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シンプルであることのよさを、彼はよくわかっていたから、いつまでも人形を愛してやまず、その一方で、複雑すぎる自らの存在や、人々の営む社会を憎んでいた。そんな彼が、気まぐれな自然の風に注目したのは不可解な話だが、実際には、おそらく風の方が、彼をとらえたのだろう。
そして風は、言葉に含まれるもう一つの意味を彼に教えようとした。彼がはたして風の伝えようとしたことを理解したかどうかは定かではないが、彼が受け取った内容は、僕たちが知る『風の読み方』として、あのノートに記され、残ることとなった。
未来に関して、僕たちはあまり多くを求めない。これは過去と未来を天秤にかけた結果なのではなく、そもそも未来とは草原のようにとらえどころがないものだからだ。30センチほどに伸びた草が太陽の光を受けて風になびく。無防備な僕たちは、大地にふせて未来をやり過ごそうとするが、風はすべてを平等にゆらすから、僕たちは、また、孤独を感じてしまう。
僕たちに何ができるのだろうか。自問のために穏やかな水面に身体をさらす。しかしそれが答えにならないことは、本当はもう知っている。美しいときもあれば、醜いときもある。そして僕たちは、また移動を始める。
どこかに門があるはずだ。そこではロッキングチェアに老婆が座って編み物をしているのだ。老婆は「ずいぶん遠くから来たね」と僕たちに声をかけてくれる。「でも、あなたは?」と僕たちが問うと、その声は、耳の悪くなった老婆には、永久に聞こえることがない。
僕たちは門をながめて立ち止まるだろう。ただながめるだけだ。この門の向こうに何があるのかを、考えることはしない。なぜなら『考えること』は、何一つ門の向こうに持ち込めないと知っているからだ。
僕はふりかえって「少しだけ森をずらそう」と言った。
君は柑橘系の香のような笑みを浮かべて晴れた空を見た。
(2008 12/1)