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ごめんね、タクヤ。私は、やっぱりダメだよ
なにが?
タクヤとは、ここでさよなら
そんなの、ヘンだって
行かせて、王のもとに
ユリ!
ずっと望んでいたことなの
そんなのヘンだって
僕らでいい葬式やってやろうぜ
ごめんね
私、この愛、好きなの
大切な宝物だから
そんなこと
わかってるけどさぁ
私の最後の祈り
タクヤ
あなたに……
ユリの身体が水中で光を発し始めた。ユリの身体が熱くなる。ユリの心の激しさが、つかんだ腕から電撃のように伝わってくる。タクヤは思わず気を失いそうになった。空気もない水中で、ただユリの輝きを受けとめる。タクヤは、ユリと出会った日に、ユリが言っていたことを思い出した。『祈り』は自分の命を削る行為。だから一度にたくさんすると自分が死んでしまう。
あのさぁ、僕のためなんかに祈ってどーすんだよ
祈るんだったら、相手が違うだろ
僕とは、祈るんじゃなくて、いっしょに生きるんだろ
勝手に祈って死ぬなよ
そんなこと、僕は望んじゃいないんだからさ!
タクヤの意志を凌駕して、ユリの輝きが増していく。タクヤはおなじみの痛みを足から全身に感じたが、今回は痛みを超越し、心地よい波動に変質した。輝きがタクヤを包み込み、足を治してしまう。足から身体に広がっていたものも、全て治しきってしまう。タクヤはただひたすら、ユリの輝きに圧倒された。彼女の太陽のような輝きに耐えるだけで精いっぱいだった。
そのことが……嬉しかった
ユリの輝き
やっぱり輝く人だったんだね
何かを言わなくちゃ
最後に添える言葉を
……ありがとう……
ユリに会えて、よかった
何もわからない自分を支えてくれて
僕はずっとユリといっしょにいた気がする
ホント、わけわかんなかった
自分が誰か、とか、ここがどこか、とか
君がいたから、自分を信じられるようになった
憶えてるかな?
列車の中で僕が『自分が誰かわからない』って言ったら
ユリはなんて言ったと思う?
『タクヤが誰であっても、今、ここにあなたがいるのは本当なんだ』
そうだよね
僕は、僕としてここにいる
当たり前のことだけど、うれしかった
ここにいるって、ユリが言ってくれたことが
ユリがいたから、僕がいる
その事実が、とてつもなく嬉しかった
僕を救ってくれた
それが、ユリだったことが
最初から最後まで
全てはユリがいたから
でも、これからは違う
僕の番だね
みんなに言うことにするよ
君たちがいるのは、ここだって
他のどこでもない
ここにいるんだ
だよね
ありがとう
ずっと忘れない
さようなら
ユリ
ユリはタクヤから離れ、水中に沈んでいく王を追った。彼女が再びタクヤを振り返ることはなく、王を堅く抱きしめ、共に海底に消えていった。漂う血が軌跡を残し、ゆっくりと広がっていく。
タクヤは水をけって、海面を目指した。
海面に飛び出して、息を大きく吸うと、目眩がした。
マンスフィールド号は、ほぼ海に沈み、まだ海上に出ている艦橋部分は炎に包まれていた。
複数のボートが人々の救出を始めていた。
波のうねりの中に、ヒッコリーを背に背負ったライン見えた。
タクヤのもとには、イルカがやってきた。
シロ?
