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朝を迎えたヒッコリーは、船腹からセントガル水産の配送車が出ていくのを確認してから、再び釣竿を持って部屋を出た。ランチの下準備で忙しそうな厨房の脇をすり抜け、タイミングよく人影のない冷蔵室に入ると、所定の位置にあったナンバー432000の荷物を手に取った。急いで通路に戻り、以前入った下層の立ち入り禁止区域に向かった。
誰もいない機関室まで来て、隅にうずくまる。そこで箱を開けたヒッコリーはため息をついた。
「これが『お守り』かい。やれやれ。思ったより小さな通信機なのはありがたいが、下手に使うと電波を探知される。気休めみたいなもんじゃな。まさに『お守り』じゃ。んで、釣り糸ってワシは言ったが、おいおい、20メートルが2束だけかい。こんな短い電線でどうしろって言うんじゃい。フグの意味が、通じてなかったのかな。毒があるから原子力? んな、ばかな。ちゃんとプーとふくれたガスタンクを連想しろって。まあ、いずれにしてもこの程度じゃ大した役にはたたんな。心中しろってなもんじゃ。というか、そもそもそういう意図なのかもしらんが。ま、べつに否定はせん。箱の重さのことを考えたら、このぐらいが限界かもしれんしな。他人に頼るのがまちがっとる。それよりは、自分で名案を考えよう……」
考えるはずが、ヒッコリーはその場で目を閉じ、やがて眠ってしまった。
薬が効いていたヒッコリーは、眠りの中で真実を見た。
国民会議派……
アリューサ王とマスコミの連携を壊そうとする者たちがいる……
化石燃料で経済を仕切っている者たちと協力し……
さらに戦争で儲けようとしている……
ワシは相手を間違えているのか……
やつらのねらいはなんだ……
すでに地球環境の破壊を予想した者たちの保身か……
最初から平和が壊れるものという前提で戦いを用意し……
「まさか!」
飛び起きたヒッコリーは、あわててスチールの階段を下り、液化ガスのタンクを探った。ビスの一つ一つまで丁寧に探っていくと、存在してならないものを見つけてしまった。タンクから出ているメインバルブの保温材の中に、筆箱ほどの金属が差し込まれていたのだ。時限爆弾だった。小窓の時計が逆算式で時を刻んでいる。残りはあと6時間10分。
このような爆弾が、この船にはいくつセットされているのだろう?
大きさから考えると少なくはない。
直感としては、20個程度か。
一カ所に集中して置いてあることもないだろう。
それらを一人ですべて探すことなどできるはずがない。
しかし、協力を仰ぐこともできない。
なぜなら王宮の内部に、反逆者がいるはずだからだ。
ワシが騒げば、騒ぐことこそが、ワシの演技と決めつける者がおるだろう。
ていうか『鮮魚』がこんなにすんなり手にはいったこと自体、怪しむべきだったのだ。
だれかが裏で仕組んでいる。
『ワシの存在』を、利用しようとしている。
爆破の罪をワシになすりつけて、実際の爆破は自分のタイミングで行おうとしているのだ。
今から内部の反逆者を見つけることができるだろうか?
なぜ6時間なのか?
考えろ。
感じつくせ。
頭がぼけても、歳のせいにするな。
人生最後の一日だ。
全てをかけて、今、このときにこそ、頭を働かせろ。
へたをしたら、全てがむだになるぞ。
龍人族の爆撃も、巡航ミサイルの被害も、船の爆破も。
そんなことで、ちゃっかり利益を得てるやつらがいるのだ。
表に出ず、裏でほくそえんでいるやつらがな。
そんなやつらのために、ワシは罪を背負って死ぬ気はないぞ。
考えろ、ヒッコリー!
おいぼれの意地を見せろ!
未来を感じ、正解を見つけるんじゃ!
