神秘の島、喜仙島にて



 この話はいちおうフィクションなのだけれど、完全な作りごとというわけでもない。宇宙人、異星人、未来人、超能力者などは出てこないし、自分自身が経験した日常の延長線の話であるのだが、そもそも人が書くストーリーというものは、フィクションであってもノンフィクションであっても、いずれにしろ双方の要素を含んだ、どっちつかずのあいまいなところが少なからずあるものだし、これから僕が書くことは、とりわけそういう中間的なストーリーのたぐい、というふうに了承しておいていただけると、たぶん真意が伝わりやすくなるのではないかと思う。

 ちなみに、話としては少し昔のことになる。べつに大化の改新とか南北朝時代とかってことではないけれど、自分が最初の会社(某ホテル系列の外食ビジネス)を辞めて、しばらく経ったときのことで、その頃の僕はまだ二十代だった。

 二十代の終わりから三十の前半にかけて、そのころ人はよく『不思議な心の変化』を感じるものらしい。なにかから解放されたような、楽になったような……。悩める青春時代の終焉と考えると残念な気もするけれど、変化は変化で前向きにとらえることが吉、と自分は思ったものだ。

 そんなタイミングで、僕はたまたまある選挙を手伝った。次の定職に就くまで、しばらくはアルバイトで様子を探るつもりだったし、時間的に余裕があったということもあって。
 候補者は市民派・脱サラ系。ただし男性ではなく、自分とほぼ同年代の女性候補だった。彼女のことを、自分はなにかの縁(しりあいとか、親戚縁者とか、政党とか)で応援することになったのではなく、じつは、まったく純粋に彼女の演説や、配っていたビラの内容に共感し、こちらからメールで連絡をとり、空いた時間で手伝えます、と申し出たのだった。その候補者は、たしかに無所属初立候補だったのだが、日曜の集まりなどに足を運んでみると、じつは意外に左派系のバックボーンを濃く持っていて、彼女自身はそれまで他の左派立候補者の選挙応援のために何度もマイクをにぎっていたのだった。演説、司会、選挙カーのアナウンスまで。そういう意味では、やはり本当の意味での無所属・政党フリーということではなかった。自分としては「無所属の市民派は手伝うけれど、明確な左派はちょっと」という率直な心情があったし、自分が将来政治的なことを本業にしていくつもりもなかったので、注力しつつもバランスは常に考慮して行動していた。とくに彼女を異性として意識することはあるべきではないと思った。もちろん、ありったけの持ち金を投入し、睡眠をけずってしゃかりきにがんばっている候補者本人には、浮ついた気持ちになる余裕など、最初から全くなかったわけだが。

 もちろん、人はどんな形にしても、努力をすれば見返りがある。選挙手伝いのバタバタを通して僕が得たのは、なにより人の輪だった。学生自体に体験した学園祭のような充実したお祭り気分と(候補者は無事当選した)、そこに集っていたよき人々との出会い。
 これはいささか先入観的かもしれないが、右派というと、会社のえらい人つながりや、商店街の古い人つながりができるメリット、みたいな話になるところだろう。これが左派ということになると、スピリチュアルに関心のある人や、味噌やヨーグルトなどの発酵食品を自作する人や、世界を股にかける旅行好きの人、みたいな人たちが多くなる。中にはベネルクス三国マニアだったり、トルコやシリアに癒しをもとめて再訪をくり返したり、と、ちょっと普通はお目にかかることのできないほど珍しい趣味の人と出会ったりもした。あいにく僕自身はそこまで旅に関してアグレッシブにはなれないほうだ。「なんでなれないのですか、やってみたらいいじゃないですか、やる気の問題だけですよ」と言われてしまえば、まあそうかもしれないのだけれど、自分なりにやりたいことは別にあったので「欧州や中東の攻略はとりあえず保留ということで」と辞退しつつ「もう少し身近なことなら考えてみます」と苦笑していた。

 というわけで、島ツアーとなった。

 島というものは、本州で育った我々からすると、それだけで不思議な存在で、自分には「それがどこにあるか」ということは、あまり大きな問題ではない気がする。たとえばこれが埼玉県なら、東京の北側で、東北新幹線や上越新幹線の分岐点がある、いわば門前町的な県……とか周囲との関わりの中で存在がくっきりと浮かび上がるわけだけれど、島というのはどう考えても周囲は海ばかりなのだ。もちろん海の向こうとの様々な関わりは、歴史的にも現在進行的にもあるにちがいないが、しかしそれらはやはり『海のむこう』の関係だ。島には島の閉ざされた小宇宙がある。好むと好まざるとにかかわらず、自己完結すべきなにかがある……