額に傷があったが、イルカは元気そうだった。
「爆破に巻き込まれたのかと思ったよ。よかったじゃん」
イルカは、クークーとうなって応えた。
普通のうなり声に戻っていた。
タクヤは「ああ、ユリに祈ってもらったんだ」と思った。
身体を貫いた輝きに圧倒され、病は治ったらしい。
終わったんだ。
イルカが、タクヤの下にもぐり込む。
まるでベッドのようだと、タクヤは思った。
なめらかな胴体に腕を広げて、意識を失った。
34 海辺にて
タクヤたちは救助ボートを出したオミヤマ師の海賊船に収容された。スチームで暖められた小部屋に入れられたタクヤたちは、言葉少なに時を過ごした。
ラインもそこにいた。信頼していたはずに人々に裏切られ、守るべき王を失ったライン特佐。
ヒッコリーは自分なりに責任を感じていた。最後のとき、ラインが守るべきだったのは、老いた異国のヒッコリーではなく、自らが使えるアリューサ王だったはず。しかし負傷していたヒッコリーに、ラインは関わり続けた。大切な人物ではなく、一人の老人を守るために。
タクヤはイルカの背で気を失ってから、どうやって海賊船に連れられてきたのかを憶えていなかった。小部屋で意識が戻り、そこにいた10人ほどの人々の中に、落ち込んでいるラインとヒッコリーの姿を見つけても、何も言葉を発することができなかった。
身体が乾くころになって、毛布が配られた。その際に船員から「村に戻るまで三日かかる」と伝えられた。タクヤは三日と聞いても、少しも長いとは感じなかった。三日で心の傷が癒えるとは思えなかったし、何もせずにじっとしていられることを、むしろ歓迎したかった。じっとして、いつまでもモーターの単調な振動に身をまかせていたかった。
今回の件に関しては、オミヤマ師自身も、自分の行動に疑問を感じており、いつもの豪快な態度は表に出していなかった。大国スーサシアの内乱は、今後の世界に大きな変化をもたらすだろう。どのように変わっていくかはわからないが、小さなカテナ村の存続のためには、今までとは違う工夫が必要になってくるかもしれない。
三日目の日暮れ前に、船はオミヤマ師の村に到着した。
並んで下船の順番を待つあいだ、ラインはタクヤに言った。
「私は女王ユリのところに行ってみようと思う」
「え? ラインさんが龍人族のところへ?」
「ああ。女王ユリは、かつて王宮にいた人だ。うわさは以前から聞いている。しかし、まだ会ったことはないのでね」
「けど、ラインさんって、聖なる泉を爆撃するとか、言ってませんでしたか?」
「ああ」
ラインはうつむいて苦笑した。
「仕事としてはね。でも個人的には、この目で見てみたい」
「仕事と自分と、分けて考えるって、そういうの、よくないんじゃない?」
「そうだろうか」
「疲れませんか?」
「ま、疲れるよ」
「もっと正直に生きた方がいいと思うけどな。正直に生きてさえいれば、ラインさんもなかなかいい人だし」
「ははは。自分がいい人になりたいと思ったことはないが、タクヤさまにいい人だと思われるのは、悪い気分ではないな」
「あのさぁ……もうタクヤさまって言うの、やめにしません?」
タクヤはずっと気になっていたことを思い切って口にした。
「僕はもう王子なんかじゃないと思う。王もユリも死んだし、船も沈んだ。だいたい側近の軍人のラインさんが、捕虜みたくしてこんなところにいるんだもん。一から出直しだよ。僕もそうしたいんだ。だからさ、過去は全部ちゃらにして、僕たちは友達になろう。だって……」
タクヤは躊躇したが、あのとき以来、初めてその名を口にした。
「ラインさんも、ユリのこと、好きだったんでしょ?」
「ああ」とラインは素直なとまどいを見せた。「ユリは、最期に何か言っていたかい?」
「もちろん」と、タクヤは自分でも不思議なことに、迷うことなくウソを口にしていた。「あんたにもよろしく、って。一言だけだけど。ホント、いいやつだよね」
それがウソだということは、ラインにもすぐに察せられた。しかしそんなウソをあえてタクヤに言われると、ラインは自分でも意外なほどの喜びを感じた。
ヒッコリーは船内で簡単な手術を受け、担架に乗せられて下船した。肩が治るかどうかはわからなかったが、命に関わる怪我ではない。むしろ心配なのは、薬の後遺症だった。短い期間だったが、死を覚悟して多量に飲んだ薬だ。血圧や免疫系などが正常に戻るには、肩のリハビリ以上に期間を要するだろう。
担架に乗せられて運ばれるヒッコリーに、タクヤは声をかけた。
「ヒッコリーさんも、いい歳なんだから、もう無茶しないでくださいよね」
「わかっとるわい、たわけ。いつも生き残っちまう自分が、嬉しいやら、情けないやら」
「感謝してますよ」
「そうそう、感謝してくれ。はっきり言って、頑張ったわりに大した収穫はなかったがな。代わりに、ワシは、しゃべるぞ。今回の冒険話、みんなにしゃべりまくるぞ。どう尾ひれを付けてしゃべってやろうかと、ずっと考えておるんじゃ。今回のことは、おまえの失恋話をぬきには語れんからな。そのへん、どう転んでも、あとで悪く思うなよ」