朝食の仕度を待つあいだ、二人はまだ寝室にいた。
王はユリの手をじっと見つめた。
「ユリ、昨日から気になっていたのだが、見なれない指輪をしているな」
「は……はい……」
「ちょっと見せてくれ」
「いえ、これは、ただ、旅の途中のみやげ物です。深い意味は……」
「いいから」
王はユリの手を取り、指輪を外した。
「これは、通信機ではないか。なぜこんなものを?」
「すみません……」
ユリは変ないいわけをするより、全てを説明した方がいいと考えた。
「正直に申しあげます。女王ユリが、タクヤさまとの個人的な通信用に、私たちにするようにと、渡してくれました」
王はため息をつき、頭を抱えた。
「ずっとそれを身につけていたのか。なんてことだ」
「でも、スイッチは入っていませんでしたし、匂いを探知する暗号処理で本人以外には通じないと……」
「作った者なら、傍受できるだろうが。いずれにしても、いまさらくよくよしてもはじまらん。ことが起こったら、そのときに対処する。今は、こいつは壊させてもらうぞ」
王は指ベッドから出て、指輪を窓辺の堅い台に置き、花瓶の角で叩いた。細かな部品が残らないよう、数回叩いて押しつぶした。
「ユリ、他になにか壊す必要のある物を身につけていたりはしないか?」
「いいえ、それだけです」
「ならいいが」
「すみません、ほんとうに。……私がうかつでした」
「いや、もういいよ、気にするな。それよりも、なんとなく不吉な予感がするんだ。成人の儀を執り行おうとしておる日だが、後継者の成人を快く思わない者は少なくない。まあ、この悪い天気のせいで、よからぬことを考えすぎているだけならよいのだが」
強化ガラスに大粒の雨がたたきつけていた。昨夜は月明かりの下に広がる海を見渡せたが、今はすでに嵐の海がと変わっていた。
ユリは心の動揺を抑えて、つとめて冷静に質問した。
「成人の儀は、午前中に終わらせてしまうのですよね?」
「そうだ。ワシは夕方の専用機で国に戻ろうと思う。東回りの空路を軍が確保してくれてな。まだまだ経済問題が山積してるんだ。表向きには議会の仕事だが、財界との交渉ごとでは、私が直接動いてやらんといけないことも多い」
帰国のことは、ユリには初耳だった。内心ショックを受けたが、王のスケジュールにわがままを言ってもどうにもならない。
「そういった経済交渉には、ルカさんも関係なさっていますか?」
「そう、鋭いな。ルカだ。彼女を連れていく。エネルギー情勢のキーマンの娘だ。きっと役に立ってくれる」
「また、遠くにいってしまうのですね。あの美しい祈り師候補の方といっしょに……」
ユリはためいきをついた。その悲しげな姿を、王は見つめた。
「おまえも、そろそろ自分の幸せを見いだした方がよい。そういう話、ないこともないのだろ?」
「ラインさんですね」
「うん、そうだ。あいつは生い立ちが複雑で、心に深い傷がある。けれど、悪いやつじゃない」
「わかっています」
「おまえは、どうして、そういうときに『わかっています』なんて優しく言うのだろう。気を使うのもいいが、どうせならもっと悪い女のふりでもしてくれ。かえって私がつらくなる。ユリから心が離れられなくなる」
「……でも、あなたの心が私から離れて欲しくないのは、本当だから……」
「しかし、そうは言ってられない現実があるのだ」
「すみません、本当にすみません」
「あやまらないでくれよ」と王は言いにくそうに言葉を続けた。「あと、タクヤのことも、よろしくな。今日の治療のことはドクターに任せてあるが、必要なら手伝ってやってくれ。私の都合で行事だけ先に済ませてしまうが、治療の方も今日がヤマになるだろう」
インターフォンからマシーンの声で「朝食の用意ができました」と伝えてきた。
二人はベッドを出て部屋着をまとった。
寝室を出る前にもう一度強く抱き合った。
「ねえ、次に、こんにふうに親しくできるのはいつ?」
「ユリ……たぶん、これが、最後だ」
「それは、王の、予感?」
「ああ、見えてしまう部分はあるからな。医者も同意見らしい。だが、私の心は、いつもおまえといっしょにいるよ」
「本当に?」
「いつも、おまえを見守っている。いつまでも、いつまでも」
「アリューサ王……あなた、死ぬの?」
王は静かに頷いた。
ユリにはその頷きの重みが理解できた。
「だから、急いでいるのね」
「よかったよ。タクヤも戻ってきたし、おまえとこうして会うことができた」
「そんな言い方、しないでください。お願いだから」
ユリはあふれる涙を留める努力を放棄して、王の胸で泣きじゃくった。王のガウンをくしゃくしゃにするほどに涙を流した。
「人に、別れはあるものだ。あまり泣かないでおくれ。私もつらい」
「そんな……いっそ私もいっしょに……」