 我々の目的地は、喜仙島。きせんじま、と呼ぶ。おおざっぱに言って、沖縄列島の一つ。つまり南の島だ。

 周囲何キロか忘れたが、あまり大きな島ではない。しかし小さくもない。自分は島マニアではないからまちがっているかもしれないが、およそ島というものは、火山や岩盤が盛り上がってできた岩っぽい島と、珊瑚礁が蓄積して広がった平べったい島と、大きく二種類あると思う。喜仙島は、その両方の成り立ちを併せ持っていた。だから、外周は平べったいが、東側にはわりとしっかりした山もある。

 平均気温はもちろん高いはずだが、我々が訪れたのは、暑くも寒くもない中途半端なタイミングだった。しいていえば冬に近かったのかもしれないが、たぶん真冬ではなく、春か秋に半分くらい入りこんでいる。しかし残念ながら、それが春だったのか、秋だったのか、自分はもう明確には記憶していない。もちろん月日が経ったということもあるのだけれど、やはり島という閉ざされた環境が、こちらの平均的な季節感覚とかけ離れていたから、ということが強くあるのだと思う。自分なりに細かい出来事はわりとクリアに憶えていて、それをこれから書こうとしているわけだが、季節に関しては、どうもはっきりしない。だから、本当に申し訳ないのですが、そのへんの描写は、春なのか秋なのか、不自然にミックスしたまま書きすすめていくことになると思います、あしからず。

 基本的にこの喜仙島ツアーは、トモさんこと江田智則氏と、自分、つまり若杉憩との二人旅だった。話の流れからすると、その人こそがベネルクス好きの稀少な人なのか、はたまたトルコ好きの人なのか、という予想をしがちだが、じつはそのどちらでもない。トモさんは自分よりひとつかふたつ年下の、高円寺在住グラフィックデザイナーだった。

 肝心なのは、喜仙島のことを教えてくれたのが、世界を旅する自称バックパッカー氏だった、ということ。
「島というと、屋久島が有名ですよね。たしかに屋久島もいいんですよ。自分も二回いきましたし。でも、自分が行った中では、喜仙島というところが、みょうに良かった。知っています、喜仙島?」
 
 もちろん僕は「知らない」とこたえた。じつは自分が知っている『島』(なまえだけでなく訪問して実体験的に知っている島)というものは、東京竹橋からジェット船で行く伊豆大島だけだったのだ。そこにしても、いちおう島としての暮らしや自然がないわけではないけれど、やはり東京の一部というイメージはぬぐいがたい。
 インターナショナル・バックパッカー氏の推薦してくれた喜仙島は、もちろん、そんな身近な場所ではなく、飛行機に乗ったり、フェリーに乗ったりして、ようやく到着するところだった。

 僕とトモさんの二人旅。二泊する予定だったが、行きも帰りも行程にほぼ一日かかるので、現地でゆっくりできるのは一日だけ。まあ、本格的な滞在はべつの機会にゆずるとして、とりあえず自分の目で見に行ってみよう、という主旨だった。
 広々とした羽田空港の朝日に輝く旅客機に搭乗し、到着した空港からはいったん電車で移動し、さらに港まで、てくてく歩いて、第二喜仙丸という、あまり大きくない妙にアットホームなサイズのフェリーが岸壁に着いているのを自分の目で見たとき、ついにこれから『島体験』をするのだ、としみしみ実感をもてた。

「ケイさん、ここまではいい天気だったけど、あとはちょっとあれっすね」
 と我が同行者は、エンジン音を響かせて走り出したフェリーの手すりにもたれて、海と陸の混ざり合った風景をバックに言った。行く手の空には、たしかに雲が広がっている。
「まあ、予想はしていたから」
「雨とかふらないといいっすけど」
「だよね。せっかくレンタサイクルで回る予定だったけど、雨だったらカッパ着て歩く?」
「どうせカッパ着るなら、自転車でも同じじゃないっすか?」
「そうかも。まあ、いってから考えよう」
「ですね」
 ちなみに、我々はべつに先輩後輩の中でもないけれど、彼は僕に対してはおおむね丁寧語で話してくれる。

 われわれは第二喜仙丸の大部屋客室の中で、一匹の黒猫と知り合った。名前はみゃースケ。いちおうロシアンブルーの血を引く緑色の瞳をしていたが、雑種との混血らしく、姿的には普通の日本猫だった。
「まだ4ヶ月で、やっと中学生くらいの感じかな」
 と、飼い主の和久井さんは説明してくれた……

