたがほしい」と平気で言ってしまうなど。
 もちろん、彼にしても、だいたいのことは理解していた。彼には、他に大切な人がいたので、このファミレスで誰かとつきあうことはできない状況にあり、だからこそ純粋に楽しく労働をしたかった。下心なく、女子と楽しく働く、ということだ。逆に、彼に下心が少しでもあれば、こんなに純粋に楽しく仕事をできたりはしなかったろうし、佐藤マイだって彼に気をひかれることはなかっただろう。皮肉なものだが、異性としてつきあうつもりのない彼の純粋な前向きさが、佐藤マイを「おかしく」させてしまった。
 そんな二人の、やや滑稽なスレ違いが、二人だけのものだったなら、大勢のバイトが経験する幸福な笑い話の一つで済んだかもしれない。しかし、ファミレスの仕事仲間で佐藤マイに気がある男性は、一人や二人ではなかった。なかでも真剣に恋をしていると誰から見ても明らかだったのは、青沼君という大学生と、遠藤さんというエリアマネージャーの二人。エリアマネージャーといえば、店長よりも上の本社社員であり、バイトの女子に恋をするのは、とても珍しいというか、あってはならないことのようにも思えるのだが、そのアプローチぶりは周囲が赤面するほど明らかで、たとえば教育テキスト改変時の写真モデルのために彼女を本社に呼び出したり、他店への教育スタッフとして手当をつけて呼び出したりした。遠藤さんはもう30後半の人で、異性経験だっていろいろあるだろうし、風俗に通ってテクニックを研いた時期などもありそうなやり手の男性だったのだが、佐藤マイは「私には他に大切な人がちゃんといるから、これはあくまで仕事」とクールにふるまい、遠藤さんをファンの一人として軽くあしらっていた。
 それだけなら、まだいい。ところが、大学生の青沼君は、みずから童貞と公言しながら、「マイちゃんとつきあうのは僕ですから、手を出したらダメですよ」と笑顔で、佐藤マイの意中の人である彼に明確に言い放った。青沼君がすでにマイに何度もふられていることは誰もが知っていたが、その男子らしいストレートな想いには、なぜか犯しがたい潔さが漂っていた。青沼君は、けっして日本一のいい男というわけではないが、将来の就職のことなどは、わりときっちりと考えていて、ゆくゆくは理想的なダンナになっていきそうなタイプだ。
 
 ある夜、午前2時の閉店をむかえたとき、たまたま女子のバイトが一人もおらず、ディッシュウォッシャー(本業は画家)の駒沢さんが清掃を終えて帰ってしまうと、彼と店長だけとなり、仕事の速い店長はさっさと時間内にキッチンの片付けとレジ閉めまで終わらせて、カウンターでアイスコーヒーを飲みながらくつろいでいた。彼が着替えて、店長の横に座ると、「なんか飲み物もってこいや」と言われ、グラスに氷と炭酸水を入れて、カウンターに腰掛けた。