ふと王の手から力が抜けた。ふらふらとよろけて、椅子に腰掛けた。
「どうしたのですか!」
王はその瞬間、新しい予感を受けていた。
驚いた表情でユリを見つめた。
「ユリ……そうだったのか……おまえも……そんな……」
27 成人の儀
沖合いで発生した低気圧は急激な成長を続けていた。
マンスフィールド号船内にアナウンスが流れた。
「本日の成人の儀は、午前11時からセントラルホールで執り行われます。ご出席のみなさまはホールの方までお集まりください。なお、発達した低気圧の影響により、近海の波が高くなってきております。式の終了後、当船はいったん桟橋を離れる可能性があります。あらかじめご了承ください。なお、詳細に関しましては、お近くの係員までお問い合わせください」
タクヤはまた込み入った着替えをさせられながら、ハワイに質問した。
「サンバシを離れるってどういうこと? 出航するの?」
「そうじゃないと思うけど……どうなの、マシーンさん?」
「揺れが激しいと岸とつないでいる部分が破損するのではないでしょうか」
「そうか」とタクヤは納得した。「まあ、壊れるかどうかはともかく、人が通ったりしてると事故になるかもね」
「タクヤさまはどうするのかしら? 船を下りますか?」
「イエス! 降ります! ぜひ降りたい!」
「ダメです」と成人式の進行台本をチェックしていたマシーンが、横から冷たくくぎを差した。「タクヤさまには大切な治療が残っています。式だけすませて成人したとは言えません。中身が肝心なのです」
「えー、いっそ、式だけでもいいじゃん」
「タクヤさまは、成人ブルーなのよね」とハワイが口添えした。「でもさ、心優しい美人の私がサービスしてるんだから、元気だしてね」
「あの、悪いんだけど、ゼンゼンそういう問題じゃないんですけど」
そのときヒッコリーが入ってきた。
「おやおや、これはまた、えらいゴーセイなひかえの間じゃの」
ハワイは微笑んでヒッコリーに手を差し出した。
「これはこれは、ヒッコリー殿、このよき日に、ようこそひかえの間へ」
「あんた、頭は大丈夫か?」
ヒッコリーは自分の頭を指さしてクルクル回した。
「ぎゃぼー、ひどいつっこみ。傷ついちゃうわ」
「そういいながら、あんた、ずいぶんご機嫌のようじゃの」
「私? まあね。タクヤさまをごてごて着飾るって大好きなの。すごく幸せです。それはもう、ごてごてしてればしてるほど、最高なんです〜」
「はいはい、勝手にやんな」とヒッコリーはぞんざいに手を振った。「それより、ハワイさんや、あんたに一つ頼みがある。あんたと同じように祈り師候補として、王の側に美人の女が乗り込んでおるじゃろ。ここに来たときに最初に会った女だが」
「ルカさんのことかしら?」
「そうじゃ。ルカさん。知り合いか?」
「別に親しい知り合いじゃないけど、勉強はいっしょにしたことあるわよ」
「急いで会ってみたいんだが」
「そういうことなら、こっちのマシーンさんに頼んだ方がいいと思うわ。ね?」
「しかし」とマシーンは難しい顔をした。「今はあちらでも着替えなど仕度をなさっていると思いますが……」
「だろ。だから、やっぱここはハワイさん、あんたの出番じゃ」
「私だって、いそがしーの! じゃましちゃ、やーよ!」
「うるさい。おいぼれが頭を下げてたのんどるんじゃい。さっさと連れていけ」
「ねー、タクヤさま、このじいさん、なんとかしてよー、態度でかすぎー」
ヒッコリーは、複雑な服を半分ほど着て身動きとれなくなっているタクヤの側に立ち、珍しい生物を眺めるかのように上から下までじろじろと見た。
「タクヤさま、か。やれやれ。おまえ、指輪はまだしているか?」
「ええ……まあ……」
「使ってみろ」
「なんで?」
「いいから。ワシもユリに『おはよう』を言いたいんじゃ。いいだろ。いっしょにしんどい旅をしてきた仲間じゃ」
「でも、僕は特に『おはよう』は言いたくないですよ。そんな時間でもないし」
「おいおい、言いたくない、とはどういうことだ」
「いいでしょ。大人の事情です」
「んなこといいから、とにかく確かめてみろ」
「いやだ」
「あのなぁ、これはおまえの気分の問題じゃないんじゃ。ワシは真面目に心配事があるんじゃ」
「心配事?」
「おまえのためだ」
「もー、しょうがないなぁ」
タクヤがボタンを押して呼び出した。しかし返事はなかった。
「どうしたんだろう?」
「やっぱりな。もう気付かれたんだろう。ユリはすでに指輪をはめてない。タクヤ、物事はドンドンすすんどるぞ。ワシは、大忙しじゃ。100年ぶんの仕事を、一気にしとる気分じゃ。だから、ワシをルカの元に連れていけ。どうしても今すぐに確かめたいことがある」
「今じゃなきゃ、ダメなの?」