 半日かかる船旅で、広い大部屋で我々がごろごろしていると、一匹の黒猫が若者らしい好奇心でこちらによってきて、僕たちと親しくなったのだ。飼い主さんは、ケージから出してうろつかせたことを「すみません」といちおうあやまりはしたが、そういうことは方便であって、こちらにしても退屈な船旅の貴重なエンターティメントを供してくれた黒猫に、最大限の愛情と感謝を捧げずにはいられなかった。黒い毛触りは最高にしなやかだったし、ゆれでくだったり横になっているトモさんの顔を、興味深げに近寄って頬をなめたりした。めっちゃかわいい。
「みゃースケは船酔いしないの?」
 と僕が質問すると、猫はそんなくだらない質問は完全スルーして、爪をかけて僕の肩に上がり、窓の外の風景を見ようと首を伸ばした。
 まあなんというか、傍若無人なみゃースケ君であった。

 飼い主の和久井さんは、喜仙島出身の人だった。ただし看護専門学校時代から20年以上、結婚してずっと東京で暮らしており、方言的なものは全くない。
「島の親が具合悪くなっちゃって、久しぶりの里帰りなんですよ」
「猫ちゃんと?」
「この子は、私の猫ってわけじゃないんです。島の親戚の子が、ネットで里親捜しの猫を見つけて、すっごいかわいいからつれてきて、って。それで受けとってきて、移動中ってわけ。最初はめんどうかなって思いましたけど、いざ、みゃースケと会ってみると、もう私の方がわかれるのがつらいです。いい子すぎ」
 まだ子猫の風情が残るみゃースケを抱き上げて、和久井さんがほおずりすると、猫も目を細めて幸せそうにした。

 ちょうどよかったので、僕は島のことを和久井さんにうかがった。船酔いグロッキーのトモさんは寝かせておいて。
「喜仙島って、どんなところです? けっこう旅慣れた人から『いいよ』ってすすめられて来たんですが」
「喜仙は、森が、いいよ」
「森ですか?」
 たしかにバックパッカー氏も同じことを言っていた。しかし、どういいのか、説明を聞いても自分にはさっぱりイメージがわかなかった。
「木がね、一つの世界を作っている、って感じかな」
「どういうことだろう……」
「子供のときは当たり前と思っていたけど、島を離れると、本州には全然そういうところがないから、やっぱ特別だったんだなぁ、と気がついてね」
「まあ、行けばわかりますか。僕たちはレンタサイクルで回ろうかと思っているんですが……」
「ぜひぜひ。ただ、森の方は坂が多いから、自転車だとちょっと大変かも」
「ネットで調べたら、電動アシスト付きもあるって説明があったから、それにしますよ」
「あれもね、電気あるうちはいいけど、なくなったら重いだけだからねぇ」
「そのへん、確認して借ります」
「泊まるところは決まっているの?」
「調べてはあるけど、決めてはいません。まあ、なりゆきで選ぼうかと」
「そうね、今なら、どこでも空いてそうだし。そうそう、よかったら、明日の昼、観光船、いっしょに乗る?」
 観光船については、いちおう予習してあり、我々も候補にしていることだった。川から出発して、海に出ると、奇岩帯を回ってくる、というものだった。
「いいものですか?」
「ウリは奇岩だけど、案外、川が不思議なの。海とつながって、こう、深いところで、それが神秘的な色になったりして」
「そういうことは説明には書いてなかったですね」
「普通はそうなんだけどね、私は断然、海に出る前がおすすめ」
「お昼でいいですか?」
「いいわよ」
「じゃあ、ぜひ」
 というわけで、我々は連絡が取り合えるように、ケイタイの番号を登録しあった。

 フェリーが島の桟橋に着いたのは、そろそろ夕暮れが近い時間だった。もうレンタサイクルを借りて行動するにはあきらかに遅い。かといって、このままフェリー発着場の近くの街で宿泊するのも、自然満喫ツアーの目的に反しているように思えた。
「ケイさん、タクシーありますよ」
 と、我が同行者は目ざとく紺色の一台を見つけた。運転手は乗っていなかったが、タクシー会社の家の方で客からの連絡を待っている、という状況らしかった。
「僕、確認してきますんで、移動できるとわかったら、よさげな宿、キープしてください」
 彼は右手で電話をかける仕草をして、よろしく、と走り去った。
 まあ、最初から候補はしぼっていたし、そもそも、そんなにたくさん候補があるわけでもなかった。先に除外するのは、街の中の観光ホテルと、予約が必要な民宿、そしてひとつだけある高価なリゾートホテル。それらのぞけば、あとは島の東側に二つ候補あるだけなのだ。そのひとつである白雲荘に電話すると、あっさり即決。チェックインや夕食は遅めの時間になってしまうかもしれないと伝えたが、電話に出てくれた女性は、何の問題もないと喜んで了承してくれた。共同レンタサイクルも用意してあり「新しい電動アシスト付き」が二台あるという。