「あのさぁ、僕は過去を忘れて一から出直しの気分なのに、そういうのってすごく困るんですけど」
「若者は未来を見ろ。老人は過去を語るのが楽しみなのじゃ」
「でもさ、ヒッコリーさん、できればユリのことは、悪く言わないでよね」
「ん?」
「だってさ、ある意味、不倫じゃない」
笑うと痛みが走るヒッコリーは、苦しそうに笑いをこらえた。
「お、おまえな、だ、だから、いいんじゃないか。ドラマなのよ、人生は」
「本当に、だいじょーぶなのかなぁ」
「大丈夫、大丈夫。あのおばちゃんの遠慮ないつっこみにくらべたら、ワシのほら話なんて、かわいいもんじゃ。そう思うだろ?」
タクヤは、ヒッコリーの動かない手を優しくにぎった。
「かもね」
いつも通りの帰港を祝う魚料理をごちそうになったあと、タクヤは自分から申し出て、以前ユリと泊まった小さな家を使わせてもらうことにした。その決断に躊躇はしたが、ユリの輝きの意味を察すれば、きちんと向き合っておくべきことと思えたからだ。
あのときの監視役だった人が、同じように森の中の道を案内してくれた。親切な男が持つランプも、家の木の表札にメルヘンぽい字で刻まれた「A12」の文字も、前に来たときと同じだった。
戸を閉めて一人になったタクヤは、白木の二段ベットに手を触れた。ここで二人だけの夜を過ごし、祈りの治療を受けたのだ。タクヤが寝た上の段の柱には、小さないたずら書きが、あの夜のまま残っていた。
T LOVE Y
タクヤの「T」とユリの「Y」。
おさえてきた感情が爆発した。
心から愛していた。
ユリ。
そのユリは、もう、いない。
どんなに望んでも、どんなにくっきりとした記憶が心の中に刻まれていても、生きたユリが帰ってくることはない。
涙が堰を切って溢れ出す。
木の枠を握りしめ、震える身体を支える。
時間を戻したい。
そうできたら、どんなによかったことか。
ユリがいるだけでよかった。
他のことなんか、全て、どうだってよかった。
そのたった一つのものが消えた。
決して戻ることのない過去に。
タクヤは床に崩れ、一晩中泣き続けた。
淡い月の光が、天使の羽根のように身体を包んだ。
朝になると、誰かがコンコンと窓をたたいた。
タクヤは泣きはらした顔で立ち上がり、窓をぐいと押し上げた。
外には前と同じ小さな男の子が立っていた。
「おはようございます。眠れた?」
「うん……ありがとう」
「朝御飯できてるよ。下りておいでって。来かた、わかるよね?」
タクヤが頷くと、男の子は手を振って走り去っていった。
シャワーをあびてから、タクヤは外に出た。
朝の澄んだ空気が、重い気持ちを少しだけ楽にしてくれる。以前のままの森。以前のままの家の前の広場には、光が透明の気球のようにとどまっている。
振り返ると、ユリが戸口から出てきた。
まだ髪が濡れている。
手を後ろに組み、少し口元に笑みを見せて。そしてタクヤの側に立った。
「ほんとうは、あなたは、どこから来たの?」
タクヤは、その質問には応えずに「ずっと君を捜していた」と言った。
「私を?」
「そう。たぶん、ずっと」
「本当に?」
「……僕は、君を愛していた……」
その瞬間、風が木々の枝をゆらした。
抱きしめたくても抱きしめられない存在が、蒼い空へと舞い上がり、消えていく。
タクヤは森の道を歩き、食堂のある本館への道をたどった。
しかし途中で、ふと、道から離れて、海辺へと下った。
松林の小道をぬけると、そこは誰もいない砂浜だった。
おだやかな早朝の海辺に、波の音が響いている。
海は、遠く、はるかかなたまで続いていた。
タクヤは足にまとわりつく砂を一歩一歩踏みしめて歩く。
昔の人は「この大きな海の果ては滝になっている」と、そんなことも考えたらしい。
けれども、今は、この大きな海でさえも、限界なのだ。
人は力を手に入れ、豊かさを追い求め、環境を変えてきた。
争ってエネルギーを消費し、不要な物を捨ててきた。
地球という入れ物に、あふれるように生息して。
そんな時代に、我々は生きている。
もう、この海は無限ではない。
これほどの広さをもってしても……
難しい時代だと思う。
でも、まだ、やれることはあるはずだ。
それが誰であっても。
僕であっても。
ユリの祈りを、無駄にはしない。
いつしか身体が軽くなる。
草原のイメージが、ひろがる。
風が吹き抜け、懐かしい気分になる。
雨はあがっていた。
遠い記憶の少女が、白く輝く。
タクヤは無意識のうちに「君は、誰?」と口にした。
少女はまるで寝起きのようなぼんやりした表情で、タクヤを見て、小さく首を傾げた。
さようなら。
でも、タクヤ、あなたは、死んではいない。
生きることは悲しいこと。
悲しみは、時間。
美しさも、時間。
道は、一人。
でも、心は、つながっているよ。
"Susacian prayer" Project 2007
(C)Naoki Hayashi