「そうだ」
ヒッコリーの目は真剣だった。あの龍人族の村で朝を迎えたときのように。そのあとに起きたことの壮絶な記憶が、タクヤの脳裏を駆けぬけた。
「ハワイさん、悪いんだけど、やっぱりこの人の言うとおり、ルカさんのところに連れていってあげてよ。でもヒッコリーさん、それって時間がかかる用件じゃないんでしょ?」
「たぶんな」とヒッコリーは頷いた。「場合によるが」
「もー、タクヤさままで……怒られるのは私なんだからね。マシーンさん、どう思う?」
「タクヤさまがお望みなら、そうしてさしあげるしかないでしょう」
「やれやれ。わかったわよ。じゃあ、マシーンさん、タクヤさまの着付けのこと、お願いね」
「ご心配なく、すぐに代わりの上手な者を呼びますので」
ハワイはまず内線を使ってルカの居場所を探したが、既に仕度は済ませロビーにいるとのことだった。
祝いの日に不似合いなみすぼらしい姿のヒッコリーを従えて、ハワイは会議室前のロビーに向かった。その一角で、モスグリーンのドレスを着たルカが、数人の政治家たちと雑談していた。
「ルカさん。こんにちは」とハワイは頭を下げた。「こちらは、ヒッコリーさん」
「あら、これはこれは……」
「えっと、ヒッコリーさん、こちらがルカさん」
「わかっとるわい。なんてったって、この国にきて最初に会ったのがあんただからな。すまないが、すこし折り入って相談したいことがある。時間はとらせないから、どこか二人になれるところで」
ルカは驚いた表情で目を丸くしたが、すぐに上品に微笑んで「では、こちらにどうぞ」とヒッコリーを導いた。
警備の者の立つ関係者専用扉に入っていく二人を、ハワイは「なぜ? どうしてそうなっちゃうんだろう?」と唖然として見送った。
ルカはヒッコリーを自分のひかえの間に案内した。さほど広くはないが十分に贅沢な木調の個室だった。
「さて、そちらにおかけください。お話をうかがいましょう」
ヒッコリーはソファーを横目で見たが、立ったまま話を続けた。
「ルカさん、あんたの予定では、今日の午後には王とスーサシアに戻るらしいな」
「はい、エネルギー省の打ち合わせを急がなくてはならないもので」
「国民は、いろいろ要求するものだからな。みんながのんびり和気あいあいと、楽しくことが運べばいいのじゃが」
「で、ご用件は?」
「これを見てくれ」
ヒッコリーは胸元から機関室で発見した時限爆弾を取り出した。筆箱ほどの黒い金属の固まりだった。小窓に時計がついており、逆算して時を刻んでいる。
「いやー、ワシにはよくわからんのじゃが、なぜかこんな物を拾ってしまっての。誰の物かなーって、落とし主を探しとるとこじゃ」
「なにかしらね、これは?」
ルカがその金属に手を伸ばすかわりに、鏡台に手を伸ばしかけたのを見ると、ヒッコリーは急に動いた。一瞬でルカの背後に回り、腕をとって、針金を首に当てた。
「やっぱ、あんただな」
「どういうことです?」
ルカは奇妙なほど冷静だった。
「ワシをこんなところに連れ込んで、どうする気だった? は? ワシはこの船は初めてで、防犯システムのことはよく知らんが、銃で血を流すつもりではなかったろ? 催眠ガスか? おまえはどこかから逃げて、ワシをここに取り残せば簡単てことか? 甘かったな。老人と子供は、見かけで損をするときもあるが、見かけで得をするときもある。今のワシは、密かにキレキレなんじゃよ」
「私が叫べば、人が来ますよ」
「ここで死人になりたかったら、そうするがいい」
「……」
「おまえ、これと同じ物をいくつしかけた?」
「私は知りません」
ヒッコリーは針金をルカの首に食い込ませた。
「数は知らなくても、爆破の規模ぐらいは知っているはずだ。狙いは何だ?」
「私にわかっているのは、少なくはないということだけ」
「つまり?」
「目的をきちんとお考えになれば……おわかりになるのではありませんか?」
「そのことは考えた。つまり、船ではなく、人だな? 湾内にいながら、逃げる間を与えないつもりだ。それも、犯人は、ワシということにして」
「そこまでおわかりでしたら、ヒッコリーさん、あなたには、予定よりも早く死んでもらわなくてはなりませんね」
「そんなことができると思うか……うっ!」
サイレンサーをつけた銃が、ヒッコリーの脇の下から右肩を射抜いた。血と弾丸が天井にはねた。
「おまえ、腕が三つあるのか?」
ヒッコリーが振り返ると、音もなく近づいていたマシーンが立っていた。
「申し訳ありません、ヒッコリーさん。ワタクシは王宮の問題児なのです。なぜ問題児かというと、全てを知ってしまったがために、タクヤさまやユリさんを裏切らねばならなかったのです。せめて、この手で人をあやめることだけはしたくありませんので、ヒッコリーさんには、止血の処理をします。そのまま、こちらでお休みください。午後にはこの船は沈みます。そのとき苦しまないで済むよう、たくさん痛み止めを処方させていただきます。どうかそれで、ご容赦ください」
