海の幸福

 僕は海がとても好きだ。
 もちろん海には危険なところや、汚れたところもたくさんあるけれど、あまり都会の人の来ない田舎の静かな入り江で、自分のペースでゆったりと泳ぐのは、とても素敵なことなのだ。

 いや『泳ぐ』という表現は誤解を受けるだろう。僕が好きなのは、より正確に言うなら『漂う』だ。

 我々は肺に空気をためた状態でじっとしていると、普通は身体が水に沈まない。足のつかない深い場所でも、じっと立ち姿勢でいると、なんとなく額のあたりに水面が来て落ち着く。水中眼鏡の中から、上に目を向けると、海面が近づいていてキラキラとしている。そんな姿勢でじっとしていれば、とくに運動している状態でもないので、けっこう息は持つ。究極のリラックス姿勢。
 その姿勢から、顔を10センチほど海面に上げるのは、全然難しくない。両手で下にひとかきすればオッケーだ。
 顔を水面に出して、息を吸ったら、無理しないで脱力して水に沈む。縦にまっすぐ沈む。

 海に包まれていく、これがちょっと気持ちいい。

 でも空気を吸った状態だと、あまり深くは行けない。自然と身体が上がってきて、また額のあたりに海面が来る。

 じっとして、とりあえず無理なく眺められる海中をキョロキョロする。そのうち、また空気が吸いたくなってきて、両手でひとかき。顔を水面に出して、大きく息を吸い、脱力して沈む。

 この繰り返しをしている限り、なんの苦労もない。楽に海面に漂っていられる。ときどき息を吸うときに水をかくだけだから、全く疲れないし、息苦しさもない。
 
 脱力して漂う海。
 足をブラブラしても、動きをさえぎるものは何もない。
 全身が自由そのもの。
 なんという幸せ状態だろう。

 脱力して漂うコツをつかんだら、ちょっとだけ前に進んでみる。
 あまり強く進もうと筋肉を使うと息が切れるので、頭を下げてのったりと身体をくねらす。頭を下げると、自然と身体と足が上がってきて、水平の泳ぐ姿勢になる。無理のない程度に手や足も動かして、ちょっと進んでみる。

 実に快適。

 息をするときだけ、少し強めに両手で水をかいて、顔を上に出す。息を吸ったら、また脱力。そのとき頭を前方に落とすようにすると、水のひとかたまりを乗り越えるかのように、自然と身体が前に進む。

 これも快適。

 余裕ができてきたら、少し欲を出して、潜ってみる。
 この時、基本は逆立ちなのだ。

 身体を水平にしたまま、深くに行こうとすると、身体の浮力がじゃまをしてくる。それを押さえ込もうとすると、体力を使ってしまう。
 だから潜る時は、思い切って逆立ち姿勢になる。頭を下げて、足を上に。
 足の重みで、身体が沈む。
 調子に乗って、少し手で水をかくと、わりと無理なくすいっと沈んでいける。
 しかし、すぐに水中メガネが痛くなる。水圧がかかるからだ。人の身長くらいでも、水圧はけっこう強いし、身長の二倍くらいまで行くと、かなり痛くなる。スキューバダイビングでも4メートルくらい潜ったら最初の『耳抜き』をするらしい。
 でもまあ、そんな無理なところまで潜らなくていい。脱力系の素潜りなのだ。足の重みで、肺の空気で浮き上がろうとする上半身を押さえつつ、しばし水中観察。

 群れになって泳いでいる小魚たち。
 小さな胸びれをひらひらさせて可愛く泳いでいくフグ。(ドクを持つものは強気なのだ)
 ボラやカマスは、水中で生きた姿にでくわすと、恐ろしく巨大に見える。

 そして、一番素敵なのは、海底の砂場。

 海面のあたりからだと、水の厚みでぼんやり暗く見えた砂場が、潜って近づくと、だんだん嘘のように白く輝いてくる。そこにだって、ちゃんと光は届いていたのだ。波の模様ができた海底の白い砂場は、とてつもなく美しい。
 
 息が苦しくなって、上を見上げると、海面がキラキラして、それもまた、とてつもなく美しい。

 息を吸うために、海面に達して、顔を出し、空を見上げると、そこには夏の青い空。それもまた、とてつもなく美しい。



 この話に、オチなんてない。
 海の心地よさと、とてつもない美しさに包まれると、もうオチなんて必要ないと感じるのだ。



 けれども、海底の美しい砂を間近に見るようなとき、僕はいつも少し心の痛みを感じる。
 こういう素敵なことを、だれかに伝えたくなる。
 その素晴らしさを、他の人とも共有したくなる。

 しかしそれは、意外にもなかなか難しく、今のところ、まだ『共有』できたことはない。基本的に、ほとんどの人が海で関心をしめすのは、水着の女の子たちか、食料としての海中生物だからだ。

 むしろ「きれいだなぁ」とぼんやりして、心地よさを満喫する僕は、甲斐性なしで、非生産的で、ダメ人間のような気持ちにすらなってしまう。

 でも、僕が海を好きな気持ちは本物だ。海の美しさも、心地よさも、みんな本物だ。もちろん、我々は海中に暮らすわけではないから、現実の困難や苦悩が、それをもって全て解決するというわけではないけれど、それはそれで肯定したいと思う。

 それが海というものなのだ。

 海で漂う幸せ。
 コツは、息をたくさん使わないこと。
 細く、長く、逆らわず。
 大きなやさしさに包まれて、ゆったりと進むのだ。





(2007 11/21)