 我々は、いきなりタクシーで移動という、自然満喫島ツアーとしては少々疑問符が着つくのを禁じ得ない移動手段で、島の中に入りこんだ。
 道は、けっして新しいとは言えないが、南国風の街路樹が並んでいて、しっかり観光客を意識したものだった。その広々とした風景と、沈みかけた夕日は、ちょっとした絵画のようだった。
 せっかくなので我々が島について質問すると、ドライバーさんは観光地としての島の基本を教えてくれた。
「ここは山の自然が有名だし、白雲さんに泊まるなら、明日は山歩き?」
「いや、それはちょっと。今回はレンタサイクル借りて、森の方を散策してみようかなと」
「森も、外から来た人にはいいらしいよね。それなら、戦争記念碑のところ、行った方がいいよ」
「みごとなものなんですか?」
「いや、そんなりっぱなもんじゃないけど、ただね、あそこは、昔、たくさんの人が亡くなったとこで、いまでもおばけが出る、っていいますよ。特別な場所なんだね」
「それ、怖くないですか?」
「いやいや、本当に怖いところは、別にあるから。知ってます?」
「いいえ」
「そうかぁ、知らないなら知らない方がいいんだけど、いちおう注意かねて教えとくと、白塚っていうとこがあるわけ。そこは絶対、近づいちゃダメだから。そこに行った人は、本当に死んでるから。ほら、最近、ニュースで、友だちを惨殺した女のことがあったろ?」
「ばらばらにして、生ゴミに出した、ってやつですか?」
「あの人も、半年前にここに来て、白塚に行ったらしいんだよ。けっこう変わった人だったから、俺も乗せたのおぼえてる」
「ホントですか……」
「そこで憑いたものを背負って、断崖から海に飛びこんじゃった人もいるしね。自分が死ぬか、誰かを殺すか、それはいろいろだけど、とにかく本気でおかしくなるから、絶対、そこにいくのだけはやめて。好奇心ですむ話じゃないから」
「はい……」

 もちろん、善良な我々は、そこには行かなかった。なにかすごいことを期待してこの文章を読んでいらっしゃるかたには申し訳ないですが、先にそれは、あやまっておきます。善良な我々ですみません。

 到着した白雲荘は、おもに山歩きツアーの前日宿泊に使われる宿だった。我々は今回は登山はしないが、山を目指す旅人はやはりいらっしゃって、いろいろ話は聞くことができた。
 ひところ、山の大木が高値で取引され、その伐採収穫を目的に、トロッコ列車まで作られたことがあるらしい。しかし、事故が絶えなかった。金になることには人が集まるし、多少の事故も乗り越えて豊かさを求めていくものだが、トロッコを作った責任者が巨木にはさまれ、そのうえ巨木が横に擦れて半身がミンチになって惨死してから、木を切り出す罪深さをみんなが感じ、急に寂れてしまった、と。そのとき責任者をミンチにした巨木は、いまもトロッコレールの近くに放置されており、ときおり花がたむけられるとか。登山客は、そこで祈りを捧げてから山に入っていくのが習わしだそうだ。
 
 都会から離れた島の宿。周囲に明かりなんて、一切ない。天気が良ければ満天の星々が堪能できるはずだったが、あいにくすっかり曇り空。我々は宿の食堂で、島の地酒と漬け物をいただきながら、新しく知り合った人たちと語り合って島の最初の夜を過ごした。

 翌朝になっても、天気はよくならなかった。しかし大雨という予報でもなかった。曇り、ときどき雨。そのくらいなら雨具があれば行動できる。
 朝からいきなり美味しい刺身山盛の朝飯をいただくと、登山勢は黄色や白のカッパを着て徒歩で出て行き、我々はレンタサイクルの手続きを済ませて、リュックを背負って軽快に出発した。
 ちなみに、レンタサイクルは島共通の事業で、借りたところに返さなくても、各出張所に返してもいいし、いったん返してから、別の場所でまたちがう自転車を借りてもいい、という便利な一日券システムだった。
 
 我々は、海沿いの眺めのいい道をまず走った。坂もあったが、電動アシストをオンにすれば苦にならない。バッテリーがどこまでもつか心配だったので、必要なときにしかオンにしなかったが、宿の人によると、山道でも行かなければ半日くらいはなんとなかるとのこと。昼には観光船の出発地に着く予定だし、そこにはレンタサイクルの出張所もあるはずだった。

