雪の声


 
 これから暮らす街の駅に、初めて降り立とうとしたときの緊張感。
 それは、特急列車が駅に着く一時間ほど前から始まっていた。その時までは緊張というよりも、旅の叙情に包まれ、風景を眺めたり、過去や未来のことを考えたりしていたのだ。
 一人で旅をしながら、自分について考えること。特に哲学者を気取りたいわけではなくても、人は暇な時間があれば、自分とはなんなのだろう、とよく考えるものではないだろうか。それは人にとって最大の謎であり、同時に最良の暇つぶしでもある。
 自分について考えていると、本当に退屈しない。
 もちろん自分という存在は、一人ですべて成り立っているわけではなく、常に外からの刺激や影響を受け続けている。特急列車の暖房の利き具合もそうだし、窓の外の変化していく雪景色もそうだ。友人たちとのやりとりや、親の小言、毎日の食事、学力テストの点数、出会った本や音楽の影響などもある。

 なぜ北の街で大学生活を送ることにしたのか、それもまた、考えてみれば自分の意志というよりは、現実の関係から押し出された成り行きと言った方が、より正確だったかもしれない。北の街に憧れをいだいていたのは事実だけれど、何もかも捨てて実現したい、というほどの強い想いではなかった。まあ、機会があればそういうのもいいな、と思っていた程度だ。
 はっきり言って、親や、友人や、教師、誰からも賛成してもらえなかった。少なくとも将来に希望を持つ者は、地方ではなく首都を目指するべき、という共通認識があって、それを真っ向否定するほどの強い意志が、僕にあるわけではなかった。
 けれども、自分の選択を後悔しているというわけでもない。北に向かう列車に乗り、気持ちが後ろ向きになるのは、むしろそれこそが自分らしい美学とも思えて。
 
 新しい場所。
 これから始まる北の街での学生生活。
 もちろんそこが楽園でないことは承知していた。どちらかというと、楽園とは反対の現実が待っているかもしれない。今はまだ未経験の北の自然も、やがて当たり前のものとなっていくだろう。
 僕は関東で生まれ育ち、雪には憧れがある。スキーも好きだ。しかし北の土地で育った人は、こぞって「雪はじゃまなだけ」と言う。僕もしばらくしたら、そういう感想を持つようになるのだろう。しかし今の僕にとっては、そういう変化も、未来への期待の一部となっている。
「雪はじゃまなだけ」という実感を持つようになったとき、僕は雪が降るのを見てどう思うだろう。「もう降らなくていい」と思うだろうか。それとも「じゃまだけど、やっぱり美しい」と思うだろうか・・・
 そんな期待の一つ一つが積み重なって、いよいよ列車があと一時間で目的地に着くとなったとき、急に不可解な緊張が強烈に全身にのしかかってきた。
 ペットボトルのお茶を飲むときも、手が振るえてキャップを落としそうになる。風景を見る姿勢も落ち着かず、頭をガラスにもたれかけてみたり、ほおづえを突いてみたり、それは長い旅の間にずっとしてきた姿勢なのに、一つ一つがぎくしゃくとして、何もかもが未経験の不慣れなことと感じられてしまう。
 僕は、僕の意志を越えて、僕の身体が、その新しい現実を受け入れる用意を始めているように感じた。短い旅でも似たような気持ちになることはあったが、やはり『初めて』の意味が違う。
 僕はうまくやっていくことができるだろうか。
 もちろん言葉や習慣で不自由する外国に行くわけではないから、現実的に心配するほどのことはない。それは自分でもわかっていた。
 では、何が緊張をもたらすのか?
 一番の原因は『最初の出会い』ということかもしれない。
 本当は受験のときに一度訪れているから、全くの初めてではないのだが、あのときは将来が確定しておらず、僕の気持ちが『旅人』だった。旅行で訪れる多くの場所の一つに過ぎなかった。しかし今回は事情が違う。今日からは、ここで暮らすのだ。その最初の一歩を、どのように踏み出していくか。
 僕には経験がなく、考えばかりが空回りして、ますます緊張が高まるうちに、車内アナウンスが流れた。長い乗車時間のわりには、最後の乗り換えの案内はシンプルで、それはつまり、この先の乗り換え列車がほとんどないことを意味しており、僕は不用意にジャブを受けたボクシング選手のような衝撃を受けてしまう。
 網棚から荷物を下ろし、座席の下からギターケースを持ち上げ、通路に立った。終着駅なのであわてる必要はなかったが、立ち上がってしまうと、再び座席に座る気にはなれず、肘掛けに腰掛けて、減速していく列車の静かな振動を感じた。列車は残り少ない移動を噛みしめるかように、ゆっくりとプラットホームに入っていった。

 僕がホームに降り立ったとき、そこには小雪が舞っていた。除雪されたコンクリートの上を、ドライな雪は風に乗り、ほとんど溶けることなく飛ばされていく。
 僕はギターケースを恋人のように左手に抱きかかえ、凍り付いた雪の残っているホームを歩いていった。列車から降りた人々にしたがって階段をくだり、地下通路から改札に向かう。この駅には地下に改札があり、二人の駅員が切符を回収していた。そこを抜けると、みやげ物や日用雑貨を売っている地下の商店街にまぎれ込んだ。いきなりの濃い生活感に、くらくらと混乱してしまう。エスカレーターを見つけて一階に上がると、そこはやはり普通のコンコースで、見慣れた切符売り場や改札に、一瞬の幻想から覚めたかのような安堵感をおぼえてしまう。
 
 僕は駅から外に出た。
 駅前の雑然とした風景。広々としているが、きっとどこにでもある中規模都市の、駅前の風景・・・
 そして空を見上げた。
 ゆうぐれ間近の鼠色の空から、無数の雪が舞い落ちてくる。
 初めてなのに、ずっと前から知っているような気がする不思議な感覚。
 それがいいことなのか、悪いことなのか、僕にはわからない。
 ただ、強く胸が締め付けられ、寒さを忘れて、たたずんだ。
 
 雪・・・
 それは好きな人が発する、なにげない言葉のよう。
 とらえようのない神秘的な空から、そっと降ってくる小さなもの。



 つまり、逆に考えてみれば、好きな人との出会いというものは、初めての街に列車から降り立つ瞬間の、ぎくしゃくとした緊張感ようなものかもしれない・・・



 僕は雪の声を聞きたかった。
 ずっと昔から、ただ、それだけを願い続けてきた。