うずくまったヒッコリーの背後にクッションを当てると、逆の肩も射抜いた。痛みで歯を食いしばる老人の服を開き、麻酔の注射を打ち、止血テープを貼った。同じテープでがっちりと口をふさぐと、老体を引きずってクローゼットの奥に移動し、扉に鍵をかけて催眠ガスを噴出させた。
「ゆっくりお休みくださいませ……」
ルカは鏡の前の椅子に腰掛けたまま、マシーンの手際のよい行いを眺めていた。
「ねえ、マシーン、計画に変更はないわね?」
「はい。一つぐらい見つけられても、問題はないように聞いています」
「それにしても、なぜ彼は、私たちが今日のうちにここを去ることを知っていたのかしら? それは式のあとに、急な予定変更として発表されるはずだったわよね?」
「さあ、なぜでしょう」とマシーンは少しだけ乱れた呼吸を整えて、いつもどおり律儀な話し方に戻っていた。「さきほど海が荒れているからというアナウンスはありましたが……」
「違うの。彼ははっきり『私と王が午後にスーサシアに戻る』と言っていた。なんで知っていたのかしら? それを知ったから、あの人は私を疑ったのです」
「それは、やはり……ユリさんからでしょうか……」
「もしもそうだとすると、あの子もすでに船の爆破のことを知っているということ?」
「やはり万全を備えるためには、すでに知っていると考慮すべきかもしれません。こうなってしまったからには……」
「タクヤは?」
「いえ、彼のことは、ワタクシが十分に把握しております」
「問題は、ユリか……、ねえ、ユリという名前はよくないわ。昔からそう。いつもトラブルの中心にいる」
「だからこそ、我々としても計画しやすい、という側面もございますが」
「まあね。そうとも言えるけど」
「ご安心ください。ユリさんとタクヤさまのホットラインは、すでに壊しておきました」
「え?」
「龍人の小型通信機です。二人が指にはめていました。正確に言うと、ワタクシではなく、ワタクシの忠告で、王の手によって壊していただいたわけですが」
「そう、それはよかった。ここにきてちょっと話がややこしくなったけど、あなたの助けがあればなんとかなりそうね」
「はい。ルカさまを新王妃としてお迎えし、スーサシアの更なる発展と安定を目指すために、このようなチャンスは二度と訪れません。必ず成功させてみせます」
成人の儀はマスコミの詰めかけたセントラルホールで予定通り粛々と執り行われた。
まずイラフト国の総理大臣が、このような国際的かつ重要な儀式を我が国で執り行えることに関しての謝意を演説した。続いてスーサシアのアリューサ王が、スーサシア・イラフト両国の深い信頼と友情を、自信に充ちた声で讃えた。
人々が居並び、神官たちにより場が清められると、神の御使いを装った女性が現れ、宣誓文の朗読を行った。そして舞台の中央に移動したタクヤに、真新しい純白のガウンが掛けられた。
タクヤは用意された文章を朗読した。スーサシアの歴史をたたえ、自らの決意を述べる内容だった。こんな文章を人前で読むことになるなど、タクヤとしては屈辱的に思えたが、ここまで来てしまっては逃げるわけにはいかなかった。そして心の内では、やはりユリのことを考えていた。ユリは祈り師になるために王に抱かれたらしい。信じられないことだが『父がユリを抱いた』のだ。普通に考えたら、絶対にまちがっている。まちがいまくっている。でも、ユリはそれを受け入れたらしい。すでにそれを受け入れたユリとして、彼女はタクヤに出会い、タクヤと旅をしたのだ。そういう現実のことを考えると、今ここで、心にもない文章を読み上げることなど、ゼンゼン大したことではないと思えた。こんなのはユリの間違いの、千分の一程度の間違いであり、間違ってすらいないと言いたいほどだった。
列席した人々の中に、清楚な桜色の衣装をまとったユリがいた。タクヤは朗読しながらも気がついていた。心の中で憎しみを込めて、その姿をかいま見た。
ユリは、やはり美しかった。くやしいほど美しかった。
遠くからでもはっきりとわかる澄んだ瞳。
何もなかったかのようにタクヤを見つめている。
旅をしながら苦労を共に分かち合ってきたときと同じように、まっすぐに。
タクヤは、一瞬、反抗的な気持ちになった。
なにを今さら……
すっかりだまされ、打ちのめされたのは僕の方なのに。
しかしユリは、やはりまっすぐにタクヤの目を見ている。
不思議に思えるほど、素直な信頼を寄せて。
まるで『何か伝えたいことがある』かように。
なぜ?
何があるの?