「おまえ、つきあってるやついるのか?」
 厳しい言い方だった。かつては裏社会も覗いてきた店長が、ときどき見せる素顔だった。
「いませんよ」
「店の外か?」
 店長の問いに、彼は返答に困った。隠したいわけではないのだが、説明は簡単ではないからだ。すると、すぐに店長は「返事はしなくていい」と言った。
「自分のことは、自分で判断していけばいいし、それしかない。ただ、もっと大きな視野に立って考えてみると、店長としての現実的な問題もある。人間関係というのは、いろいろややこしいものだ。そこでまず、『愛』とは何か、を考えてみよう。『赤い糸』ってのがあるだろ。二人は、出会うべくして出会ったのだ、とか、ずっと昔からつながり合う運命だったのだ、とか。そういうこと、おまえは信じるか?」
「わかりません」
「いや、わかるかどうかっていったら、そんなことは、誰にもわからん。だから信じるかどうかってことだけの話なんだが、まあいい。ところで、オレはこう見えて『愛の専門家』だ。いいか、ここは、重要なので勘違いするなよ。『恋愛の専門家』ではなく『愛の専門家』だからな。それはどういうことかというと、オレは信じてきたんだよ、愛というものを。愛の運命を。長い時間をかけて。
 異性との愛というものが、何によって発するか? それは言わずと知れた性欲だ。動物としての性衝動だ。ここで、最初の矛盾に突き当たる。まあ、男なら誰でも同じと思うが、愛を信じたいのに、今日、自分ですることについては、別のオカズを用意するわけだ。水着のグラビアアイドルか、ストレートにAVか、もっとマニアックなものか、いろいろそこらに転がっているし、正直、風俗に行って現実の女を抱くのとは違うからいいんじゃないか、と普通は思うところだが、そういったことを自分に解禁してしまうと、さて、大切だった愛とはなんなんだろう、と考えとしまうわけだ。オカズだけでは、人として満たされない寂しさが残るのか? では、愛とは、寂しさなのか? では、寂しくならなくて済むような親しくて楽しい異性の友達がいた上で、実用的なオカズがあれば、それでもういいのか? あとはなにが足りないというのか? はっきりと言うと、それだけあれば、もう足りないものはないんだ。
 いや、逆に考えてみよう。大切な人と幸福なゴールインして、さてどうか、という話になると、どんなに美人でセクシーでも、毎日いっしょにいてセックスしていたら、男としては飽きてくるわけだ。その関係を、故意にないがしろにするつもりなどなくても、別の若い女の子の水着やグラビアやAVに、自然とフレッシュな魅力を感じるし、むしろ妻との関係の最中に心の中で別のぴちぴちギャルをイメージしてオカズにする、ということも、おそらくほとんどの男の脳内で実際に行われていることだ。オレは『愛の専門家』として、愛は単なる性欲ではない、と言いたいのは山々なのだが、生物としての人間のメカニズムは、なかなかどうして、ケモノから大してかわっていない。種の保存という意味では、連れ合いと交わったからといって満足せず、さらに別のメスを求める行為がオスには必要だからな。満足するようには、できていないんだ、そもそも。
 ところで、愛について『赤い糸』と呼ぶ意味には、若干の奇跡みたいなものが含まれている。まあ、奇跡を期待している、と言い換えてもいいが。触らずにスプーンを曲げるとか、死んだ人を蘇らせるとか、そういう明確な奇跡ではないけれど、何億人もの人が暮らしている中で、この一人と結ばれる運命だった奇跡、ってわけだ。でもな、そういう意味では、なんでも奇跡なんだよ。おまえとオレが、ここで夜中に語り合っているのも何かの縁だし、夜道で出会い頭に自転車とぶつかりそうなるのも何かの縁だし、満員電車で身体が密着するのも何かの縁だ。今日オレたちが食べたハンバーグだって、もとはどこかの牧場で生きていたものだ。風に吹かれたり、昼寝して夢を見たり、ケンカしたり、害虫と戦ったりしてきた。そんなものの一部が、何の因果か業者を経て、加工されて、この店の食材となり、食べられる。それもまた、奇跡と言わずしてなんと言おう。
 いや、自分自身のことを考えてみるといい。よく「親が産んでくれた」とか言うが、ちょっとまて。その親は、別の親が産み、その親もまた、親から生まれた。どのくらい、たどれるのか? 人類の起源はアフリカらしいが、それだって、いきなりそこから人類が創造されたわけじゃない。人類の前の、サルみたいな時代があり、もっとたどればネズミみたいな小型哺乳類だったらしいが、いやいや、それすらスタートではない。哺乳類が陸地に上がるには酸素が必要だ。その酸素は最初からあったわけではない。すべての生命は海から始まっている、と考えると、オレたちのルーツは海中生物だったと言えるだろう。あるいは一つのアメーバのような原生生物までたどれるかもしれないが、それすらスタートとは言えない。で、その延々たる『性交・出産』の連続の、どこか一つが途切れただけで、オレたちはここには存在しないんだ。確立で言ったら、どんな数字になるんだろうな。兆とか、京とかで説明できるんだろうか? 目安として、オレの好きな数字のたとえはこうだ。地球上で最初に空を飛んだのは始祖鳥と呼ばれているが、それがだいたい2億年前らしい。地球は40億年と言うから、だいぶ後半の出来事だが、さて、2億年がどのくらいの時間の長さかというと、日本で記録をたどれる最も古いものに天皇の歴史があると思うが、これをざくっと2000年とすると、始祖鳥が飛んでいたのは、天皇の歴史・2000年の、1000倍のものが、さらに100も束になったくらい、そのくらい昔なんだ。人間一人が1000倍になったら、ちょっとした中学校みたいになるが、それが100校分ってことだ。2000年という天皇の歴史を持ってしても、2億年という時の流れの前では、100校もある中学のなかの。たった一人の生徒に過ぎないわけだ。