 海沿いのひらけた道から、内側に入る分岐点を曲がる。すると、すぐにアスファルトがなくなり、草と落ち葉の田舎道になった。自動車の通るわだちにだけ、砂利がまいてあるのがわかる。が、それも古い話で、砂利はもう土と草と落ち葉にかくれそうになっている。
 畑や草原の中の道を上り、しばらく行くと、森が見えてきた。緑の盛り上がりは、まるで巨大なコケのよう。ちょうど坂を上りきり、道がくだりになった先に、本格的に木々が茂っていた。我々は気持ちよくスピードを出して森に近づいた。そこまで来ると、もう車によるわだちも消えて、ただの山道だ。ただし道幅は広い。最初のうち、木々はわりと間隔をもって立ち、密集しているというわけではなかった。都会の公園の木のようだ。ただし一本一本が巨大で、大きく広く枝を伸ばしている。そういった姿は、自分は今まで見たことがないもので、まさに異世界に来たような気分にさせられた。
 道が分岐しているところにさしかかり、僕は自転車を止めた。
「これ、どっちがいいかな?」
「どっちでもいいっすよ。てか、地図に載ってないので、考えてもムダっす」
「だね」
 僕が苦笑すると、彼は左のくだり道に向かい、スピードを上げた。
 しかし、その先には木の枝があった。その巨木の枝は、まるでヴェールのように薄く広く葉を茂らせ、道をふさいでいたのだが、なぜか、彼はそのままつっこんだ。そして、「うわー」と叫んで、その先で転倒した。
 僕は不思議な気持ちになりながら、すぐに追った。その枝の薄いしげりは、まるで森の深部と外との境界を表しているかのようだった。あらためて周囲を見回してみると、木々が枝葉で作る膜のように、内側を隔絶している。
 転倒して、斜面の落ち葉の上に横になっている彼に「トモさん、大丈夫?」と声をかけると、彼は苦笑して「なにが起こったんだ?」と肩をすさすった。
「木の枝につっこんだんだよ」
「え? そんなのなかったけど……」
「いや、そこにあるし」
 僕が指し示す方を彼が見ると、たしかに彼がつっこんだ薄い茂みがあり、不思議そうに首を傾げた。
「なんで見えなかったんだろう」
「それより、怪我は?」
 彼は身体を探ったが、痛みで顔をしかめるようなことはなかった。
「どうも大丈夫っぽいっすね。落ち葉、たまってたし」
「森に足下すくわれ、森に助けられた、って?」
「ですね」
「よかった。で、たぶん、ここが『入り口』って感じだね」
 彼は転倒したまま、僕は自転車を降りてたたずんで、森を感じた。

 森は、空気が、やわらかだった。枝葉の薄く広がるしげりの内側は、意外に広々とした空間で、まるで巨大な生命体の中に来たような気持ちにとらわれた。僕は視線を上げて、周囲を一望する。空気はやわらかだけど、少しだけ、森は怒っているようにも感じられた。たしかに、人間って、バカだから。奪いあいや、戦争ばかりして。そりゃあ人間にとっては歴史の断片かもしれないが、長寿の樹木にしてみれば、ちょくちょく惨劇を起こす、しょうもない二足歩行の動物。
 まあ、そういうことなら、僕としては「ごめんなさい」とあやまるしかなかった。別に自分があやまったからといって、何かが変わるわけでもなかったけれど、でも、今は、そうやって、こことつながっていくしかなかった。森は、森であると同時に、地球の感覚器官。むしろ地球そのもののが、ここを通して、なにかを感じている。

 地球は、しあわせですか?

 人間を、喜んでいますか?

 主は、応えない。
 でも、沈黙というのとも、ちがう。無関心でもない。

 たぶん、そこにあるのは『ゆるし』だった。
 僕は、そう理解した。

 そして、透明な涙を流していた。


 ほぼ予定どおり、我々が昼に観光船の発着場に着くと、すでに和久井さんは、屋根付き20人乗りの観光船のシートに座り、みゃースケをだいて手を振ってくれた。
「まだ時間あるから、ゆっくりねー」
 横に連れの人が二人いる。他に客はひと組の男女しかいなかった。
 我々は、レンタサイクルを駐車場に止めて鍵をかけ、バッテリーの充電を依頼してから、観光船のチケットを買った。そろそろ空腹を感じていたが、観光船がおわってから、横のレストランでなにか食べよう、と話し合った。

 流れのない川の桟橋から、エンジン音を立てて出発する船は、さながらベトナムやラオスあたりの農作物をのせた運搬船のようだった。あるいは本当に、もともとそういう仕事をこなしていた船なのかしれない。だが、今は座席が固定され、グリーンシートの屋根もつけられている。
 空は、少し雲の切れ間が現れ始めていた。まだはっきりと青空がのぞくということはなかったが、雲の薄いところがところどころ温かく白く輝いていた。
 水面はそんな空を鏡のように写していたが、ある場所に来ると、水の色がエメラルドブルーに変わり、周囲の森の風景と静止画のように調和した。船はいったんエンジンを切って、惰性ですべった。自然が、そこにあった。我々は息をのんだ。人間が作るビルや、都市や、芸術とは、全くべつの高貴なものが、そこに存在していた。シンとしていたが、ある意味、ひかえめに存在したのではない。正々堂々と、自然自体が王者であるかのように。人間なんて、あってもなくても、どうでもいいことのように。

 じゃあ、猫は?