28 最終治療 1
式が終了すると、タクヤは自室に戻り、ハワイに手伝われて再び絹の簡素な衣類に着替えた。そしてすぐに医務室に向かった。「食事をとってしばらくゆっくりしてもいいですよ」とマシーンには言われたが、式と治療はセットのような気がして、どうせやるならぐずぐずしないで一気に片づけてしまいたかったのだ。
タクヤとしては、心にもない台詞を長々と人前で読まされて、もうすっかりやけくそな気分だった。式の会場には、ユリと王の二人の姿もあった。式典用の正装を違和感なく着こなしている。タクヤは自分だけが子供のまま取り残されているような気がして、成人するならさっさとしてしまいたいと思った。成人したらしたなりに、イヤなことや面倒なことはたっぷりあるかもしれないけれど、もうこうなったら、そういうことは全部束になってかかってこい、という気分だった。
ただし、治療に入る前に、ヒッコリーさんと少しだけ気分転化にバカ話をしたい、そう思ったタクヤは、きょろきょろと老人の姿を探しつつ歩いた。セントガルに着いてからのヒッコリーは、一人であちこちうろついていて、何をやっているのかよくわからない。釣りに行ったかと思えば、ルカさんに突然会いたと言うし。
「ねえ、ハワイさん」
とタクヤは医務室に向かうエレベーターの前まで来て言った。
「ヒッコリーさんって、ルカさんのところに行ったきりかな? 式でも姿を見なかったけど。あやしげな姿なので逮捕されてたりしないよね?」
ハワイは「私は知りませんけど」と苦笑した。「パスを持っているはずですから、大丈夫と思いますけど」
「ルカさんのところに寄る時間ある? 行って聞いてみようよ」
「でも、ほら、タクヤさま、ルカさんが、ルカさんのところにいるとは限りませんよ」
「んー、まあ、そのときはそのとき。ルカさんの控え室って、会議室と同じ階だったよね」
ハワイはしぶしぶ頷いた。
「じゃあ、行ってみましょう」
タクヤは率先してエレベータに乗り込むと、会議室のロビーのある階のボタンを自分で押し、ハワイに笑いかけた。タクヤとしては、だいぶ事情がわかってきただろ、という程度の意味しかない笑みだったが、ハワイは怪訝な顔をした。
ハワイは「ちょっと失礼」と携帯電話を取り出して、「医務室ですか? タクヤさまとハワイですが、ルカさんのところに寄るので少し遅れます」と伝えた。
「え、ケイタイ?」
とタクヤはびっくりした。
ハワイは悪戯っぽく舌を出した。
「もちろん王宮の中で禁じられているのは知ってるわよ。電波が傍受されたら防犯上あぶないしね。でも、たまにはいいじゃない。私たちだって忙しいんだもん」
「ま、そうだよね……。ね、こんど僕にも一つまわしてもらえないかな?」
ハワイは鼻の上にしわをよせて首を振った。
「だめよ。持ってると使いたくなっちゃうから。ケイタイの電波なんてマスコミに筒抜けなのよ。それに私がタクヤさまにケイタイをまわしたなんて知られたら、すぐにクビになっちゃう。だから、どうしてもってときだけ、内緒で私に言って。そのときは貸してあげるから」
「じゃあ、今、ユリにかけられる?」
「タクヤさま」ハワイは厳しい目をして言った。「とりあえず成人の日ぐらい、ユリさんのことは忘れましょう。つらい気持ちはわかるけど」
「そう……だね……」
本当はタクヤは、会場でユリが遠くから何かを伝えたがっていように見えたのが気になっていて、それを確認したかっただけなのだが。
二人は警備の人たちに挨拶して関係者専用の通路に入った。ルカのひかえの間はすぐに見つかったが、扉には鍵がかかり、やはりだれもいないようだった。そのあたりをうろうろしたり、人に聞いたりもしてみたが、ルカがどこに行ったかを知る者はいなかった。
タクヤはあきらめて、ハワイに従って医務室に向かった。医務室の一角に入ってすぐのブースに事務兼受け付けの人がいたので、タクヤは「意外に早かったでしょ?」と言ったが、意味が通じていないようだった。ハワイがケイタイで連絡したのは、他の人だったのだろうか?
まずタクヤは診察室で、ドクターの向かいの丸椅子に腰掛けた。
「一日たってみて、いかがですか?」
若いドクターの事務的な質問だった。
「現実の方が大混乱してて、いろいろ考えちゃってて、どれが昨日の治療の影響なのか、よくわかんないっス」
「手足や、身体の一部がしびれるような感覚は?」
「いえ、特にそういうことはないみたい」
「熱もないようですね。痛みは?」
「特には。ただ、足の青いところが、少し拡散したかなって感じはするけど」
「では、服を脱いで、診察台に横になってみてください」
「えっと……」
「診察台は温めてあります。今日は最初から全部脱いでください」
「……」
「いや、下着ぐらいつけていてもかまいませんが」
タクヤは少しホッとして、ついさっき着たばかりの服を脱ぎ、パンツ姿になって診察台に横になった。
ドクターは足の様子を観察しながら言った。
「昨日は薬を注射したあと、簡単にフルコースを経験してもらったという感じでした。しかし注射をしてからだと、やはりタクヤさまの本当の意識が逃げてしまうようです。ですから今日は注射なしでやってみようと思います。痛みが急に襲ってくるかもしれませんが、耐えていただけますね?」
「はい」
タクヤとしては、こんなことは全部やめてしまいたかったけれど、どうせやるなら「やけくそ気分、なんでも来い」ということだった。
それに『痛みのない足が急に痛みだす』ということは、ユリの治療を思わせた。見た目ではユリの治療はあまり効果が現れなかったけれど、もっと深いところで、いつもタクヤには発見があった。深いところで何かが変化し、必要な過程を一歩一歩進んでいるという実感はあったのだ。
