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ふと、思い出す父の名言。「迷惑をかけない、と断言する人に限って、必ず迷惑をかけてくる」
僕はうつむき、力なくつぶやく。
「もう、いいですか?」
しゃべり担当の男が、急に不機嫌さをあらわにする。
「いや、まだ、まったく話は終わっていない。『もういい』とはどういうことだよ。もういいもなにも、何も進んでいないだろ? とにかく、君じゃあ話にならないから、お姉さんと直接連絡できるように取りはからってくれないかな。それは何よりも、お姉さん自身のためなんだ。君は理解していないようだけれど、ほおっておくと後で取り返しのつかないことになってしまう。我々は本当にお姉さんを真面目に心配しているんだ」
「心配、ですか?」
「もちろん。だからわざわざここまで来ているんだ。我々だってヒマじゃないんだよ。やらなきゃならないことはたくさんある。食事をとったり風呂に入ったりするヒマもろくにないくらい忙しい。それでもここに来ている、ということの意味、少しは察してくれないと困るな。まあ、我々の苦労なんてどうでもいいんだ。大切なのは、お姉さんの安全だ。さあ、教えてくれ、君が知っていることを」
この人たちは、理屈じゃない。話し合っても意味がない。成果が欲しいだけ。要するに姉の居所を知りたいだけなんだ・・・
「申し訳ありませんが、僕たちの家族の総意として、これ以上の会話は希望しません。もし、あなた方がすぐにこの敷地から立ち退かない場合は、施設占有権に基づき、住居侵入の罪で警察に通報します。よろしいですか?」
男は両目を大きく見開いた。
「ああ? そういうこと? わざわざ親切で来てあげているのに、そういう対応しかできないの? それはちょっとひどすぎないか? ま、じゃあ、いいよ。それがご希望なら、出ていってあげますよ。しかし、この前の公道で何があっても知らないからな。施設外での自由は『万人の権利』だ。おまえが一歩家を出たら、何が待っているか、よく考えておきな。もちろん、姉さんもな。忙しいお兄さんたちを『住居侵入』だなんてあしらったら、あしらったなりのつぐないをしてもらわないと、フェアとは言えない。おまえ、言ったよな、『住居侵入』って? 『住居侵入』って言ったんだ、その口で。『住居侵入』だぞ。誰のために来てやっているのか全くわかっていない。わかっていないにもほどがある。人の誠意を考えもせずに、そういう無礼なことを言ったら、それなりのつぐないをさせられるんだ。それがまっとうな社会の常識だからな」
「脅迫ですか?」
「いえいえ、めっそうもございません。『よく考えてください』ってるだけだ。その頭でっかちな脳ミソで、いろいろ考えてみろ。さぞ面白い想像ができるんじゃないか、と思いましてね。想像は、脅迫ではなく、エンターティメントだ。後ろから頭を殴られて死んだり、ナイフで首を切られたり。その流れる血をとめる術もなく、意識が遠のき、後悔してもはじまらないと悟る。そういうエンターティメントって、よくある気がするなぁ。ゲーム、とか? 映画も?」
後ろの男たちが「あるある」と頷く。
僕は心の中でため息をつく。何より、彼らが優位なのは、ヒマがある、ということだ。忙しい、なんてウソなのは火を見るよりも明らか。とてもつきあっていられない。
「わかりました。では、本当のことを言います。あなた方が探している姉とは、僕なんです」
やつらがじろじろと僕を見る。
「ありえねー。そこまでして姉さんをかばいたい気持ちには、ちょっと同情するが、我々が探している本人がおまえじゃないことは歴然としてる。声も違うし、顔も違うし、胸もない。あるいは少しくらい仕事で姉さんを手伝って代理くらいやってるかもしれないが、それとこれとは話が別なんだ。我々が探しているのは、おまえではなく、おまえの姉さんなの。わかる? おまえなんかじゃないの」
・・・しかたがない・・・ですね。
「わかりました。では、お手数ですが、明日、また来てください。同じ時間で、いいです。今すぐには僕も何も答えられないから。本当に知らないんです。でも、夜にはここに戻ってくるか、少なくとも連絡が入ります。確認してから、明日には、何らかのお答えを用意しておきます」
「時間が欲しい、ってか?」
「それが僕にできる唯一の方法です」
「ま、どういう細工をするか、我々にはわかっちゃっているけど、それも楽しみのうち、かな。一つ言っておくが、手間をとらせればとらせるだけ、つぐないも重くなる。それが世間の常識だってことは、よく知っておいてもらいましょう」
「はい、わかりました」
「『わかりました』か。全然わかってねえみたいだな。言っとくが、我々はしつこいぜ。いくらはぐらかしたって、追いつめる楽しみが増えるだけだ。住所を変えるとか、電話番号替えるとか、そんなことをすればすぐに足がつくしな。まあ、楽しませてもらいましょう。明日は、ちゃんと面白いことを聞かせてくれよ。『面白いこと』でなかったら、お兄さんたち、怒っちゃうからな。約束したぞ」
男たちが笑いながら去っていく。僕はホッとすると同時に、妙な悲しみにとらわれてしまう。本当のところ、だまされているのは彼ら自身なのだ。警察やワイドショーが探している、というシナリオを書いたのは、姉。少なくとも僕はそう理解している。
そして、その姉とは、やはり僕自身。
演じる、ということの罪深さ。
いつも思うことではあるけれど。
作品という空想の世界だけならばいい。
しかし私たち作り手が現実とクロスすることで、狂気じみた騙しあいとなる。
それは、そういうもの。
私だけに起きている特別なことではない。
わかっているけれど、なぜかいつも、少し悲しい。
目の前に、ニンジンをぶら下げられた馬。
まさにそんな感じなのね。
何もかもが。
でも、馬って、そんなに『ニンジン』が好きなのかな?
(2010 8/27)