 ふと見ると、みゃースケは、和久井さんの股の上で、完全に脱力していた。
「みゃースケ、和久井さんにべとべとですね」
 と僕が言うと、彼女は首を振った。
「ちょっと具合がわるいみたいなの」
「え?」
「なれない旅のせいかしら」
「猫ですからね……」

 そのあと、観光船は海に出て、奇岩をまわった。波で作られた自然のドームみたいなものが一番の名所らしいのだが、そこでは僕は特別な印象は持たなかった。ただ、岩の質が部分的に異なることで、侵食のスピードにちがいがあってできただけのこと、と理解した。

 和久井さんたちとわかれると、我々は観光船発着所の横のレストランで昼食をとった。店自慢の海鮮ラーメンが美味しそうだったが、我々としては朝も刺身で、きっと夕食も海のものになると考えると、このへんで海以外のものを食べておく方がいい、と計略を立てて、僕はラーメン、トモさんはカレーにしたのだ。正直、まったく期待していなかったが、ラーメンは煮干しが効いたスープ、カレーはイカ入りの魚介カレーで、なかなか美味しかった。

 とりあえず、森も、エメラルドブルーの水面も、心から堪能したので、午後はのんびりとフェリー着き場のある街の方にむかって自転車をこいだ。道も平坦だ。時間的に余裕があったので、タクシーの人に教えてもらった戦争記念碑によったり、小さめだけれど古い歴史ある寺によったりもした。
 
 そんなこんなで、けっこう疲れて、日暮れ前に街に到着。足など筋肉痛になりそうだった。宿はフェリー着き場からすぐのところに決めた。安くて、大部屋で雑魚寝というところだったが、そばに島唯一の銭湯があり、これが魅力だった。実際、想像以上に素晴らしかった。温泉ではないが、温泉施設と称しても過言ではないくらいに自然な水質の湯と、広々とした湯船。

 湯につかって、僕は彼に正直に聞いてみた。
「トモさん、この島、どう思う?」
「やばいですよ、よすぎます」
「だよね。自分もそう感じる」
「やばいというのは、両方の意味ですけどね。素敵な半面、怖くもあるという」
「そういえば、怪我、大丈夫?」
「不思議なくらい擦り傷ひとつなく、です」
「森に抱かれたんだね」
「まあ、ちょっと痛かったのはたしかですけどね」
「自分は、なんか、島がいいというより、むしろ自分のダメさを、知らされている気がする」
「ダメさっすか?」
「人間て、ダメなんだよ。バカなんだ。戦争とか、人殺しとか、ばっかで。だから、もっと謙虚に、ちゃんとやんなきゃ、って思わされる」
「ケイさんは、いろいろ考えるっすね」
「そうでもないと思うけど、感じるものは感じる、ってことかな」

 寝室は大部屋だったし、もちろん食事も大部屋。高校生の部活の合宿と重なったらしく30人ほどの若い男女が我々と食事を共にした。ふざけたり、怒ったり、笑ったり。すると、
「うるさくてすみません」
 と、丁寧に頭を下げてくれた女子がいた。
「高校の合宿かなにか?」
 僕が質問すると、彼女は正しい姿勢で、きっちりとうなずいた。
「鹿児島の高校の剣道部です。(本当は高校名を言ったはずだが、もう憶えていない)私は副部長をしている小早川と言います。ご迷惑などありましたら遠慮なくおっしゃってください」
「これはこれは、ご丁寧に」
 僕が苦笑すると、トモさんがビール片手に質問した。
「君たちの高校って強いの? ていうか、こんな島で、と言っちゃあれだけど、わざわざ合宿に来るところなの、ここ?」
 すると彼女は、待っていました、とばかりに目を輝かせて説明をはじめた。
「喜仙島は、古来、武術が盛んな島だったそうです。日本本土からも、沖縄からも、いろんな勢力が関わってくるなかで、独自の武術を練り上げてきた、と。今に伝わる技術というのはもうほとんどないそうですが、山の神社に武道の神が祭られています。そこにお参りして、練習は中学の道場を使わせてもらう、というのが、大会前のうちの高校の習わしなんです」
 このとき、あえて彼女は強いかどうか、には言及しなかったが、何となく察せられることではあった。僕はのちに、彼女自身が全国大会に名前を連ねているのをネットで発見して、なるほどなと納得したものだ。 
 