ドクターは装置を移動して、アームの先の光をタクヤの足に当て始めた。コンソールのダイヤルで光の波長を調節しながら、タクヤの耳元に語りかけた。
「リラックスして、楽しんでください」
「たたたたたた楽しむ?」と、タクヤは声がうらがえった。「そんなの、冗談にも聞こえないんですけど」
「よろしいですか。これから始まることは、タクヤさまの身体の一部だけをどうこうするという問題ではありません。心の奥から、存在の全てに関わることなのです。しかし全部が変わらなければならない、ということではないんですよ。『変わる』というのは、本当の意味においては、人には不可能です。大切なのは、本当の自分に『気がつく』こと。考えようによっては、意外に楽しいことではありませんか?」
「そ、そうかなぁ。よくわかんないけど、あまり賛成する気にはなれない」
「そうですね。なぜ賛成する気になれないのか、その理由がわかりますか? それは、今のタクヤさまの考え方に、すでに『価値』があるからです。それは、そうです。否定はしません。とてもきちんとした、魅力的な価値があります。だから、これから私たちが何をしようと、今までのタクヤさまが間違っているとか、それをむりやり変える必要があるなんて、そんなふうには思わないでいただきたい」
「じゃあ、いったい何をするんですか?」
「人間の意識というものは、常に表面的で、とても小さなものなのです。その奥に、広い無意識が広がっています。場合によっては、それを『神の領域』と呼んだりもしますが。今日はただ、タクヤさまが今まで意識していなかった、ご自分の心の深みに気がついていただければ、それでいいのです」
「それが足の治療とどう関係するんですか?」
「足の変化は、一つの入り口なのですよ。はっきり申しあげておきますが、この変化は一般には『死』に直結する危険なものです。より深い潜在意識というものは、破壊の力を持っています。他者に対しても、自己に対しても。うかつに解放すると、そのまま自らの身体に跳ね返ってきます」
「あっ……」
「心当たりがありますね?」
「心当たりはあるし、ユリはよく、解放しちゃダメって言ってた」
「そのとまどいが、ユリさんの限界だったのでしょう。ユリさんは、才能もセンスも素晴らしい祈り師ですが、ある種の勇気が欠如してる」
「僕は?」
ドクターは皮肉そうに口元を歪め「王子は、ユリさんに似ています」と頷いた。
「だよね。僕も少しそう思う」
「しかしタクヤさま、あなたが目指すものと、祈り師ユリが目指すものとでは、レベルが違いすぎます。タクヤさまは、相応の覚悟が必要ですし、私のような専門家の助けも必要なのです」
「ドクターは祈り師を育てることにも関わっているの?」
「むしろ、そちらが専門です。なにせ、このように『成人の儀』に関われるなど、医師として一生に一度あるかないかのことです」
「たしかに、そうかもしれないけど」
「今、足の方は、いかがですか?」
「温かくなってきた気がする」
「今日は薬のクッションがないので、来るときには一気に激しく来るでしょう。暴れても大丈夫なように、身体を留めさせていただいてもいいですか?」
「え?」
「その方がいいですね」
ドクターはすぐに内線電話で助手を呼んだ。白衣を着た男が現れて、タクヤの身体をベルトで診察台に結びつけた。きつく縛りつけはしなかったが、腰と手足はベルトでつながれ、ほとんど身動きできなくなった。
「なんだか、僕、ますます楽しめる気分じゃないんですけど」
タクヤは首を左右に振り、身体を眺めて言った。
ドクターは冷たい目でタクヤを見た。
「タクヤさま、お言葉ですが、楽しみとは、わきあいあいと自由に仲良くすることばかりとは限りませんよ。戦いや激しさもまた、楽しみなのです」
ドクターはダイヤルを操作して、足に当てる光を強めた。
タクヤの足に激痛が走った。あまりにも異質なものが、内側から足の肉をグサリとえぐる感覚。その何かは、うごめく虫のようにバタバタと音をたてて、足から内蔵や手や頭に広がっていった。全身がばたつくのを止められない。破壊されていく意識の底で、タクヤは根付いていた病の深さを改めて思い知った。死は、すぐそこにある。
「拒んではいけない!」とドクターはタクヤを押さえつけながら叫んだ。「受け入れるんだ。今そこにあるものは、君自身の心だ!」
「……うげ……ぼ……ばっ……」
足の変色が徐々に大腿部まで広がっていった。
ドクターは発光体のついたアームをさらに二つ用意して、タクヤの性器とヘソにも当てた。
タクヤを押さえつけようと手を貸していた助手に、「それはいいから」と首を振って言った。「あと二つ発光体を用意して。異性の意識とつながったものがあるだろ。あちらの用意はいいな?」
「大丈夫です。別室のコネクターに、二人がつながっています」
「Aがユリで、Bがハワイでいいか?」
「はい、間違いありません」
「指示を出したらすぐに使えるようにしておけ。で、イルカの方は?」
「すでに捕獲済み。待機しています」
「意外に早く使えるかもしれない。指示を出したらすぐに製薬に移れるよう、待機してもらっていてくれ」
「はい、そのようにしています」
「よし。では、始めよう」
◆ ◆ ◆
タクヤは、荒廃した石の遺跡を、一人で逃げまどう。
乱れる息を必死で殺し、物陰に潜む。
探査用の発光体が飛来し、タクヤの背後に回り、発光する。
くそ。
タクヤは物陰を飛び出し、全力で走った。
数本の光の矢が飛来し、石を熱で溶かした。
タクヤの前に、大きな壁が立ちはだかっていた。
それに向かって走り、飛び上がる。
10メートルほどの壁の頂上に立つ。
なぜこんなに跳べるんだ?