 今のは、いちおう時間軸で考えてみたが、時間をぬきにしてみてもいい。オレたちを生んでくれたのは親だな。それはまちがいない。しかし、その親は、子供の身体について何を知っている? 手の平の中にいくつ骨があり、どんな筋肉が存在し、どうやってスジでつながっているか、そんなことは誰も知りはしない。内蔵だって複雑だ。臓器ごとにホルモンや酵素が関わり、それに関与する薬の種類と言ったら、ぶ厚い国語辞典くらいあるわけだ。それだって、人体という意味では、大海の波打ち際でたわむれているようなものだ。多様なだけではない。それらがバランスを保っている。そうやって、人は生きている。希有なエリートだけじゃない。おばちゃんも、ヤンキーも、みんなそうなんだ。気が遠くなるような事実だ。
 つまり、考えてみれば、出会いについても、時間についても、身体についても、何もかもが奇跡ばかりなんだ。そうすると、異性との出会いだけを、特別に運命として象徴化することに、意味があるとは思えなくなる。それが奇跡ではない、とは言わない。しかし、奇跡なんてものは、ごくごく普通にごろごろ存在することなんだ。掃いて捨てるほどある。そこをあえて一つだけ執着したり、強く信じるのは、例えはよくないかもしれないが、新興宗教みたいなものだ。大仰に受け取りすぎて、現実を壊し、自らも破壊していく。
 ところで、愛には、男子とは別に、女子の視点というものもある。彼女たちが求めるものは何かというと、かっこいい男子、だったりするわけだ。それはブランドもののアクセサリーと同じように、メスとしての優位性を他者に知らしめるものだからな、良いことか悪いことかはべつにして、理はある。女子に特に特徴的なのは、結婚願望だ。かっこよくて金があって誠実な男と結婚できれば、人生の勝利者なのだ。まあ、こんなことを女に言ったら『それ以上の何を求めるの』と逆に開き直られてしまいそうだが、さっきオレは、男の性欲は一人で満たされることはないようにできている、と語っただ。女の物欲も際限がない。満ち足りるということは、停止を意味する。停止して、ときめきがなくなった段階で、老いが始まる。老いを、老いとして受けとめるかどうかはともかく、女子としてあり続けるには、欲望を追いかけ続けることが必要なんだ。自転車みたいなものだ。走り続けていないと転んでしまう。他者よりもいい男、いい結婚式、いい暮らし、子供もいい学校、と、まあ、あえて言葉にするまでもなく、多くの女性がそのように欲望むき出しで生きている現実となるわけだ。さて、そこに、愛は関係あるのか、と牧歌的な疑問を持ちだしてみる。たとえば、どちらかが不治の病で命が絶たれてしまうというなら、その愛は永遠といってもいいかもしれない。むしろ、それこそが、唯一絶対の愛の保存方法かもしれない。いや、もう一つの例外は、二人同時に事故死することか。いずれにしても、そういうことはあまりないし、たいがいは、だらしなくずるずると生き続け、愛のことなんて考えることすらなくなってしまうのだ。愛がどうであるかということよりも、ダンナの収入のことや、子供の進学のことの方が大問題なのだからしかたがない。老後になって、しみじみと二人の関係をふり返るくらいのことはするかもしれないが、それは愛というよりも、パートナーシップというものだ。人生を共有してきた者どうしの。そういう関係は、夫婦だけでなく、師匠と弟子とか、同性の友人とか、あるいは長くいっしょに暮らしてきたペットでも同様だろう。そして、あの若き日の気持ちの高まりは、なんだったのだろう、と思うわけだ。あのころは、愛の結びつきとか、運命の出会いとか、ロマッチックに信じていたけれど、時がたてば、何のことはない、結婚して子供を作る性衝動に過ぎなかった、とわかってしまう。少なくとも、運命の出会いだったはずのものが、時間をかけてこの世に残したものは、子供と、家と、夫婦の記憶。それをあえて『かけがえのない日常』と、神聖視するのは勝手だが、まあ、およそロマッチックでも、奇跡でもない。
 そこまでわかった上で、では、愛なんて信じてもしかたがないのだから、人生のパートナーなんか誰でもいい、とまでは思わない。日常は、それはそれで、大変なことだ。このレストランが大変なことなのと同様に。しかし『愛』とか『きずな』とかを過大に信じて、一つの異性関係だけを神聖視するのは、結局のところ、マボロシと言うしかないわけだ」