 そんなにぎやかな夕食の場に、和久井さんがお菓子を差し入れに来てくれた。焼き菓子に蜜をぬったもので、予約しないと手に入らない人気の品らしい。わざわざ、お土産用と、ここで食べる用と、わけて用意してくれていた。
 和久井さんには、小学6年生の女の子がついてきていた。ネットでみゃースケを見つけた美弥ちゃんだ。見ると彼女の腕の中で、みゃースケはあいかわらずぐったりしてグロッキー状態。
 これが最後になりそうだし、僕はみゃースケを譲り受けて、力のぬけた身体を抱いた。優しくなでながら「幸せになりな」と別れの挨拶を送った。
 このとき、僕は、ふと、あることに気がついた。感覚的なことで説明しづらいのだが、みゃースケには、なにかが『絡んで』いる。
 僕は長椅子の空いているところに移動して、みゃースケをそこに下ろした。じっと動かない猫の身体に、上から手をあてて探った。猫らしい柔らかに手触り、それはとくにかわりない。いつもとおなじ。けれども首と肩の間のあたりに、妙な違和感があった。身体の中側か、外側か、よくわからない。形ではなく、空気のようなものだ。でも、不思議と、なにかがある。線のようなもの。それが絡んでいる。僕はそこに触れて、線を『ずらした』。髪を櫛でとくように。ひっかかっている感じもわかったし、真っ直ぐスッキリした感じもわかった。こんなことは、自分でも初めてで、なんでこんな感じがするのか、理由はまったくわからなかったが、みゃースケは、それで急によくなった。立ち上がって、こちらを一瞬見つめて、スッと椅子から飛び降りて、いきなり走った。
「おい、どこ行くんだよ」
 と僕が声をかけ、美弥ちゃんも叫んだ。
「みゃースケ」
 すると猫はぐるっと食堂を走ってから、美弥ちゃんに走り上がり、その手の中にスッポリと手品のように収まった。

 どうしてそんなことが自分にできたのか、理由はわからない。ただ、ひとつ確かに思えたのは、それはここの森とつながっている、ということだった。実際のところ、自分の行為でありながら、自分でやった、という感覚ではなかった。むしろ『やらせていただいた』というのが正直なところ。