思考する間もなく、再び飛んできた光の矢を避ける。
全力で壁の上を走る。
壁の端まで来ると、20メートルほどの谷を飛び越えて、となりの遺跡の屋根に降りる。
着地で失敗して、転がり、そのまま物陰に潜む。
ジーと音がする。
ふりかえると、探査用の発光体がそばいた。
すぐに光の矢が飛んでくる。
危うく避けて、走る。
このままでは、らちがあかない。
タクヤは、反撃に出ることを決意する。
地上に飛び出て、物陰をつたう。
身体がさらに軽くなっていく。
建物に飛び上がるなど簡単なことだ。
高速で建物の背後に回り込み、やつの姿を確認する。
飛び上がり、着地と同時に、やつの飛び出たアームをつかむ。
反撃の隙を与えず、タクヤは遠慮なく破壊する。
腕をネジ折り、本体を岩にたたきつける。
血がほとばしった。
なぜ?
すぐに次の光の矢が飛んでくる。
高く飛び上がり、やつの位置を確認し、着地すると、走り寄る。
背後から、その本体にかかとを落とし、破壊する。
次の光の矢が飛んでくる。
きりがない。
タクヤは遺跡を去り、丘を目指す。
武器になりそうものを探しながら。
鉄パイプを見つける。
さびた階段の一部だったが、十分につかえそうだ。
丘から遺跡を見渡すと、無数の発光体の向こうに、何かがいる。
タクヤは意を決して、全力で走る。
鉄パイプが折れ曲がるまで、数台の発光体を連続して強打し、広場にたどり着く。
そこに女王ユリがいた。
タクヤ、ここから先に行ってはいけない。
なぜ?
人の欲望には際限がないから。
じゃあ、大人しく飼い犬になりさがれって言うのかよ。
欲望の存在は、肯定しなさい。
しかし、この先に進めば、戻ることはできない。
入り込んだら、引き返せない。
知るかよ、んなこと。
だいたい、あんたがそう言うってことは、あんたは知ってんだろ?
ちゃんと戻ってきてるんだろ?
話の筋がとーってねーよ。
どうしてもと言うなら、私を倒してからいきなさい。
じゃま、すんじゃねーよ。
タクヤは女王ユリをどけて通ろうとした。
女王ユリは、ナイフを振りタクヤの腕をかすった。
流れる血をなめたタクヤは、拳を作り、女王ユリのみぞおちを打ちつけた。
女王ユリはよろけて、腕を振り回した。
ナイフでタクヤの頬が切れた。
女王ユリの腕を、タクヤはけり飛ばした。
ナイフが飛び去ると、タクヤは女王ユリの髪を掴み、引き寄せた。
あんた、何者なんだい?
私は、自然。
壊したければ、壊しなさい。
壊すのは楽しいでしょ?
壊して、強くなれば、負け犬じゃないものね。
女王ユリの笑いが高らかに響く。
あんた、僕にどーしろっていうんだよ。
タクヤ、あなたはこの場に及んで、まだ誰かに指示してもらわないと行動できないの?
え?
どうしろって言われることなど、期待しないで、自分で考えなさい。
自分で判断しなさい。自分で責任を負いなさい。
それが、どーしろ、ってことかよ?
関係ない。
私は、関係ない。
誰も、あなたのことなんか、興味がない。
タクヤの腕の中の、女王ユリが、消える。
遺跡も、発光体も、全て消えてしまう。
なにもないの?
僕はここにいるよ。
誰もいないの?
やることがない。
仕方がないから、腹ごしらえでもしようかな。
リュックからチョコレートを出してかじる。
なぜ持っているのかわからないが、食べ物が無限に出てくるリュックでよかった。
どんなに道に迷っても、飢えることだけはない。
でも、チョコばっかりでは口の中が甘ったるい。
どうせなんでも出てくるなら、もっとちゃんとした料理がいい。
ローストビーフはいかが。
うん、うまい。
ほかほかの肉まんはいかが。
うん、うまいうまい。
パスタ料理も美味しいよ。
おいしいおしいし。
庶民的なカレーやハンバーグも悪くない。
そうそう、悪くない悪くない。
もっとたくさん食べて、大きく強くならなきゃ。
食べる食べる。
もっと食べたいし、もっと美味しいものを食べたい。
量だけでなく、質も大切。
そうそう、美味探求。
地球で一番美味しいもの。
地球で一番美味しい、肉、魚、ワイン。
知識だけでは面白くないから、自分で食べつくさなきゃ。
一回しかない人生だから、とことん食べつくさなきゃ。
美味しいものは、雰囲気も大切。
美しい眺めのゴージャスなレストラン。
至福の時を追い求めて。
食べ疲れたら、女性に優しくしてもらって。
タクヤの顔から緊張が消え、身体のけいれんがおさまってきた。ドクターはコンソールに向かい、別室のユリとハワイにつなげられた発光体を作動させた。
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