 この長い一人語りの説明が、愛を内側から見たものでないことは、彼にもなんとなくわかった。しかし、どのように反論したらいいかは、わからなかった。「それは店長が本当の愛を知らないからじゃないでしょうか」と言えるものなら言ってみたかったが、普段はけっこう気の荒い人で、失礼なことを軽々しく問う気にはなれなかった。

「で、一つ聞いておきたい」と店長は、彼の目を鋭くのぞき込んだ。「なんで佐藤とつきあわん?」
「佐藤マイですか?」
「そうだ」
 それとは別にちゃんと愛している運命の人がいるから、と説明したい彼の思惑を、すべて先に店長が破壊してくれたことに気がつき、苦笑するしかなかった。
「わかると思うが、本社がうるさいんだよ」
「え?」
「佐藤がフリーだと」
「僕に、つきあえ、と?」
「命令するわけじゃない。そうなってくれたら助かるから、なんでそうならないのか、疑問なんだ」
「フリーじゃないからですよ、僕が」
「しかし、事実は、誰ともつきあってはいない」
「事実は、すべてではありません。心が、信じているんです。いわば、僕の意志を飛び越えて」
「宗教だぞ、それは」
「そうかもしれません、が」
「古い常識にしばられた閉鎖的な人生だ。はた迷惑なだけだ」
「すみません。でも、自分はそういことなんで。でも、一つ聞いていいですか? 店長は、いったい何に向かって『対決』しようとしているんですか? あるいは、何から、逃げようとしているんですか?」
「『売り上げ』だよ。ほらみろ、笑えるだろ。それ以上でも、それ以下でもない。さあ、話は終わりだ。帰って、寝るぞ」


 彼は佐藤マイに「自分には他に大切な人がいるから、ごめん、あきらめて」とはっきり言おうかどうか、彼なりにずっと迷ってきたが、この夜をもって、一つの決断をするに至った。
 そういうことは、言わない。今後、明言しないまま、かわいい佐藤マイとのふれあいを楽しんでしまおう。もしも、彼から言い寄れば、彼自信も、彼女に言い寄ってくる大勢の男の一人になりさがり、佐藤の心は冷めるだろう。終わろうと思えば、それで終わることも可能だ。しかし、あいまいなまま、素直に日々の仕事を楽しく、笑いあってすごしていれば、蜜月は続くのだ。これは、いわば、現実に一人のかわいい恋人を持つことと、大差ない。


 これが『愛の専門家』の店長も指摘することのできなかった、彼の罪。


 そして、翌日の午後三時、彼が一人で店のコーヒーを飲みながら休憩室でカレーライスを食べているときに、テーブルの隅のおいてあったプラスチックの四角い小物入れに『佐藤マイ』のネームプレートが入っているのを見て「こんとこにおきっぱにすんなよ、だめだなぁ」と、優しい思いやりを持って考えてみたら、昨夜の決断の罪の深さを、急に自覚したのだった。「ダメじゃん」と思った。現実に一人のかわいい恋人を持ったら、それは、浮気じゃん。

 昨夜、人生のはるかなセンバイである店長から、愛を信じることの異常性をさんざん聞かされて、幻想をはぎ取った素のままの現実に目覚めたはずの彼が、なぜまた、そういう禁欲的な自覚に至ったのかと言えば、理由は簡単だ。
 彼を『愛する人』が、店とは関係のない別のところで、実際に存在したからだ。


 ほらみろ、笑えるだろ。男なんて、それ以上でも、それ以下でもない。さあ、話は終わりだ。もう、寝ろ。





(2012 4/12)

《写真素材 足成》