 翌朝も、食堂は大賑わいだったが、もう我々も理解しているので、仲良く同席して、美味しい朝食をいただいた。こういう雑魚寝の安宿だからだろうか、食材費はけちらずに贅沢しているようだ。朝から刺身も焼き魚も食べ放題。そもそも先に朝稽古をしてきた彼・彼女らの食べっぷりは、すがすがしいの一言だった。
 ただ、なぜか昨夜丁寧に説明してくれた副部長の女子の姿がなかった。その理由は、じきにわかった。食事を終えて、我々が帰る仕度をしようと大部屋に戻ると、となりの女子の大部屋に横になっている生徒がいて、それが小早川さんだったのだ。
 生徒たちは練習ですぐに出て行ってしまい、掃除の方が部屋に出入りしはじめていて、二つの大部屋を仕切る移動式の壁を半分開けていたから、我々にも彼女の横になっている姿が見えたわけだが、それは気まずいこと、と眼をそらそうとしたとき、彼女はわずかに頭を下げて「すみません、ちょっと、お願いできませんか?」と小声で言ってきた。
 僕は、トモさんを見て首を傾げた。
「なんだろう?」
「なにかできることがあるなら、手伝うのは別にかまわないっすよ。あまり時間はありませんが」
「30分くらい?」
「はい、そのくらいっすね」
 僕は、移動式の扉を抜けて、小早川さんに近寄った。
「どうしたの?」
「急に身体が、動かなくなりまして」
「ぎっくり腰かなにか?」
「そういうわけではなさそうです。うちの顧問は整体師の資格もある人ですが、診てもらっても、さっぱりわからないって」
「それは困ったね」
「あの……昨日、ネコちゃん、見ていました」
「え?」
 みゃースケが急に元気になった、あの不思議な出来事のことだろう。
「ちょっと、私にも、やってもらえないでしょうか?」
「僕が?」
「はい。よかったら。私、何となく、それが必要な気がするんです。すみませんが」
「いやいや、すみませんとか、そういうのは、なしでいいから。でも、僕はなんの資格も持ってないし、それに君は女子で、女子の身体になにかをするというのは、いろいろと問題になることかと」
「大丈夫です。あちらの、もうひとりの方が、立ち会いになっていただければ。私の方からお願いしたということで、どうか」
 その声の感じから、本人は本当につらく、困っている状況が伝わってきた。いつもの丁寧な言葉づかいで平常心を保っているが、大切な合宿中に動けなくなってしまうなんて、普通の女子高校生なら泣いてしまうだろうし、副部長ともなればなおさらだ。しかも整体師の先生が診ても原因がはっきりしない、という……
 まあ、ダメ元、ということで、僕は、仰向けになって寝ている彼女の横に座った。しっかりと盛り上がったおしりと、スッキリとしたウエスト、筋肉質の肩。ハンパなグラビアアイドルなどよりよっぽど魅力的なスタイルだ。僕はそこに手をかざす。すると、いきなり、もつれた線を感じた。理由はわからないし、なんの線かも、わからない。たぶん、剣道部としてのことや、ひとりのスポーツ選手としての悩みや、学校や、家庭や、将来の不安や、いろんなことが関係しているのだろう。礼儀正しい外見とは裏腹に、背骨のあたりから感じる彼女の内面は、完全に混乱し、悲惨ななにかがあると、感じられた。
「君は、好きな人とかいるの?」
「はっきりとした相手は、いないです」
「つらいことをされたこと、ある?」
「誰からですか?」
「わからないけど、君が女子であることに対して」
「なくは、ないです」
「その一つ一つを、僕がどうにかできるわけじゃないよね。もちろん。ただ、もつれているところを、真っ直ぐ流すようには、してあげられるかもしれない」
「おねがいします」
「少しさわってもいい?」
「どうぞ」
 と言っても、僕にはそのもつれが、彼女の身体の中側にすべてがあるとは感じなかった。それは、みゃースケのときと同じだった。内面と、外面。ただ、みゃースケは、ズレを正すくらいでよかったが、この子の場合は、もっと複雑に絡み合い、線が横にも縦にも入りこんでいるようだった。強引に櫛ですこうとすると、なにかが切れてしまうかもしれない。特に、この一番弱そうな……
 その線に触れたとき、彼女は涙腺のスポイトをギュッと絞ったかのように、急に大量の涙をあふれさせた。僕はすぐに「気にしないで。そのまま、楽になれ」とアドバイスした。
 正確には、その線がなんだったのか、僕にはわからない。ただ、可能性として考えられたのは、彼女がレイプされたときの記憶、みたいなことだった。具体的には違うかもしれない。ただ漠然と、そういうものだったのだろうと、僕は感じた。その悲しい線が、大量の涙で緩むと、ようやく『櫛』をとおせる状況になってきた。長い黒髪をすくように、重なり合った線を、一本ずつ真っ直ぐにしていく。
 
 彼女は、動けなかったことがウソであるかのように、急に立ち上がった。その場で二三回ぴょんぴょんと跳び、唖然として膝をついたままの僕の前にしゃがみ、右手をさし出してきた。僕はその手をとり、固い握手をした。その場に、言葉は、ヤボと感じた。そんな簡単なことではない。大切なことに触れ、治し、感謝された。女子っぽくないしっかりとした手で、想いを込めた握手をされ、僕も目が潤んで鼻をすすった。

 この特技のようなものは、うまくすれば、けっこうビジネスになったかもしれない。けれども、島を離れて帰ってきてからは、もう明確に人の背後の線を探ることはできなくなっていた。まったく感触がなくなったわけでもなかったが、いわゆる『実用レベルではない』ということろ。
 それが、あの島の森の不思議な力だったのだろう。そう理屈づけできるはっきりした理由があるわけでもないが、そう考えないと、他に理由が思いつかない。
 大切なのは、僕は、島の森に触れ、森からなにかをいただき、混乱を解くという形で、他者に影響を及ぼした。それは、うれしくて、美しくて、かけがえのないものだ、ということ。

 ところで、ここまで読んでくださった方なら、もう気がついていることではないかと察するのですが、じつは、この小旅行により、名前を憶えている何人かの人たちと貴重な体験をし、さらに治療に似たレベルの特別な行為まで自分でしていながら……そういう明確な記憶がありながら、どういうわけか、今、調べてみると、グーグルマップにも、Yahoo!マップにも、喜仙島がみつからない。
 もちろん地図だけではない。第二喜仙丸のことも、レンタサイクルのことも、白雲荘のことも、なにもかもがネットから消えている。
 トモさんとは、連絡がつかなくなって久しい。

 つまり、あなたにとって、何が正しいか、ということではない。

 森は、心にある。

 そっと、どこまでも、やすらかな風と共に。





(2017/12/2)(C)Naoki Hayashi